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追放された俺は逆行転生した〜TS吸血姫は文化を牛耳る〜  作者: 石化


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香子の答え

 京へ帰る夜の足取りは、とても軽いものだった。


 彰子のもとへ帰ってきた夜はとてつもなく歓迎された。

 なんでも、夜がいなくなってから、紫式部が大いに荒れる日が、なんどもあり、ほとほと困っているということだった。


 夜がいた時は、そんなことはなかったのだから、やはり夜がいなくなったのが悪かったのだろうと女房たちは口々に言うのだった。



「香子、今帰ったよ?」


「夜! なんで、いなくなったりするのよ! とっても心細かったんだから!」


 香子は、夜の胸で泣きじゃくる。

 一度、地獄のようなひどい目に遭い、そこから救われてから、彼女は、夜に依存している。


 その相手が、近くからいなくなったのだ。精神の均衡を崩してしまうのは、仕方のないことだった。


「ごめんごめん。ちょっと、調べなくちゃいけないことがあってね。」


「調べなきゃいけないことって?」


 問われて、夜は、声量を落とした。


「君を不老不死にする方法さ。」


「えっ?」


 全く予想外のことを言われたようで、香子は硬直する。


 その香子の白い首筋に、夜は、その牙を突き立てようとした。


 有無を言わせない速度だった。


 だが、すんでのところで、香子は体を引いた。


「ん? 今、何かしようとしたの?」


「何って、君の血を吸おうとしたんだよ?」


「えっ⋯⋯。」


 香子の目に、理性が灯る。

 夜の言葉だったらなんでも信じる壊れかけの状態から、人類最高峰の精神を持つ女へと戻っていく。


「なぜ?」


 警戒と興味の混じった言葉だった。

 ならば、理を尽くして説明すれば、わかってくれるだろう。

 夜は、そう考えた。



「ずっと思ってた。香子の書く物語が、終わってしまうのが悲しいって。ずっと君の物語を読んでいきたいって。そのためには、香子、君が不老不死になるしかない。」


 夜は言葉を切って、香子の手を握った。

 そして、そのまま、続ける。


「その方法を調べたんだ。」


「私が不老不死に?」


「ああ。俺と一緒に生きて欲しい。」


 それは一世一代のプロポーズにも似た何かだった。


 死ぬことができない化け物が、死の運命の待つ人の子に投げかける、甘美な誘いだ。


 誰だって、一度は夢に見るだろう。


 死にたくない。ずっと生きていたいと言うのは、定命種にとって、当然の思考だ。


 香子は、うつむいていた。

 頭の中には、嬉しさと戸惑いと、そして、一つの恐怖があった。

 その恐怖は、彼女を竦ませ、夜が望むのとは反対の言葉を紡がせた。


「私は、人間として、源氏物語を完成させたい。夜の提案が悪いとは言わないけど、この物語は、人間じゃないと書けない気がするの。」


「じゃあ、完成した時に!」


「その時は、その時考えるわ。」


「そんな⋯⋯。」


 夜は打ちひしがれる。

 だが、香子の言うことももっともだ。

 自分がこの体になってから、人間として当たり前だった思考が、剥がれ落ちて見えなくなってしまっていることはなんどもあった。


 体の変化は、文章に影響を与えてしまう。それは、真理だ。


 源氏物語の続きを欲する一読者として、自分の我だけを通すことは、夜にはできなかった。


 彼と彼女はすれ違う。


 ●


 香子は、源氏物語の主人公、光源氏の死ぬ章を発表しなかった。

 雲隠くもがくれという題名だけで、中は白紙。書けなかったのだろう、いいや、これこそ光源氏の在るべき形だなど、人々は口々に言う。


 そんな中、夜は、違和感を持った。

 最終章あたりを執筆しようとしていた頃、香子は夜を作業部屋に近づけなかった。だから、本当にどうなのかは確信を持っては言えない。

 でも、あの小説に全てをかけてきた香子が、光源氏の最後を書かないなんてことが、あり得るとは思えなかった。


 それから、しばらくして、香子は、ファンたちの声にせき立てられるように、源氏の続きを書き始めた。光源氏の孫たちの物語だ。


 作者による正統続編である。もう供給がないと思っていたファンたちは狂喜乱舞していた。


 夜としては、源氏物語を書かれている間は、手を出せない。

 やきもきしながら香子が年老いて衰えていくのを見守っていた。


 源氏物語の続編を完成した後、香子は病に臥せった。

 もう歳は40を越えている。


 20歳後半が平均年齢だった時代だ。

 女としては十分と言えるだろう。


 だが、夜は全く納得していなかった。


 毎日のように、不老不死へと誘おうとする。


 だが、香子の意思は固かった。


 源氏物語を仕上げて、これでもう自分の思い残すことはないと、そこまで思いつめることができたのだ。


 夜の誘惑が誘惑として機能していない。


 強引に迫ることはできなくはなかったが、それで眷属にしても、香子が、再び物語を書くことはないだろうとは、夜にもわかってしまった。


 二人の間には奇妙なまでに静かな時間が流れるのだった。



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