ハメラレタ
意識を取り戻した俺は、後ろ手を柱に縛られていた。
⋯⋯ うん。騙された。
あまりに警戒心がなさすぎた。
盗賊相手に無双できたからって、毒に耐性があるとは限らない。
それなのに、勧められるままに怪しげなものを口に入れてしまうとは。
まあいい。過ぎたことは仕方ない。
切り替えの早さは俺の長所の一つだ。
問題は、なんでこういう事態になったのかと言うことだ。
俺を捕らえてこの家族になんの意味があるんだ。
盗賊の一味で、俺を売り飛ばそうとしているんだろうか。
でも、農業をしていることは確かだと思うんだよなあ。それ用の器具も何個か確認できたし。
じゃあ、どう言う目的なんだ。
わからない。
ただ、後ろ手で縛られている状態は、思っていた以上に体に来る。
どうにか脱出できないだろうか。
悪戦苦闘していると、誰かがそばに来た。
この子は、クシナダと言うあの娘だ。
「ごめんなさい。」
その子の声は、涙で震えていた。
●
「本当はね。明日、あたしが生贄になるはずだったの。」
この村では、山に住む神様に一年に一回、一番綺麗な少女を生贄として捧げる風習があるらしい。
選ばれた娘は献上品である酒とともに山神様の元に赴く。
どこかで聞いた話だ。だが、当事者にされてみれば、たまったものではない。
彼女の父母も散々手を尽くしたそうだが、この村に生きる限り、掟からは逃げられなかったらしい。農民は、自分の土地から離れられないのだろう。
そして、明日、自分の娘が生贄に捧げられる。最後の晩餐とばかりに、あかりを贅沢に使い、ご飯も豪華に用意していたのだ。そして、そんな日に、偶然見るからに美しい娘が訪ねてきた。
そりゃ、身代わりにする。俺でもそうする。
俺が捕まったのは、そう言うわけだったらしい。
うーん。美少女の身代わりになるってのは悪くないんだが、騙されたのは許したくないな。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
ただ、クシナダちゃんは、確実にいい子だ。
間抜けにも捕まった俺に対して、めちゃくちゃ謝罪してくれているし。
罪悪感で顔がぐしゃぐしゃになっている。
見ず知らずの人にそれほど感情移入できると言うのは優しさの証明だろう。
この子のためなら、頑張ってもいいなと、そう思ってしまう。
「気にしなくてもいいよ。私が生贄になる。」
「でも!」
「ちょっとだけ、手を貸してくれたら大丈夫。私は強いから、きっとその神様も倒せるよ。」
神様と呼ばれるほどの存在と対決するのは少し不安だけど、まあ、なんとかなるだろう。なんなら、さっきの毒を分けてもらえればさらに良い。
「私に飲ませた毒をその用意しているという酒にでも混ぜてくれれば、もっと盤石かな。あと⋯⋯ 。いや、これはいいや。」
血を吸わせてほしいと頼もうとして、流石に引かれると思って踏みとどまった。
普通、人は血なんて求めない。いかに美味しそうでも、我慢しなくちゃいけない。
「私にできることならなんでもします!」
「なんでも、か。じゃあ、神様を倒せたらお願いするね。」
今度こそ吸血させてもらおう。
それくらいのご褒美はあってもいいだろう。多分、この子の血は美味しいはずだ。
それに、こんな面白い体験をしたのなら、小説に活かすことだってきっとできる。
生贄にされかけたけどなんとか逃げ出しましたじゃ、話として面白くない。どうせなら全てを解決して終わりたい。
小説を作るには、自分の豊かな経験が必要だ。そのチャンスがすぐそこに待っているんだ。なら、そのチャンスを活かすまでだ。
これは最終的にはこれから書く自分の小説のためだ。何も論理に間違ったところはない。いけるに違いない。
よし。小説を書くためというお題目があると本当になんでもできそうな気がしてくるな。
この美少女吸血姫が悪い神様をぶっ潰してあげる!なんてね。
●
クシナダは俺のいう通りに動いてくれた。
献上品の酒に毒を混ぜる。そして、俺の縄を自分一人で解ける程度に緩めておく。
「あたしにはこれくらいしかできませんから。」
そう言ってクシナダは俯いたけど、それだけで十分だ。
あと山神様が、巨大な蛇であるらしいという情報を得た。
うーん。なんだかそんな話を聞いた覚えがあるな。よく思い出せないけど。
まあまあ。類型化している物語は得てして名作なんだ。
それを自分で経験すればもっといい話が書けるに違いない。
翌日。
クシナダの父に連れられて山道を登ると、ひらけた広場についた。
「まあ、気の毒だとは思うが、諦めてくれ。じゃあな。」
あっさりと俺を置いて帰ってしまう。
それだけ山神様が恐ろしいと言うことなのだろう。
俺は、緩めていた結び目を解いて自由の身になった。
普通、娘も覚悟していくので縛ることはないらしいから、別にこれでも怪しまれないだろう。
酒も飲みやすいように蓋を開けておくか。
まあ、大丈夫だろ。俺ならいけるさ。
根拠のない自信が湧き上がってきている。
この体では、何者にも負ける気はしなかった。