大江山
晴明から陰陽術を指南された夜は式神を使えるようになった。
ずっと、爪による直接攻撃のみで戦闘を行っていたので、遠距離でも使用できる技は貴重である。
そして、ついにその日がやってきた。
夜は天皇の命で討伐に向かう源頼光の軍勢に安倍晴明の弟子として帯同することになった。
女ということに対する陰口は、師匠から譲ってもらった陰陽師の服と、持ち前の怪力で封殺した。
軍でいちばんの力自慢である坂田金時を腕相撲で降して顔色一つ変えずに、陰陽術の力ですなどという女だ。戦力としてこれほど心強いものはなかった。
無論陰陽術の力などではなく、純粋な体のスペックのせいである。
安倍晴明も、強い妖にさらなる力を与えるという謎ムーブをするのはやめてほしい。手がつけられなくなるぞ。
大江山は丹波国にある。京都から見ると、北西の方角だ。
山の樵の足跡を辿り、雲海の海を踏み越えて、山から山、谷から谷を踏破する。
完全武装の武者たちにとっては、なかなか厳しい旅路だった。
何人かとはぐれてしまう。
一行の数は随分と減ってしまった。
頼光と頼光四天王、ついでに夜は当然ながらはぐれてはいない。
ある時、川の向こうに老人たちが深刻な表情で集まっているところに行きあった。
こんな山の深いところにいるのだ。尋常な人間であるはずがない。
すわ妖怪変化かと身構える頼光たち。弓を構え、太刀を抜いて、油断の隙などどこにもない。
そんな彼らを押しとどめたのは夜だった。
「待ってください。彼らは妖怪変化ではありません。むしろ⋯⋯。」
「いやそれは言わないでくださいお願いします。」
すっ飛んできた老人の一人にお願いされて夜は口を閉じた。
なんだか見たことがあるような老人だ。
具体的に言うと、彼女が大麻農家をやっていた頃の天皇に似ている。
そして感じる雰囲気は、神のもの⋯⋯。
何か事情があるのだろう。夜は納得した。
老人は頼光たちに説明する。
自分たちの娘や息子、弟子たちが、酒呑童子に囚われていること。
彼らを取り返そうと集まったが、どうにも難しそうで、諦めかけていること。
「噂に聞きました。宣旨が下され、都から退治の軍勢が来ると。あなたたちがその軍でしょう。」
「そうだ。」
頼光は肯定した。
老人たちは目を輝かせる。
「ならば、私どもから提案があります。かの鬼の力はとても強く、正面からではいかにあなた方が勇猛でも歯が立ちますまい。」
老人は悲しげに俯いた。
「ならばどうすれば良い?」
「我らの持つこの山伏装束を着て油断させ、そして、天下に名高き神酒、神便鬼毒酒を飲ませてください。これは鬼の体には毒です。さしもの酒呑童子といえど、飲んで寝てしまえば、体の身動きが取れなくなります。」
「ふむ。」
「さすれば、たちどころに酒呑童子を討ち取れるでしょう。何より、酒呑童子は酒が好きな鬼らしいですので。」
頼光は、夜に確認を取る。
「この者たちの言っていることは真実かと。」
神の助力というやつだろうとあたりをつけた夜は肯定した。
老人の一人がすがるように見てくるので、ネタバレは自重した。
彼女も、そのあたりはわきまえている。
「あいわかった。我ら四天王と夜が乗り込む。他の者どもは、近くに布陣して鬼どもの気を引いてくれ。」
頼光はそう指示を出すのだった。
●
さて、山伏に変装した一行。
夜も長い髪を頭巾の中にまとめて隠した。
美しすぎるので違和感はバリバリだが、一行の中に紛れ込めばさほどでもない。
女性山伏を許してほしい。まあ、魂は男だし、問題ないかな⋯⋯?
さて、酒呑童子は鬼隠しの里という場所にいるらしい。
老人たちによれば、岩穴の中を歩いていくと着くとのことだった。
しばらくいくと、確かに大きな岩穴があり、その中に進むと、八本もの柱を備えた大きな門があった。とても美しく、あたりが輝くほどの門である。四方の壁は瑠璃のような光沢を宿し、地面は水のようにキラキラと光っている。総じてこの世のものとは思えない光景だ。
踏み入ってすぐに、美しい女房に行き合った。
「我らは、旅の修行者だが、道に迷ってしまった。よかったら一晩の宿を貸していただけないだろうか。」
渡辺綱が代表して作り話をさも本当のようにまことしやかに語る。
「酒呑童子様の元に案内しますから、そこで許可を取ってください。」
「了解した。」
女房の案内で回廊を渡っていく源頼光一行。
女房は悲しそうな顔をして言う。
「あなたがたも、ここから出られることはないでしょうね⋯⋯。私は、土御門内府宗成卿の第三女。都から攫われてきたの。もう逃げることは諦めたけど、たまらなく寂しいの。」
女は絶望していた。
渡辺綱は思わず勇気づけようとするが、頼光に手で制される。
こんなところで正体を明かしては、これまでの苦労が水の泡だ。
「こちらでお待ちください。」
女房としての役割を果たす姫君。
頼光と四天王たちはおいたわしい思わずにはいられない。
連れられてきたのは、廊のそばの大きな部屋であり、容貌の麗しい女房たちが、酒や肉を用意して侍っていた。
しばらくすると、重々しい足音がして、3mほどの大きさだが、チグハグなほどに幼い顔立ちをした男が姿を現した。とても知恵深げな目つきをしており、小袖に、白い袴に香の水干を着ている。
女房に持たせた円座と脇息に体を預け座った彼に促されて、頼光たちも、座る。
「僕は酒を深く愛しているからね。眷属たちからは酒呑童子と呼ばれているんだ。」
大きさに似合わない、理知的な少年の声だ。
「よく来た。とりあえず飲みなよ。」
酒呑童子は、そう言って、金の盃に入った酒を勧めた。




