陰に潜むゲテモノ
見たくない。気持ち悪いモノをワザワザ見たくない。
そう、ワザワザ見たくない。
確かに普通に生活していても、気持ち悪いモノを目にする事はある。しかし、大抵は見る必要もない場所からそれらは現れる。
大きな石の裏のムカデなどの害虫達、カサブタの裏、内蔵みたいなグロテスクに感じる部位も全て体の内部に隠れている。
まぁ、何が言いたいかというと、つまるところ気持ち悪いモノは必要にかられない限りは、目に留まる事は少ない。
自ら見ようとしなければ不快に感じる事がない。
そもそも、彼らは人間社会から隠れていると言ってもいい。それもそうだ、見つかれば淘汰される、もしくは、蓋されたり覆われたりして隠されてしまうのだから。
つまり人間の社会に身を出すリスクはあまりにも高い。
害をなす、なさないに関わらずに気分次第で除去される。コギブリなんかがいい例かもしれない。
ただ、別に私はそれが理不尽だとは思わない。力関係。上下関係。それは確かに存在して、月並な言葉を使うなら弱肉強食はこの世の摂理である。だからこそ、隠れている。
弱い生き物ならば、強い者に好かれないのなら、ひっそりとしていなければいけない。
それが守れなければ、ルールが破るのなら仕方がない。
だが、それでも、意味もなく、石を裏返したり、カサブタを剥がしたりして、隠れていたモノを見つけて気持ち悪いといって、殺したり、罵倒するのが私は許せなかった。
自分の事のように許せなかった。
というか、自分事だから許せないのだが。
「おい、ネクラ女」
またか……。
「な、なんですか」
本能的に身を竦めてしまう。
「気持ちが悪いって言ってるでしょ? アンタがいるせいでクラスの空気が湿っぽいのよ」
「いや、でも――」
「なに?」
「…………」
でも、自分は目立たないようにしている。教室の陰でひっそりとしている。
彼女達の言葉を借りれば私は陰キャである。よく出来た言葉だ。
彼女ら陽キャ達の陰の存在。彼女達から隠れて見えない場所が私のような陰キャの居場所なのだ。
それなのに彼女達は石の裏返すように、カサブタを捲るように、そこに気持ち悪いモノが在ると分かっているのに、覗きにくる。興味本位に、ただの好奇心で。
「なんだよ、その目は?」
見なければ、関わらなければ、気持ち悪さなんて分からないはずなのに。
「なんなんだよその目は!?」
胸倉に彼女の手が伸びる。……ああ、ついに手を出してしまった。
「ねえ、石を裏返すのも、カサブタを捲るのもリスクはあるのよ?」
――カチカチ
「あ?」
石の裏のムカデだって刺すし、カサブタを捲れば痛みは伴うし菌が入れば病気にだってなる。気持ち悪いものを見るのはそれなりにリスクがあるのだ。
「……すぞ」
「あん?」
「殺すぞ」
右手に持った刃の出たカッターナイフを喉に突きつける。
――カチ、カチ
少しずつ咽元に刃を近づけていく。
「それ以上、私に関わるなら次は刺す。分かった?」
「あ、あ」
涙を流して彼女は小さく頷く。
カッターナイフを引くと、彼女は逃げ出した。
これだけ痛い目にあえば、また覗こうとは思わないだろう。
こんな性格だから、陰に潜む必要があるのだろうが。
それは仕方ない。また、見つからないように、目立たないように、ひっそりと――隠れていよう。