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天井のない廃墟。
澄んだ空に浮かぶ星も、もう見飽きてしまった。
隣で静かに寝息を立てている弟を起こさないよう、私はゆっくりと体を起こした。
いつ、何が起きてもおかしくない時間帯。
空き巣、強盗、人拐い、殺人。
それが日常。それが私の住むタバンタのスラム街だ。
幼い頃、私と弟は捨てられた。
まだ歩くのがやっとの弟を庇いながら生きてきた。
親の顔など、もう覚えていない。
奴隷商人に拐われたこともあった。
強盗にも何度も襲われた。
だけど幸い、私の体で許された。
自分の年齢は分からない。
けど、同じに見える他の人よりも、私の体は贅沢だった。
私が体を差し出せば、命は助かった。
弟も助かった。
いつしかそれが仕事になった。
悦ばせれば、金が貰えた。
それで弟が、私たちが生活できるなら、私の体くらいいくらでも差し出す。
「お姉ちゃん」
私は弟を起こしてしまったかと見ると、どうやら寝言のようだった。
「待っててね」
私はそっと頭を撫でると、寝床を出た。
密集する建物と、あらゆる物が混ざった腐った臭い。ゴミで溢れた川。
道端で死んだように寝ている人。薬の高揚感に溺れる人。
私の事を待つ人。
「よおマイア」
この男。私の体を斡旋する仲介人。
知り合ったのはもう何年前になるか。
私の仕事としての初めての相手でもあった。
「今日は何人?」
「3人だ。ついてこい」
男の名前は知らない。
別に知る必要もない。
ただ金が手に入るなら、それだけでいい。
「ここだ」
着いた先は一軒の家の前。
家と言っても、スラムの人は勝手に廃墟に住んでるだけだから、家とも言えないんだけど。
「終わったらすぐに出てこい。次が待ってる」
「言われなくたって長居はしないわよ」
私はノックをして返事も待たず勝手に入る。
「こんばんは」
今日も私は買われる。
それしか生きる術を知らないから。
☆
空はまだ暗いが、少しずつ明るさを取り戻していた。
3件目の仕事も終わらせ、その家を出たところだ。
「随分と長かったな」
「随分と熱心に舐め回されたわ。……気持ち悪い」
「それはそれはご苦労さん。で、金は?」
「もちろん、しっかり“取って”きたわ」
私の仕事は2つ。
体で稼ぐ金と、その家から盗む金。
その2つがあってようやく成り立つ。
「今日のお前の取り分だ」
そうして男から渡される金は、私が取った金の一部。
それが多いのか、少ないのか、私には分からない。
けど、このスラム街で普通に働く金よりは何倍も多い。
「また頼むわ」
私は金を受け取るとすぐに家に戻る。
弟が目を覚ます前に家に着かなくてはいけないからだ。
だが、その前に体を洗いたかった。
ったく、あのおっさん、体ばっかり舐め回しやがって。べとべとじゃない。
といってもシャワーみたいな高級品があるわけでもなく、そこのゴミが溢れている川で体を洗う。
幸いゴミは川の端に溜まるので、真ん中は比較的綺麗なままだ。
冷たい水が体に染みる。
……鼻をつく臭いに、私は吐いた。
私の体から出る男の臭い。
吐いて。吐いて。泣いた。
いつまでこんなことをしなければいけないのか。
弟の為に、私たちが生きていくために金が必要。
でも。でも、心が持たない。
……誰か。誰か助けて。
次回更新は15日20時30分頃予定