酒呑童子
頼光たちは酒呑童子に酒を勧められた。
赤い酒だ。それになんだか生臭い。
頼光たちは怪しまれまいと、それに気づかないふりをして、なんとか飲み干す。
一人、夜だけはとても美味しそうに飲んでいた。
久しぶりに量を飲んでご満悦だ。
だめだこいつやっぱり妖怪だ。
「使えなくなった使用人から作った酒だよ。美味しいかい?」
「えっ、ええ。」
頼光は震える口をごまかしてなんとかそう答える。
「それはよかった。」
頼光たちの飲みっぷりがよかったからだろう。
酒呑童子は満足そうにこちらを見えいる。
「酒呑童子様。我らからも贈り物がございます。お酒が好きだと聞きましたので。」
頼光は老人から渡された酒を取り出した。
「へえ。それは感心な心がけだね。さあさあ、肉も食って。」
酒呑童子は、気分良くさらに勧めた。
こちらもどうにも不気味で、材料のことがなんとなくわかってしまったが、頼光たちも、ここまで来て怪しまれるわけにはいかない。なんとか完食する。
夜も、死肉は好きではなかったようで、顔をしかめながら食べた。
「ほーう。これはいい酒だ。あんた、なかなか悪くないね。わかってる。」
「ありがとうございます。」
引きつりながらも、なんとか頼光は笑顔を返した。
あの老人が言っていた酒を飲ませることには成功した。
ならばあとは、時間を稼げば、毒が回って全てが終わるはずだ。
それだけを信じて、頼光たちは耐える。
だが、一向に酒呑童子が弱る様子はない。
ただ、酒を飲んでは酔っ払うばかりである。
ほどなくして、黒雲がにわかに立ち込めて、四方が闇夜のように暗くなった。
血の匂いのする風が荒々しく吹き、建物を大きく揺さぶる。
様々な変化の者たちが、恐ろしげな形と大きさを取って、田楽を舞いながら通り過ぎていくのが見えた。俗に言う。百鬼夜行というやつだ。
これには流石の頼光一行も怯んだ。
ただ、顔を合わせず、まっすぐに前だけを見つめることで虚勢を張る。
夜だけは、面白そうに辺りを見渡していた。
だから君は目立つようなことをやめなさいって。
脅かしに効果がないと悟ったのか、百鬼夜行の者共は、四方八方に散っていった。恐れないということが肝要であったらしい。
のちに、新たに女房たちが入ってきて、しきりに頼光たちの気を引こうとしたが、「山伏修行者の近くに女房たちが来るなどあり得ることではない。速やかにお引き取り願おう。」と、藤原保昌につれなく言われて退散した。
その場を離れた女房たちは、変化を解いて鬼の本性を表し、今度の人間の気骨に感心した。しかし、酒呑童子様に敵うものはおるまいというのが彼らの見解であり、実際、その通りでもあった。
さて、酒呑童子はこうした部下たちの悪ふざけを笑いながら楽しく酒を飲んでいた。頼光たちを疑う気持ちはほとんどなかった。血を啜り、人肉を食べて嫌な顔一つしなかったのならば、それは妖怪と同義だ。
そこまで人を捨てた修行者なのか、ただの妖怪なのか。
どちらにせよ愉快なことだと思っていた。
ただ、一人だけ、おかしなものが混じっている。
そいつは、血をうまそうに啜り、肉を嫌そうに食べ、そして何より男と思えないほどに美しい顔立ちをしている。
「おい、そこのあんた。」
酒呑童子は我慢しきれずに夜に声をかけた。
「なんでしょう。」
もともと夜は、酒呑童子のことをそれほど恐れているわけではない。
自らの体のスペックへの確信と、近頃覚えた陰陽術を試したいという欲望があって、戦いを仕掛けたくてウズウズしていた。その上、久しぶりに血を飲んで興奮している。
そのため、彼女は声を偽らなかった。
涼やかな女の声のままだった。
「やはり女だったか。おい、申し開きがあれば申してみよ。」
問われた頼光はだらだらと脂汗を流す。
晴明お墨付きの弟子だ。どうにかして守らなければならない。
頼光は人の守護者としての武士であり、そこに例外はなかった。
なんとか言い訳を考えなければ。
「私が、無理やり潜り込んだのです。」
「へえ?」
面白そうな顔をして、酒呑童子は続きを促す。
「私とあなた、どちらが強いのか、興味がありまして。」
「はっはははは。面白い。この大江山の酒呑童子と互角に戦えると、信じているのかい?」
「たかだか二、三百年程度しか生きていない分際で、よく私に向かって大口をたたけますね?」
「おいおいおい。なら、あなたは、それより長く生きていると?ははっ。ありえない。妖怪の世界で話題にならないはずがない。」
「なら、試してみましょうか?」
「いいだろう。こいつらは、普通の修行者なんだな?」
「ええ。私が保証しますよ。」
守るべき民に逆に庇われた。
そのことに気づいた頼光は歯ぎしりをする。
だが、酒呑童子の妖気は、並大抵のものではない。
彼らほどの実力者でも、死を覚悟しなくてはいけない、濃密で強力なものだ。
だが、気になるのは、夜の方も、同じくらいの妖気を保持していることだ。
今まで気づかなかった。
巧妙に隠していたのか。
彼女が妖怪というのは、本当なのか、嘘なのか。
頼光の考えはまとまらない。
「ここじゃ狭いですね。」
「庭でやろう。」
酒呑童子と夜はともにやる気十分であり、もはや強敵であると認め合った相手のことしか見えていない。
美しく整備された日本庭園。
その池の縁で、二人は相対する。
酒呑童子がニヤリと笑って、片腕を鬼のものに変ずれば、夜は符を構える。
ここに、日本三大妖怪の一、酒呑童子と、太古より生きる吸血姫かつ急造陰陽師、夜の戦闘が始まる。
頼光たちは置いてけぼりであり、遠くからこっそり様子を見ていた某八幡神も唖然としていた。




