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3.聖女は癒される

「とにかく、討伐依頼をするなら、それに見合った適正な額のお金が必要だからな。勇者とか言っておだてても、無料で引き受けたりしないぞ。俺はプロだからな」

「お金が必要なのね」

 お金さえあれば勇者は魔王討伐を引き受けてくれるらしい。拒否されなくて本当に良かった。

 肩にかけている小型の鞄はどれだけ荷物を入れても膨らまないし重くもならない。聖女だけが使うことができる我が国の至宝の一つだ。初代聖女の持ち物だったらしい。

 その鞄には金貨が詰まったずっしりと重い袋が入っているので、取り出して勇者に見せる。本当にかなり重くて、両手でなければ持ち上げられないほどだった。

「これで足りますでしょうか?」


「あんたな、世間知らずにも程があるだろう。そんな大金を不用意に見ず知らずの男に見せるんじゃない! 俺が悪い奴ならどうするつもりだ? 殺されて金を奪われるぞ」

 勇者は呆れたように首を振っている。でもね、本当に悪い人ならそんなことを言う前にお金を強奪していると思うの。

「勇者様はそんなことしないもの」

 目の前の勇者は清廉潔白な人柄に違いない。事実、見ず知らずの私の怪我を治してくれたし、今もこうして助言をしてくれる。とても優しい人だ。

「何という薄弱な根拠だ。勇者なんて訳のわからない理由で男を信用していたら、犯されても知らないぞ」

 そう言いながら盛大なため息をつく勇者。


「それは覚悟しています。私は魔王討伐の対価だから、どう扱っていただいても構いません。私との結婚が嫌なら妻にしてほしいとは言いませんから」

 過去の聖女は王家の姫だったから結婚にも価値があったけれど、私は王家の者だと正式に認められていない。だから、結婚を望まれなくても仕方がない。でも、勇者を慰める役割は立派に務めるつもりだ。

 そんな覚悟を決めていたのに、勇者は心底驚いたように私を見た。


「なあ、あんたみたいな世間知らずを聖女に仕立て上げて、こんな森の中へ一人で寄こすなんて、あんた、嫌われてんじゃないのか?」

 勇者の眼差からは憐れみや蔑みは読み取れなかった。純粋に私を心配してくれているらしい。やはり勇者は優しい。でも、ずっと目を逸らしていた真実を言い当てられてしまい、少し悔しいと思ってしまう。

「そうかも知れません。私の母はわがままな王女でした。聖女となるのを拒否し護衛騎士を誘惑したのです。私の父はその護衛騎士で、聖女を汚した罪で処刑されてしまいました。罪の子である私は、王家にとってさぞや頭痛の種だったでしょう。聖魔法が使えるお陰で聖女となることができ、こうして生きながらえることができたのです。そうでなければ、母が死んだときに殺されるか、一生小さな離宮にでも幽閉されていたことでしょう」


 母も父も私が無事産まれ成長することを願ってくれた。しかし、他の人々はそうではなかったと知っている。

 私の価値は立派に聖女としての役目を果たすことだけ。

 神殿へと行くために王宮を出るとき、伯父である現王は『母の代わりに聖女を務めよ。逃げることは絶対に許さない』と冷ややかに言い渡した。血の繋がった姪への愛情など、一かけらも見出すことができないほどだった。


「聖女になるのを拒否して当然だと思うけどな。王家なら金は十分あったんじゃないのか? 普通に討伐依頼を出せば良かったのに、その金をケチって代わりに王女を差し出すって、絶対におかしいよな。それに、護衛騎士だって、無理やりじゃなかったのなら、死刑は酷すぎる。二人は愛し合っていたんじゃないのか? それならば、あんたは罪の子じゃないと思うぞ。両親に望まれて生まれてきたんだ」

 勇者は穏やかな口調でそのようなことを言ってくれた。

 皆が母と父を責めている。母さえも罪を犯したと後悔していた。

 母と父が愛し合っていたと言ったのは勇者が初めてだった。私は『罪の子』ではなく、愛し合った両親から生まれてきた普通の子どもだと言ってくれたのだ。


 悲しくも悔しくもない。それなのに、涙がこぼれた。

 泣き顔を見せるのが恥ずかしいので、とにかく俯いていた。まるで雨の降り始めのように、乾いた地面に一粒、また一粒と私の涙が吸い込まれていく。

 母が死んだ時以来、泣いたことがなかったのに。どうして、涙を止めることができないのだろう。



「悪かったよ。何も事情を知らないのに、偉そうなことを言って。なあ、泣かないでくれよ。これをやるからさ」

 戸惑い気味に勇者が差し出したのは、色のない半透明の小さな塊だった。図鑑で見た宝石の原石のようだけど、実物は見たことがない。

「申し訳ありません。嬉しくて涙が出てしまいました。母と父に罪はないと言ってもらえたのは初めてだったのです。それなのに、そのようなものをいただくわけにはいきません。それはとても高価なものではないのですか?」

「これはただの氷砂糖だぞ。少し塩を入れて作ってもらった特製品だけどな。討伐前にこいつを食うようにしてるんだ。前に糖分が足らずに倒れそうになったことがあって危なかったから。それにしても、氷砂糖も食ったことないのか? 庶民の子どもだって口にしているのに」

 勇者が目の前に氷砂糖を持ってきてくれる。

「こんなに美しいのに、食べられるのですか?」

 近くで見ても本当に綺麗だった。職人が磨くと宝石のように透明になって輝きだすのではないかと思わせるほどに。


「そうだ。口を開けてみろ」

 勇者がそう言うので思わず口を開けると、氷砂糖が口に入ってくる。

「とっても甘い。それなのに微かに塩の味がする」

「美味いか?」

「はい」

 思わず笑顔で返事すると、勇者も笑ってくれた。

 知らない間に、涙は止まっていた。



「それにしても、母親が王女様って、本物のお姫様だよな。『あんた』とか言ったら不敬罪になってしまうんじゃないのか? 王族との付き合い方なんて知らないし」

 ちょっと困ったように勇者は片目を瞑る。

「勇者様を不敬罪で裁くことなど、絶対にあり得ません。でも、私の名前はシルヴィと申しますので、そう呼んでいただけると嬉しいです」

「シルヴィ、様?」

 勇者は私の顔を探るように見ながら名前を呼んだ。

「様などつけないで、どうか、シルヴィとお呼びください」

「じゃあ、俺のこともタクと呼んでくれ」

 勇者に名前を呼ぶことを許された。それだけで胸が暖かくなるような気がする。

「タク様」

「いや。俺の方こそ様はいらないぞ。正真正銘の庶民だからな」

「でも、勇者様だから、呼び捨てにはできません」

「だから、俺は冒険者だって言っているだろうが。とにかく、ベレンセの冒険者ギルドへ行くぞ。ギルドなら、魔王とやらがどんな魔物か調べて、適正な討伐費用を算出してくれるはずだ。討伐を受けるかどうかはその結果次第だな。ここからベレンセまでの護衛と必要経費で金貨二枚でどうだ?」

 もちろん金貨を二枚勇者に渡した。


「護衛の契約成立だな。それじゃ、改めて自己紹介。ベレンセ冒険者ギルド所属、上級冒険者タク。十七歳だ。よろしくな」

「あら、それなら私の方が年上ですのね。ジラルディエール国聖女シルヴィ。十八歳。こちらこそよろしくお願いいたします」

 タクは思った以上に若く、年下だった。年上として私がしっかりしなければ。

「世間知らずのシルヴィより俺の方が年下なんて、何だか悔しいな。だけど、俺は三か月後には十八歳になるから、そうなれば同い年だな」

 タクはうんうんと頷いているけれど、私の誕生日の方が早いみたい。

「いいえ、私は来月には十九歳になりますので、差は二歳に開きます」

 そう言うと、タクは悔しそうに私から目を逸らした。その動作は少し子どもっぽくて、微笑ましいと思う。

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