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追放された俺は逆行転生した〜TS吸血姫は文化を牛耳る〜  作者: 石化


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再点火

 

「本当にとんでもない化け物だねこりゃあ。」


「そうですね。皆さんに害がなくて良かったです。」


「それよりも何よりも僕をいたわってくださいよ。ほとんど一人で倒したんですから。」


「そうだね。酒呑ちゃんは偉い偉い。」


「あなたに撫でられるのは、それはそれで複雑な気分なんですけど⋯⋯。」


 命を取られた相手であり、今は使役主でもある夜だ。

 酒呑童子としても、まだ気持ちの整理がついていない。


「とても強かったね。ところでお前さんが酒呑童子って本当なのかい?」


「そうですよ。僕こそが大江山の首魁。酒呑童子です。」


「へえ。あの都を騒がせた鬼がこんなにかわいらしいお嬢さんだったとは。不思議なこともあるもんだ。」


「お嬢さんじゃありませんから!」


「そうなのかい?いやどこをどう見てもお嬢さんだろ。」


 酒呑童子は自分の体を確認する。


「そうでした。今の僕は可愛い女の子でした⋯⋯。」


 そう言って、ちょっと泣きそうになっている。

 TS娘としてあるべき姿というべきだろう。

 夜には何でそういうことができないんですかね。

 もっと自分の性別に敏感になろうよ。


 実際問題としては、彼は彼女になるときにほとんどの記憶を失っていたため、男としての意識は一人称と、好みの性別にしか現れていない。

 非常に勿体無いが、仕方がないことである。

 もし、彼が本来の記憶を取り戻す日が来たならば、尋常のTS娘として、期待されるべき行動をするはずだ。


 話が逸れた。


 恥ずかしがった酒呑童子は、式神の姿に戻ってしまった。


 残された二人は今後について話し合う。


「とりあえず、定子様に報告だね。あとは検非違使の連中に来てもらおう。」


「そうですね。この死骸も片付けなけりゃ行けませんし。」


「夜はそういうのはできないのかい?」


「師匠ならできるかもしれませんが、私はあまり得意ではなくて。」


「得意不得意は誰にでもあるさ。気にしなさんな。」


「そうですね⋯⋯。」


 このとき夜の脳裏には、自分の到底太刀打ちできない物語を生み出し続ける香子のことが思い浮かんでいた。


 一介のファンとして、彼女の小説をずっと読んでいたい。

 だが、いずれ最高の小説を書くものとして、彼女は越えるべき壁である。


 どう向き合うべきなのだろうか。夜にははっきりとした答えを出すことができなかった。


「何か悩みがあるって顔だね。検非違使の連中が来るまで時間がある。ここはこのお姉さんに相談してみないかい?」


 夜の顔色を敏感に察した清少納言はそう言った。


「清少納言さんが、そう言ってくれるのなら相談させてください。年下に、とても才能のある子がいるんです。その子のことは好きですし、その作品もとても好きです。でも私も、その分野ではいつか一番になろうとして頑張っています。だから、彼女を相手にどう振る舞えばいいのかわからないんです。」


 普段から飄々として、人間に悩む姿を見せることのない夜にとっても、香子という才能の塊と直接向かい合うのはしんどいことだった。

 自分の足りなさを絶えず実感させられるのだ。

 己の最終目標に、近づけているのか。それとも遠ざかっているのか。

 夜はもう、自分は遠ざかっているのではないかと、薄々考え始めていた。


「なるほどねえ。そいつは難しい。」


「清少納言さんでも、そう思うんですか?」


「そりゃあね。わたしだって、同僚の才能に嫉妬したことは一度や二度じゃないさ。苦しいもんだった。だけどね、あるとき気づいたんだ。嫉妬ばかりしていても、何も状況は好転しないって。」


「それは、そうですけど⋯⋯。」


「あんたはその子のことが好きなんだろ?なら私よりも簡単だ。私は嫌いな奴らを好きになるところから始めなきゃ行けなかったから。」


「なるほど?」


「自分が嫉妬するほどのやつは、優れたところが必ずある。そしてそいつをものにすれば、もう嫉妬をする必要はなくなる。そのためには、その相手を観察して学ぶのが一番だ。」


 清少納言は夜の目をしっかりと見つめた。


「相手の優れた部分を吸収しな。相手を好きになって、相手の全てを丸裸にして、その技術を、その力を、全て盗んでしまえ。」


 思いのこもった言葉に圧倒される。


「そうしたら、自分が最強になれるだろ?」


 その理論はどこか間違っているようでもあったが、一つの分野で頂点にまで達した彼女の矜持と意思とが詰まっていた。


 夜は思い返す。

 香子のあまりの才能に圧倒されて、それ以上考えることをやめてしまったことを。この子がいるのなら、自分が描く意味なんてないと思ってしまったことを。


 その全てが、今、後悔となって押し寄せていた。


「ありがとうございます。目が覚めました。」


 今の夜は、さっきまでのうじうじと悩み、小説から逃げ、別のことに手を出して、忘れたふりをする今までの彼女とは別人だった。


 まず書く。下手でもいい。どれだけ足りないと思っても書く。

 そして、香子の物語に比肩するような小説をこの世に出す。

 彼女から全てを吸収し、彼女を超えてみせる。


 先程までのどこか影を落としたような雰囲気はもう、彼女には存在しなかった。


「いい顔になったねえ。よかったよ。」


「つきましては、もうしばらく、ここで勤めさせてください。」


「私的には大歓迎だけど。どうしてだい?」


「清少納言さんの文章も、私にとって吸収するべき素晴らしいものだからに決まってます。」


「へえ。私も嫉妬の対象かい。ははは。こうしてまっすぐにぶつけられると笑えてくるな。いいぞ。私を超えてみろ?」


「はい!」


 ●


 妖の亡骸は、検非違使庁が検分し、穢れが広まらぬように、鳥辺野とりべので火葬された。


 夜は、さらなる妖の襲来に備えて、そのまま定子の女房として仕えることになった。清少納言の口利きがあったのが大きかった。夜自身もなぜか定子に気に入られていた。


 あるとき、定子の兄の藤原中納言隆家が、定子の元を訪ねてきた。

 色々と積もる話も盛り上がり、女房たちも耳を澄まし、時には会話に参加して、楽しんでいた。早い話が、身分が高いイケメンと近くで喋れる機会なのである。

 年頃の娘たちが盛り上がらないはずもなかった。


 場も温まってきたところで、隆家が、扇を取り出した。

 今日はこれを定子に献上するためにやってきたらしい。


「本当はもっと素晴らしく、珍しい骨を手に入れたのだが、それに合う紙がなくて、放置しているのです。」


「どのような骨なの?」


 定子が興味津々に尋ねた。


「とても素晴らしくて、誰もかれもが、今まで見たことがないと言っております。私としても、これほどのものは見たことがないです。」


 隆家は自慢げにこうのたまった。



「それは、扇の骨でなくて、海月くらげの骨でしょう?」

「それは、扇の骨じゃなくて、式神の骨ですよね?」


 清少納言と夜の発言が被ってしまった。


「あらあら、仲良しね?」


 定子は、二人の方を見てころころと笑った。


「⋯⋯これは、あなたに追いつかれてしまったのかもしれないな?」


「いえ、清少納言様の方が見事でした。」


「ほうらやっぱり。ふふ。あなたたち、とても良いコンビだわ。」


「なるほどそういう手段がありますか。これからは二段構えで話すことにしましょう。」


「私の可愛い女房たちの手柄を自分のものにしちゃうつもり?兄さんったら。」


「いやいや。見事なものだ。さすが定子様の女房だけはある。」


 旗色が悪くなったと見て、隆家は帰っていくのであった。


 清少納言とともに仕事をし、彼女の随筆を、一番初めに読んではその言葉遣いに学び、時々は定子にからかわれる。


 定子の知識は幅広く、それに仕える女房たちも、この時代の一線級の人物ばかりだ。とてつもない環境で揉まれて、夜はどんどん力をつけていくのだった。


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