式神
「晴明。お主の弟子はなんだあれは?」
内裏で酒呑童子の首級に関する説明をしている頼光を見つけた晴明は声をかけた。頼光は答えて質問する。
「あははは。役に立っただろ?」
「そりゃ役に立ちはしたが⋯⋯。」
「頼光殿がいかに精強とはいえ、相手もさるものだ。彼女がいなければ相当厳しい戦いになったと思うがどうだ?」
「⋯⋯。」
「ふっ。あのものを見出した我の手腕を褒めろよ?」
「何用だ。」
「ああ、すまん。その酒呑童子の首級の一部を分けてもらおうと思ってな。陰陽術の研究に使いたいんだ。」
「欠けるほどでなければ構わない。」
「さすが頼光だ。話が分かるねえ。」
晴明は含み笑いを浮かべる。
「ほんと、お前は化け物だな。師匠が師匠なら弟子も弟子ってことか。」
「ほめ言葉として受け取っておくよ。」
無事に目的のものを手に入れた晴明は、すぐに内裏を離れた。
権力者に見つかって、無駄に方角の吉凶を占うなど、無駄の極みだ。
非効率が過ぎる。
それよりも。
晴明は、持って帰れた酒呑童子の頭の一部を嬉しそうに見た。
「これで私の研究も進む。夜も喜ぶだろうさ。」
口を開けば険悪ムードになることもあるが、この師弟、似た者どうしであることもあって、それなりに気はあっている。晴明が自分でプレゼントを用意するなど何年ぶりのことだろうか。
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「できた!」
「宮廷から帰ってきて、ずっとそれ作っているみたいでしたけど、それなんです?師匠。」
「聞いて驚きな。我の贈り物だ。」
「師匠が私にですか?唐突ですね⋯⋯。」
「いや、褒美が欲しいとか言ってただろうが。」
「ああ。なるほど、一見、式神の符のように見えますが。」
「ああ。式神だ。だが、それだけじゃないぜ? 起動してみな。」
どこか自慢げな様子を隠そうとしない晴明の様子を見て、夜も楽しみになる。
この陰陽術の大家が作り出した式神だ。なかなかのものに違いない。
「式神召喚。」
夜の呼びかけに合わせて、ボフンと白雲が立ち込めた。
しばらくして、白雲が薄れたそこには、二本の角を生やした、幼い少女の姿があった。
髪の色は銀。赤く染まった目は鮮血を思わせる明るさだ。
小さな体に反して、おっぱいはとても大きい。ロリ巨乳というやつだ。
何はともあれとても可愛い子だ。
夜のテンションが上がった。
「師匠、この子をもらっていいんですかー!?」
「んー。なんで少女の姿なんだ⋯⋯?」
「どういう意味です?」
「いや⋯⋯。」
「お前、よくも僕を殺してくれたな!」
混乱する夜に少女の頭突きが突き刺さった。
「めちゃくちゃ痛いんですけど???何この子とりあえず私の式神なんだから大人しくしなさい!」
なおも殴りかかろうとしていた少女は、その言葉にピタリと体の動きを止めた。
式神は、主人の言葉には逆らえない。
「説明してもらいますよ師匠。返答いかんによっては許しません。」
「ほんとなんで女になってるんだ⋯⋯?夜、お前のせいか?」
「まずは、こっちの質問に答えやがれですよ!」
しかし、晴明は自分の思考の渦に溺れて、夜に返事をしようとしない。
仕方なく、夜は少女の方に向き直った。
「で、あなたは誰?私のこと知ってるの?」
「僕は酒呑童子だ。」
「えー?そんなわけないじゃん。だって、めちゃくちゃ可愛い女の子だよ君。確かに鬼っぽいけど。」
「いやいや、僕は男だ。って、えええ?!」
自らの胸と股を触ってみた少女は叫び声をあげる。
「なんだこの胸。股には何も付いてないし。」
「女の子でしょ?」
「いやいやいや。こんなことあるはずがない。悪い夢だ。そうに違いないんだ。」
ここまで強烈な拒否反応を示すとは、600年前の、自分の性別変化の際はどうしていたんだっけ。夜は、今や遠い昔となったあの時を思い出そうとした。
⋯⋯、割とすんなりなじんだような。
いや、前世の記憶が曖昧だったり、これと決めた目標があったりしたからなのか。酒呑童子にはさっき死んだ記憶があるようだ。それは違和感を覚えるのも仕方がない。
「師匠も師匠ですよ。なんで酒呑童子を式神にするんですか?」
「いけるかなと思ったからさあ。お前もなんか褒美くれってせっついてきたし。」
「想像の斜め上の褒美ですからね、これ!」
「でも便利だぞ。鬼神を従えていれば。」
「まあ、あの戦力が自分のものになると考えれば別にいいんですけど。従うんです?」
「命令すれば従うぞ。本当の力を発揮させたいなら、心から忠誠を誓わせなければダメだが。」
「私はあいつを殺しているんですが?」
「なんとかしろ。そこまで面倒を見てられん。我は式神化に関する新知見をまとめなければならんのだからな。」
「師匠の研究ばか!!!」
「はいはい。せいぜいがんばれよー。」
晴明は手をひらひらさせて部屋を出て行った。
残されたのは、水干を着た陰陽師見習いの夜と、だらけた着物からしどけなく小柄な体に似合わぬ胸を露出させる銀髪の鬼の少女。
二人だけだった。
二人の目線が交差する。
酒呑童子の目には、困惑と憎悪が、夜の目には、困惑と期待がそれぞれ映っていた。
「とりあえず、座ろっか。」
酒呑童子は夜の声に逆らえない。
互いに片足を立てて座る。平安時代の座り方は正座ではない。
この座り方がこの時代の常識だ。
無論どちらも、慣れている。
「で、酒呑ちゃんは、私に従う気はあるの?」
「ちゃん付けで呼ぶな!」
「ええー?こんなに可愛いんだからちゃん付けで呼ばないと損だよ。」
「意味がわからない⋯⋯。まあ、いい。つまり、僕は、お前の式神になったんだな?」
「そうみたいだね。師匠もひどいことするよねー。」
「ひょっとしてあの男、安倍晴明か?」
「大正解—!薄々気づいていたけど酒呑ちゃん頭いいよね。」
「魂とはいえ、妖を生き返らせる術を持つ人間など一人しかいないだろう。お前は力押ししかできないようだったし。」
「あー。しかとは何よ、しか、って。」
「脳筋女だろ?」
「ああもう見た目はこんなに可愛いのに、憎まれ口なんて叩いちゃって。もう酒呑ちゃんは私には丁寧語でしか喋っちゃダメ!」
「え?なんでですか?」
そう口に出してから酒呑ちゃんはすごい形相をする。
「へ?なんで?」
「うんうん。可愛い子はこうでないとね。」
「なんで僕がこんな目に会わなくちゃいけないんですか。」
「うーん。人称はこのままでいいかな。ボクっ娘ってのも悪くないし。」
「僕の話を聞いてくださいよ!!!」
「まあまあまあ。君は私の式神になったんだ。生かすも殺すも私次第だ。ご機嫌とか伺ってた方がいいんじゃないかい?」
「誰がそんなことするっていうんですか!」
「でも、君は私に負けたよねえ?正々堂々勝負して負けたよねえ?妖怪として序列はついたよね?下のものは上のものに従うのが筋ってものじゃないの?」
「殺されたんですけど?」
「生き返ったじゃん。」
「確かに⋯⋯。」
酒呑ちゃんの勢いが少し削がれる。
「せっかく生き返ったんだから、何かしたいことでもすればいいよ。酒呑ちゃんの夢は何?」
「夢⋯⋯? 大妖怪として、大江山を守ること⋯⋯?」
「大江山は壊滅だってよ。頼光もひどいことするねえ。」
「元はと言えばあんたが!」
「そんなことはないよ。あの時酒呑ちゃんが飲んだ酒は毒でね。あのまま眠ってしまったら身動き一つ取れなくなるという恐ろしい代物だったんだよ?それを一騎打ちで正々堂々と討ち取ってあげたんだからむしろ私に感謝した方がいいよ?
あの時ならまだ毒も回っていなかったし、公平な勝負ができたんだから。」
「でも⋯⋯。」
なおも酒呑ちゃんは煮え切らない。
「しょうがないなー。なら、私の夢を教えてあげる。それに協力するかしないか、酒呑ちゃんが自分で決めてね。」
「夢⋯⋯?妖怪なんだから、人を食うこと、いや、強くなることですか?」
「いいや違うよ。私の夢は、世界でいちばんの小説を私の手で作り上げることだ。」
「⋯⋯?」
「小説はいいよ。何者にもなれるし、何も自分を縛らない。ただ自由に描いた道が、みんなを引きつける。書くのも読むのもとても楽しい。その中でも最高の一冊を、他ならぬ私が、描き切るんだ。」
「小説⋯⋯?」
「おや、知らないのかな? なら、読むといい。幸い時間はたっぷりある。読んで、その価値を見極めるといいよ。」
夜は酒呑ちゃんにも布教を忘れないのだった。
「あんたほどの力があって、どうしてそんなよくわからない夢を。」
「何を言っているのかなあ?本を読んで、本を書くのに勝る喜びはこの世にはないよ。太鼓判を押したって構わない。」
「太鼓判⋯⋯?」
「あれ、この時代にはなかったんだっけ。まあいいや。私から酒呑ちゃんに命令するとしたら一つ。本を読め。これだけだよ。別に戦闘に参加する必要はない。私一人で十分だしね。」
「まだ僕はあなたの式神になるって決めたわけじゃないです!?」
「ま、とりあえず100冊くらい、いってみよっかー!」
「人の話を聞けー!!!」
酒呑童子が、仲間に加わった!!!




