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不安

 フレスポ鳥栖のスターバックスで前田は待っていた。庵主と一緒に加那は頭を下げた。

「お待たせしました。松岡加那と申します」

 加那の福岡のアイドルとの話がダメになって一か月。クロッカスの花がディスプレイされている。

「こんにちは」

 前田は笑顔を向けた。

 東京で芸能関係の仕事をやっていたがハードワークに疲れ、佐賀にUターン。いまでは地域の軽トラ市で物販したり、講演会を主催するなどのイベント会社を経営しているらしい。

「東京で壊れてこっちに帰ったとき、ぼくも先生にはいろいろお世話になったから」と庵主に頭を下げる。

「前田くんもこっちのアイドルは見たことはあるのよね」

 庵主が言う。

「ぼくらが地域のイベントでお店を出してる時に何度かは」

「どう思った?」

 前田は加那を見る。「気を悪くしないでね」と前置きしてから話を始めた。

「酒と同じかなと。松岡さんはお酒を飲みに行ったことないと思うけど、大人はね、お酒にすごくお金を使うんですよ。でも実はお酒を味わうのが目的じゃないことが多いんです。ひとりでバーに行ってもマスターと話すことを楽しみにしているものなんですよ。お酒を飲むと人はつながりが強くなりますから。ぼくらも仕事で懇親会とかもありますが、仕事でお付き合いを作ろうと思うと、仲良くなるのはお酒が手っ取り早いんですよね。不思議なもので一緒にお酒を飲むと人は仲良くなるんです。友達と飲みに行くのだって、お酒の味を楽しみに行くわけではなくて、みんなでお酒を飲んでいる場の空気を楽しんでるものなんですよね。そういう意味での人と人とのつながりを求めるお酒的なものが、いまのローカルアイドルなのかなと感じましたね」

「そっちなのか。わたしはてっきり飲み屋のお姉さん的なものを感じてるのかと思った」

 庵主が笑いながら言うと、前田はうなずいた。

「先生、鋭いですね。それももちろんありますよ。ステージはお酒だけど、そのあとのファンの人との交流を見ればまんまそのメソッドですよね。高いホステスのいるクラブにお酒を飲みに行く人もいるけれど、そういう人はそこで出るお酒の味よりも、ホステスさんとのつながりを求めてそのクラブに行くんですよね。それと同じ感じでアイドルを見に来ているファンに支えられている印象は感じましたね」

 ローカルアイドルなんて飲み屋の女みたいなもの。

 それは加那がアイドルをしているときから言われていたことだった。「気を悪くしないでね」と前置きされても、あまりいい気持ちはしない。

「だから、先生にやってみたらと言われて、こうやって松岡さんといまお会いしているわけですが、やるならばぼくはしっかりおいしいお酒を作りたいと思っています」

客観的にアイドルとはお酒と受け入れながら、それでもいいお酒にしたいと思ってる。

 加那はこの人に自分の力を鍛えてほしいと思った。

「わたしも、もしわたしでいいならば、前田さんと一緒にやってみたいです」

 庵主がうれしそうに顔をのぞかせる。

「よかったわ」

「ぼくも、この地域の業界のことはよくわからないから、いろいろ教えてくれると助かります」

「楽しみだわ。あなたたち握手しなさいよ」

 庵主に促されて、前田は立ち上がり右手を差し出した。加那はその手を強く握りしめた。



 アイドルは大人の会議ですべて話が決まる。

 それは前田が立ち上げようとするグループでも同じだった。

 当初、庵主から前田を紹介されたとき、もしかしたら運営にも参加できるのかと期待したが、他のメンバーの人選、グループ名、方向性などは前田の独断で話が進められていたようだ。

その頃、庵主の所に世間話をしに行ったら、「前田くんね、加那ちゃんの件であきれてたらしいよ」と聞いて、驚いたこともあった。

「山名和彦が松岡加那を再デビューさせるのはアイドル業界のイメージを悪くすると猛反対して、前田くんに加那ちゃんをあきらめるように言って、それを前田くんが拒否したら、他のアイドルグループに加那ちゃんの入るグループと共演しないように言って回ってるらしいのよ」

「そんなことがあっているんですか。わたしのせいで、申し訳ないです」

庵主の話を聞きながら加那は悔しくて奥歯をかみしめていた。しかし勝手な都合で辞めたのは加那だ。そのことは申し訳なく思う。

「気にしなくていいのよ。半年も前のことだから、うじうじ言ってるほうがおかしいだけ。運営でもファンでもないのに自分の価値観を周りに押し付けて、偉そうなこと言ってて、井の中の蛙の評論家がクリエーターやってるって笑ってたわ」

 SUN SUN SAMBAの頃、曲を提供しているだけで園田が神のように扱っていた山名。その山名を前田が全く相手にしていないのが面白かった。

「そうそう、前に加那ちゃんが福岡までレッスンの見学に行ったけど、最後に加入を断られたグループあったじゃない。あれだって、山名和彦が加那ちゃんがグループに入るの妨害したらしいよ」

「そうだったんですか!」

 たしかにどうしてレッスンの前の日に、加入の話がなかったことになったのか、不思議ではあった。

「どこのグループも、山名和彦に逆らえないみたいなのよね。福岡のアイドルで一番のヒット曲を作曲してるんでしょ」

「ええ」

 山名がアイドルに提供した代表曲はもう五年も前の曲だった。

 初めにその曲を歌ったアイドルは4年前に解散している。

 ただ、解散後、たくさんの九州のアイドルがその曲をカバーして歌っているのだ。SUN SUN SAMBAも歌っていた。他の地域では全く知られていないが、九州のアイドル界ではスタンダードといっても過言ではないぐらい有名な曲になっている。

「その曲をやると九州のアイドルファンは喜ぶからどこのグループもやりたい。だから山名和彦には逆らわないという空気があるらしいのね」

 庵主の言葉を聞いて、この地域のことをわからないと言っていた前田が、三年この地域でアイドルをやった加那と同じ見解をしていることに、改めて前田を尊敬した。

 そして、前田と山名の関係から、今度のグループは山名がレッスンを見に来ないのか、よかったと加那は考えた。



 3月23日の金曜日にメンバーの顔合わせと打ち合わせをしたいと連絡が入った。

 前田から招待されたLINEのグループ名は「ヒノキブタイ」。加那の他に前田を入れて5人のメンバーになっていた。

 集合時間は17時、集合場所は佐賀駅から歩いて5分のカラオケボックスだった。筆記用具を持ってきてくれと書いてあった。

 歌唱テストをされるのだろうかと緊張しながら、電車の中で加那はのど飴を舐めていた。

 電車の都合で十分前にはカラオケ店の前についた。

 入口の横の駐輪場に前田が立っていた。横にはメンバーなのだろう。女の子が二人いた。一人は長い髪の毛を茶色に染めている派手な子、もう一人は目鼻のぱっちりした黒髪の女の子だった。

 うそ、かわいいと二人を見て加那は思った。負けたと思った。このふたりならば、わたしよりも人気が出るだろうと考える。

「あとひとりで揃うから、ぼくはここで待ってるけど、先に入っておく? 予約してるから前田といえばわかってもらえるよ」

「前田さんと一緒に待ちます」

 茶髪の子が言う。加那ともう一人の子も頷いた。

 ショートカットの女性が自転車に乗ってやってくる。自転車を見て前田が手を挙げた。

「すみません、お待たせして」

 自転車から降りて頭を下げる。

 自転車に乗っている感じは加那よりも若い感じがしたが、話しぶりは落ち着いた感じがした。

「行こうか」と言って、前田を先頭にカラオケボックスに入った。



「本当は会議室を借りたかったけど、なかなか佐賀駅の近くにはなくてね。こんなところになってごめんね。まずは、みんな初対面だろうから自己紹介をしようか。まず、ぼくからだね。順番的に。今回、ヒノキブタイというアイドルグループを結成した前田と言います。歳は36歳です。宜しくお願いします」

「お願いします」と茶髪の子が言って手を叩く。つられて、加那達も手を叩いた。

「じゃあ、ひとりずつ自己紹介を」と前田が言うと、「わたしからいいですか」と茶髪の子が手を挙げた。「どうぞ」と前田が言い、立ち上がる。

「はじめまして。山口茉優と言います。19歳です。アイドルはやったことないんですけど、Jリーグでチアをやっていました。体力には自信がありますが、はじめてのことなのでご迷惑をお掛けすることもあると思います。よろしくお願いします」

「お願いします」と前田が言って拍手すると同時にみんなで拍手した。

 それからテーブルの上に広げたノートに「やまぐちまゆさん 19歳 元チア」と書いていく。

 加那は茶髪の子が同い年か、と思ったと同時に、自信にあふれているなと感じた。この子はアイドルになったら人気出るだろうなと素直に思う。

 次に隣に座ってる目鼻立ちのぱっちりした子が立ち上がった。

「こんにちは。石田萌乃、21歳です。佐賀の若手劇団で演劇をやっていましたが、この度、前田さんからチャンスをいただき、アイドルをやらせていただくことになりました。ミュージカルを劇団でやったこともあり、少しはかじってるのかなと思いますが、アイドルは見るのもやるのも初めてで不安だらけです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」とみんなで拍手をする。

 21歳。言われてみれば、格好は若いがメイクなど本格的に丁寧にしているなと感じた。そのおかげで目鼻がぱっちり見えているんだと思う。普通に美人だし、自撮りをSNSにアップするだけで人気が出るタイプだと加那はノートに「いしだもえの」と書きながら思う。

 加那は周りを見渡し、次が自分の順番だと感じ、立ち上がった。

「はじめまして。松岡加那です。19歳です。去年の秋までSUN SUN SAMBAというグループでアイドルをしていました。気分を一新してがんばりたいと思います。よろしくお願いします」

 拍手が起こる。名前を伝えられたことで、受け入れられている気分になり、ほっとした。

 最後にショートカットの子が立ち上がった。

「井上藍です。もう歳を言うのも恥ずかしいんですが、25歳です。2月まで東京のブラボーエイトという地下アイドルに在籍していました。前のグループが解散して地元に帰ろうとしていた時に前田さんに声をかけていただきました。よろしくお願いします」

 しゃべってみるとたしかにお姉さんだが、加那は見た目は同い年か、もしかしたら年下と思っていたショートカットの子が25歳と聞いて驚いた。

 しかし、井上さんはヲタクの扱いもうまそうだし、幼い見かけとお姉さんのキャラがギャップもいいなあと思った。

 加那は改めて同じメンバーになる三人を見た。

 かつてはSUN SUN SAMBAでセンターを張っていた加那だけど、この中で自分が人気が出るとはとても思えなかった。

 自分が干されたらどうしよう。

 不安が胸によぎった。


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