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現実

「二週間前までライブをやる場所がないと悩んでいたのが嘘のようですよ」

 前田が興奮気味に話す。インディーズレーベルであるが、CDの全国発売も決まっていて、今日も午後八時までそのレコーディングだったそうだ。レコーディング後に神崎の茉優と鳥栖の加那を車で送り、その帰り道に麓堂に顔を見せた。すでに時計は午後九時を回っている。手には今週末、福岡市内に200人ほどのキャパシティのライブハウスで行われるチケット。庵主に差し出す。

「ネット予約だけだったのに1日で売り切れたんです」

 庵主はチケットを一瞥して、首を振る。

「土曜日なのね。ごめんなさい、先約があるわ」

「そうですか……残念です」

 前田は苦笑をしてチケットを鞄に仕舞った。

 庵主に予定など特に入ってはいなかった。

 ただ、直感的に気持ちが乗らなかった。

 人気ミュージシャンがTwitterでヒノキブタイのことをつぶやいてから、庵主は動画を見るのも以前のように楽しめなくなっていた。

 前田くんのことだし、あの四人のことだし、これまで通り、一生懸命頑張ってくれているだろうとは思う。

 でも、あくまで直感的だが、その頑張る方向性が変わってきているのを感じてしまったのだ。

 ファンの人の人生に価値を与えたい、SAN SAN SAMBAの頃に加那はそう言ってくれた。そしてそれをステージで見せてくれた加那や、その理屈がわかっている前田だから、ヒノキブタイは魅力的なグループなんだと感じていた。

 だが、庵主も知らなかったが、現実にはそれではだめなのかもしれない。

 少なくとも前田はそう感じていると庵主は思っていた。

 著名なミュージシャンがTwitterでつぶやいただけで、一度に各メンバーのTwitterのフォロワー数は1000人単位で増えた。

 ライブだって200枚のチケットが一日で売れた。

 この結果を見れば、何人かの無名のファンの人生に価値を与えるために頑張るよりも、一人の有名人に認めてもらったほうが、たくさんの人に愛される。

 たくさんの人に愛されれば、たくさんの人の人生に価値を与えられる。

 そのほうが素晴らしいという価値観だ。

 特にネット社会というのは、他人の評価が重要である。

 ネットであらゆるものの評判を誰でも手にできる現代。

 その便利さが人がなにかを判断するときに、自分で考えて判断するのではなく、他者の評価を参考にして、その中から自分の好みを選べるようになってしまった。そうやって選んでもらうためには、無名の人の100回の絶賛より、著名人に評価されることのほうが価値があるのだ。そう前田は考えていると、庵主は思っていた。

 現実とはそういうものなのだろう、とも庵主は思う。

 だが、庵主はそんな現実を取り入れているヒノキブタイを見たくなかった。それではまるで夢の国のテーマパークに高層ビルが立っているようなものの気がした。

「今度のライブじゃ、歌詞は英語で洋楽みたいなんですけど、昔日本にいたスエディッシュポップバンドBRIDGEの曲をやろうと思ってるんですよ。スエディッシュポップマニアも渋谷系に詳しい人もうなるような仕上がりにしてるんです。ぜひご覧いただきたかったんですが」

 得意げに前田は言う。

 たしかに著名なミュージシャンやスエディッシュポップに詳しい人ならば、すごいという曲なのかもしれない。

 しかし、そんな曲をカヴァーするのを、バーグやヒノキブタイとチェキを撮るようなファンの人が求めているのだろうか。庵主は思わずため息を吐いた。

 前田がそのため息を勘違いして言う。

「ライブでうまくいったらそのあと動画にも上げますね。そちらでぜひご覧ください」

「そうね」

 庵主は力なく答える。

 まっすぐ突き進むことは素晴らしいことだが、周りが見えなくなることでもある。仕方ないと割り切る。



 一か月ぶりのヒノキブタイのライブ。会場は200人入る福岡のライブハウス。それもワンマンでチケットはソールドアウト。

 加那はリハーサルで歌っただけで感動で泣きそうになっていた。会場の外には、すでにファンも集まっているようだ。不思議なことにステージから防音の壁を挟んだ会場の外の熱気がリハーサルから伝わっていた。

 リハが終わり、スタッフに挨拶をした後、楽屋に向かって歩く。

「こんな広いところで、わたしたちでやれるなんて信じられない」

 さすがの藍も緊張しているようだ。声が震えていた。

 ライブハウスのスタッフと音響や照明の打ち合わせをしていた前田が血相を変えて走ってきた。

「ちょっとメンバー、並んで」

 加那が振り向くと、そこにはライブハウスのオーナーの横に、Twitterでヒノキブタイのことをつぶやいた著名なミュージシャン、トナリヒロキが立っていた。五十歳近いそのミュージシャンが活躍していた90年代を加那たちはよく知らないが、Twitterで顔を見て、また動画でトナリ氏の以前の曲をカヴァーした時に動画でも見ていたので、メンバーは一目でそれがだれか分かった。

「トナリさん」

 藍が驚いたように両手を口に当てる。

「東京からお越しくださったんですか? すごーい」

 萌乃が、年長メンバーであるから普段はほとんど見せないはしゃいだ声を出した。

「今日のためにスケジュールを開けて今朝、飛行機でお見えになったんだ。しかもチケットも自腹で購入されてるんだよ。ありがとうございます」

 前田が言って、卑屈にトナリに頭を下げた。

 藍が周りのメンバーに目くばせをする。

「ちょっとちゃんと挨拶をしよう」

 藍が言うと、四人は狭い廊下にきつきつに横隊で並ぶ。

「ヒノキブタイです。本日はお越しいただきありがとうございます」

 藍がそこまで言うと、他の三人が続けて「ありがとうございます」と声を合わせて頭を下げた。

 トナリヒロキがライブハウスのオーナーを見て笑う。

「いいね。アイドルは礼儀正しくて気持ちいいね」

 藍が続ける。

「本日は90分ライブします。最後までよろしくお願いします」

 また他の三人も続く。

「よろしくお願いします」

「ヒロキは推しメンとか、この中にいるの?」

 ライブハウスのオーナーがトナリに訊いた。

「今日のライブで決めようかな」

 空を見ながらトナリが言う。まるでヒノキブタイのメンバーが目の前にいるのを、気づいていないような口ぶりだ。

「どうぞ、よろしくお願いします」

 前田がオーナーとトナリの間に入るように口をはさんだ。

 トナリがようやくヒノキブタイの四人に視線を向ける。

「あ、君たち、本番前なんだから楽屋で休んでいたら」

 藍が様子を窺うように前田を見た。前田が頷く。藍が口を開く。

「わかりました。失礼いたします」

 三人も「失礼いたします」と言って楽屋に戻った。

 開場を待つライブハウスの入口には、バーグたち、以前からのヒノキブタイのファンがお金を出しあって購入したフラワースタンドが四基立てられている。各メンバーのイメージカラーに近い花の色が集められた特注のスタンドで、ポップなバルーンで飾り付けてある。

「やっぱりこのくらいお金を出してよかってね」

 フラワースタンドは一基が二万円で全部で八万円。それをLINEグループを作っている6人のファンで割り勘した。

「これだと喜んでくれるよね」

 会場を待つファンは、ライブを見るのも楽しみだが、ライブ後にメンバーがこのフラワースタンドの前で写真を撮ってTwitterで上げてくれないだろうかなどと想像しながら、表情を緩めた。

 

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