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始まり
――雲はあんなにも白くて自由なのに。
その吟遊詩人の女は語る。
ここアラトスの街では旅人の街と称されるほど、人の出入りが多い。
このような吟遊詩人もそう珍しいものではなかった。
忙しく人の行き交う大通りで、足を止めてそれを聞くものはいない。
女の手に持つリュートはゆっくりと音を奏で、そしてぴたりと止まる。
――それは復讐の物語。
しかし、初めてアラトスを訪れた君にとっては珍しいものだった。
君はこれから王都に向かうため、今朝アラトスに着いたばかりであった。
急ぎの用もない。まだしばらくは滞在予定だ。
その吟遊詩人の女の前で立ち止まった。
女は別段君を気にする様子もなく、そのまま続けた。
――これから語るはこのアラトス、2000年前の話。まだ空は黒く、そして自由のない時。
吟遊詩人の女はリュートをゆっくりと奏で始めた。