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結末

 午前11時過ぎに目を覚ました加那は「おはよう」とツイートする。ヒノキブタイで月に十万円以上の収入がある加那は、以前のようにアルバイトをする必要はなかった。

 ただそれだけのツイートなのだが、100近いライクと50近いリプライが12時過ぎまでには返ってきていた。12時過ぎにライクやリプライ、リツイートが集中する。平日でファンたちは仕事をしているためだ。初めの頃はミーティングで前田から「ファンの人の一日の始まりにツイートを上げてあげてほしい」と言われていたが、動画の撮影やレッスンで夜が遅くなることも多く、いつの間にか言われなくなった。

 ヒノキブタイは、ファンのツイートに対してメンバーがライクやリプライをすることが禁止であるため、加那はツイートに反応する必要がない。そのため通知はすべて解除していたが、13時頃にライクの確認をするためにツイッターを開いたとき、ついついDMを見てしまった。

 もう5日も宏太からDMが来ていない。

 もちろん来ないに越したことはないが、あれだけ頻繁に来ていたものがぴたりと止まるのはそれはそれで不気味なものだった。

 ワンマンライブが大成功して、トナリヒロキのプッシュもあり、YoutubeだけでなくCSやAmebaなどの東京でのメディア出演が増え、更にそれがYoutubeで違法アップロードされ、ヒノキブタイの名前がそこそこ広がっていった頃に、どこかで宏太が加那を見つけたのだろう。突然、DMが送られてきたのだ。

「覚えてる? 加那に捨てられた男だけど」

 知名度が上がってきて、それこそ勘違いしたようなファンもどきからのDMや、「ネットビジネスを始めませんか」というDMも来ていたので、加那ははじめはいたずらだと思って無視していた。

 しかしそのあとに来たDMの名前を見た途端、背筋が凍った。

「覚えてないわけないよね。何度も松岡加那と愛しあった神崎宏太だよ」

 一緒のバイト先で付き合っていた元彼だった。SUN SUN SAMBAの頃に最も熱心に加那のことを応援していたバーグにさえ嫉妬していた男だ。

 覚えているが反応するわけにはいかない。

 日に日に宏太のDMはエスカレートしてきた。

 加那にとって宏太は過去のことである。だがその過去は、現在進行形で有名になっているヒノキブタイの松岡加那のいま手にしているものとこれからへの期待をすべて失わせるほどの破壊力を持った過去だった。

 ツイッターを開くたびにDMにバッチが上がっていて、そこをタップするたびに「週刊誌がいいのかな。でももうちょっと有名になってからのほうがいいよね。がんばってね」などと書いた脅迫めいたDMが宏太から届いていた。

 庵主に相談したかった。

 しかし、ちょうど東京と大阪でライブが入っていた週で、すぐに佐賀に帰るわけにはいかなかった。

 電話でもと思ったが、ホテルの部屋は茉優とツインだったため、かけることができなかった。

 そして、大阪のライブハウスでたまたま前田と二人になったので加那は相談したのだった。

 相談するのだって勇気が言った。

 最悪、これがきっかけでヒノキブタイをクビになるのかもしれないとも思っていた。

「ごめんなさい。以前付き合っていた彼氏がいるんです。その彼氏からいま、毎日DMが届いていて」

「え、なにそれ?」

 そう言うと前田は自分の携帯から「松岡加那@ヒノキブタイ」のツイッターアカウントにアクセスした。

 表向き、メンバーのツイッターアカウントは運営管理とアナウンスしていた。そのため、ファンがメンバーのアカウントに直接DMしてきたら運営はそのファンに対し出入禁止の処分を下すとファンたちには信じられていたため、ファンが直接加那や他のメンバーにDMを送ることはなかった。だが、管理していると言いながら、売れてきてからは前田は自分のことのほうが忙しく、ほぼほぼメンバーのツイッターアドレスにログインしたことはなかった。

「ひどいねこれは」

 前田は久しぶりにログインした加那のアドレスに届いている、宏太のDMを読みながらつぶやく。

「すみません」

 加那は頭を下げて詫びを言う。

 前田の顔の曇り方を見て、クビになることも覚悟する。

「別れてるんだから、昔の彼氏のことでとやかく言うつもりはないよ。それよりもぼくは、運営としてアイドルを守る義務がある」

「ありがとうございます」

 加那は、ひとまずクビにならなくて済みそうなことにほっとした。

 ここまで頑張って、東京にもイベントで行けるようになったんだ。テレビにだって出れるし、ファンも増えた。

 これを失わないで済むだけで、前田に相談してよかったと思う。

 加那は、宏太とのことを前田に知られることをもっとも恐れていたんだと感じた。

 前田に知られて、ヒノキブタイを解雇になる。それがいちばん怖かったのだと。

 だから前田が「アイドルを守る」と言ってくれたことに安心した。

 ヒノキブタイを解雇されないならば、週刊誌にばらされても何でもないようなことに思えた。

「明日、佐賀に帰ってから対策はするから、安心してもらってていいよ」

 前田に許されただけで安心していた加那は「ありがとうございました」とまた礼を言った。

 そして佐賀に帰ってきた三日、宏太のDMがぴたりと止まった。

 宏太のツイッターアカウントを加那のアカウントがブロックしている形跡はない。

 レッスンのときに前田に加那は訊かれた。

「もう変なDM来てないよね」

「はい」

 加那にDMをしないように前田が宏太にお金を渡したんだろうか。

 ちらりとどうやってDMを止めることができたのか、加那は前田に訊きたかったが、Youtubeで覚えることが多く、撮影に入るやそんなことは忘れてしまった。



 庵主はサンメッセ鳥栖にいた。

 皮肉なことであるが、ヒノキブタイの松岡加那が以前いたグループということで、SUN SUN SAMBAの客が増えていた。

 いわゆる応援をするファンの中心は、ポップやシュン、ガンジ、そしてバーグと以前から応援していたファンが中心になっていたが、それ以外にも十人近くのファンが集まり、盛大に声を張り上げていた。

「この曲も山名和彦先生のオリジナル曲で」と亜由美がMCをすると、PA卓に座っている園田の隣に立っていた山名が照れたように笑っていた。

 それでも庵主は亜由美と理沙、新メンバーの美瑠の三人が歌う姿と、それを見つめるファンの姿をうれしそうに眺めていた。

 同じ場所で体感していることで、この子たちはここにいる人の人生に価値を与えている。

 ヒノキブタイの前田や加那とはもう半年以上話をしていなかった。

 たしかに動画を何十万人の人に見られているヒノキブタイのほうが、SUN SUN SAMBAよりもたくさんの人の人生に価値を与えているかもしれない。

 しかし、庵主は目の前にいる人を必死に楽しませようとするSUN SUN SAMBAのほうがヒノキブタイよりも尊く思えた。



 一年後、ヒノキブタイは、リーダーの井上藍が妊娠をして解散する。

 若手男性俳優が相手だった。

 ふたりは結婚し、藍やヒノキブタイのファンは泣いたが、結婚相手の俳優は演技力が評価され、順風満帆な将来が約束されていた。

 解散後、石田萌乃は東京下北沢の劇団に入り役者の夢を再度歩き出した。彼女にとってヒノキブタイのキャリアは、佐賀の劇団で役者をやっているだけでは得られなかったチャンスを与えてくれた。実力派女優としてテレビドラマに起用されることもあった。

 山口茉優はアイドルグループのダンスを指導する側に回りたいと、こちらも東京でダンスのスクールに通っている。ダンスを教えてもらう側としてスクールには通っているが、すでに茉優に振付をしてもらいたいという地下アイドル運営が何人かいて、アルバイトと称してスクールの先生の許可を取ってすでに振り付けも始めている。

 結局、解散をして佐賀に帰ってきたのは加那だけだった。加那自身は東京に残りたかったが、アイドルをもう一回やりたいかと言われれば、それは違った。新しいグループでいちからレッスンを受けて、ステージに立つための地道な努力をするには、華やかなステージに加那は立ちすぎていた。

 佐賀に帰って、宏太に電話をしてみた。ツイッターであんなに逃げていたが、電話番号は覚えていたのだ。何度か着信拒否に加那自身はしていたのだが、電話は普通につながった。呼び出し音が鳴る。しかし、電話に出たのは女性の声だった。それも若くない年輩の女性の声。

「あの神崎宏太さんの電話じゃないですよね?」

 加那は宏太がすでに電話を解約したのだと思った。

 そして、前の宏太の番号が、違う人が契約したのだと。だから、電話口の女性が「違います」と答えるだろうと思い、電話を切る準備をしていた。

 しかし、電話口の女性の反応は違った。

「あなたは宏太を知っているのですか?」

 その声に切羽詰まったものを感じる。加那はその声に気おされる。

「いえ、すみません」

「嘘を言わないでください。さきほど、宏太の名前を言われたじゃないですか。宏太はどこにいるんですか? 形態は落とし物で家に届いたのですが、もう一年以上家に帰ってきてないのです。どこへ行ったのですか?」

「一年以上、家に?」

 加那は驚いた。

「そうなんですよ。警察にも捜索願出しているのにみつからないんです」

「そうなんですか」

 あまりにも現実離れした事実に加那は電話を切った。

 だが、すぐに携帯が鳴る。ディスプレイに浮かぶ着信の表示は「宏太」からだった。

 宏太の携帯を持っている女性、おそらく母親だろう。そこに加那の電話番号がばれてしまった。

 加那はおびえるように携帯電話を耳に当てた。

「宏太のことを教えてください」

 女性の声が耳に響く。

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