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ブレイクスルー

 動画は週一回のペースで更新していた。

 五月の二週目に始めた動画配信。一週目が終わったときの閲覧数は300回ほどだった。関係者やメンバー自身も見ていることを考えると、実際見ているのは10人程度だろう。

「いいものを作ろう。きっとわかってもらえるから」

 前田はミーティングでメンバーにそう話し、スウェディッシュポップの知識と楽曲の紹介を続けた。

「他のアイドルさんがやってないことをやるの、楽しいからみんなも頑張ろうね」

 井上藍の目は輝いていた。

 90年代のスウェディッシュポップのサウンドも好みらしく、常に聴いているらしい。

 松岡加那は毎週毎週、動画のエンディングでメンバーで歌うスウェディッシュポップを覚えなければならないストレスでうんざりしていた。スウェディッシュポップの特徴の軽いホーンセクションの音をテレビCMなどで耳にするだけで気分が暗くなっていた。

 しかし、加那にはバーグがついていた。それ以外にも数人のまだ会ったことのないファンもできていた。ツイッターに彼らは毎日、リプをしてくれた。「おはよう」と書けば、「今日も一日がんばって!」とリプをくれる。Youtubeに「スウェディッシュポップのヒノキブタイ」が上がると、「今日もぼくの松岡加那さんはかわいいです!」などと加那を褒めるコメントを添えて、動画をツイッターで拡散してくれた。そんな彼らの反応がうれしくて、動画のためにスウェディッシュポップの楽曲や知識を覚えていた。

 アイドルライブからは締め出されていたが、彼らのツイッターの拡散などもあり、少しずつヒノキブタイのことが動画から知らされることがあると、ライブの引き合いも出てきていた。福岡の女性シンガーソングライターが集うライブイベントや、ロックバンドとのライブハウスでの共演などの引き合いがあった。

 しかし、前田はそのすべてを断っていた。

 アイドルとしての魅力だけでファンに見せるならばいまのレベルでもいいが、と前田は思う。アイドルファンというのは育成や成長などを見るのも楽しむ要素のひとつで、完成度がそこまで高くなくても目をつぶってもらえるからだ。

 しかし、アイドルではなく、シンガーとの共演となると、いまのレベルでは揚げ足を取られるだけだとレッスンに力を入れた。

 ミーティングでメンバーにもそのことを話した。

「わたしはライブをやりたいですけど、つまりそれはプロデューサーとして前田さんがわたしたちをまだ人前にお金をもらって出せるレベルじゃないと判断しているということなのですか?」

 メンバーの気持ちを代弁するように藍が言った。

 それを聞きながら加那は、ライブに出たいと思っていた。そしてバーグのことが頭に浮かんでいた。ステージで歌を聴かせるよりも、バーグやそれ以外のツイッターでリプをくれたり、フォローをしてくれた人に会いたかった。ファンの人に会って、ファンの人の人生に価値を与えたい。本気でそう思っていたが……。

「厳しい言い方をするなら、その藍さんの言うような、お金をもらうレベルじゃないと思っていると言われてもいいと思ってます」

 前田は藍の質問にそう答えた。

 とても「ファンに会いたいからライブに出たいです」と言えるような雰囲気ではなく、加那は気持ちを飲み込んだ。

「まずは前田さんを納得させられるようにがんばろう」

 藍が笑顔で言うと、山口茉優、石田萌乃もうなづき、加那も笑顔を見せた。

 メンバーに共通していたのは、ここでステージに立たないと、自分たちにはあとがないという決意だった。



「このスウェディッシュポップ系がひとつのブームメントになるかもしれないと本気でぼくは思っているんです」

 前田は庵主の「どうしてライブに出ないの?」という質問に真剣な顔で返した。

 ほんの一か月前にはアイドルライブから拒絶され、ライブができないからと始めた動画配信だったのに、どっぷりとのめりこんでいる。

 インターネットが検索すれば知識をすぐに答えを与えてくれるおかげで、前田やヒノキブタイのメンバーはスウェディッシュポップの知識はマニア並みにどっぷりつかっていた。その中で、前田はスウェディッシュポップの魅力も感じていた。

 それ以上に前田がうれしかったのはファンの反応だ。

 ヒノキブタイのファンたちは、メンバーがスウェディッシュポップを勉強していると知るや、もともと知っているのか、それともネットで調べつくしたのか、そのメンバーとの話題の共通点を持とうとYoutubeのコメント欄に、スウェディッシュポップの話題をコメントしてくれた。加那の熱心なファンであるバーグがまだ若いのに1992年に発売された「エッグストーンのマイ・トランペットこそ至高!」などとコメントしてくれるのを見ると、メンバーとファンが一緒に何かを作り上げているような興奮が胸を襲った。

「たしかにメンバーは多かれ少なかれ、ステージに出れないことに不満を抱いていると思います。でも、他のアイドルにはないスキルを磨くこと、これをやり続けてステージに上がることができたら、きっとわかってくれると思うんです」

「ステージに上がるために、スウェデッシュポップを勉強するって変じゃないかしら」

「アイドルとして他のアイドルとの差別化を図るために、何かの特徴を持たせることはありとぼくは思います。たとえば、釣りに詳しかったり、鉄道に詳しいアイドルなどいままででもいたんです。もちろんそういうアイドルを否定はしません。でもぼくは釣りや鉄道はステージに直結しない。それならば、歌を歌うというステージに直結する分野でアイドルが一つの音楽のマニアになってもいいとぼくは思ったし、そこで得た知識を込めてカバーする彼女たちの歌声は素晴らしいとぼくは信じています」

 たしかに動画の最後に演じられるヒノキブタイのスウェディッシュポップのカバーはなかなかのものだった。それは庵主も認めている。毎週のレッスンが効果的に活かされているのもよくわかった。

「素晴らしいからこそ、ステージで見たいと思っている人も多いと思うよ」

 庵主は言ったが、「いや、ライブでやったらまだまだお遊戯会ですよ」と首を振った。

 実際、Youtube動画の歌は一発録りではなく、発音が不明瞭だったり声が出ていない部分はあとで撮り直して編集していたのだった。



 梅雨入りした六月中旬、四本目の動画を上げた時だった。

 ツイッターで著名な渋谷系のミュージシャンがヒノキブタイの動画を見つけてをツイートした。

「佐賀に渋谷が現れた? 本気でスウェディッシュポップをやっているアイドルを発見!」

 その言葉とともに動画のURLも一緒にツイートされていた。

 前田はついにその日が来たと、ほくそ笑んだ。

 芸能のような相手に認められないと評価が得られないものは、評価を得るまでは時間がかかるものだ。

 俳優や芸人ではそのような時間を下積みというが、人気商売の人気が上がる曲線というのは、筋トレのように努力に比例して成長曲線が上がっていくのではなく、どんなに努力しても当分の間は成長曲線は全く上がらず、ある日、ブレイクスルーを迎えてからどーんと曲線が跳ね上がるものだ。

 そしてついにそのブレイクスルーポイントがやってきた。

 ミュージシャンがツイートした直後の一時間で、最新の動画の再生数は4000回を超えた。

 たった一時間で、それまでの一か月の再生数の二倍以上の数字になったのである。

 勢いはまったく止まらなかった。

 ツイッターのフォロワー数もヒノキブタイの公式、またメンバーのフォロワー数も千人単位で増えていた。

「井上藍ちゃん、かわいすぎる」

「金髪なのにクラウドベリージャム好きの山口茉優さん、魅力がひどい」

「自称音痴と大ウソを言う石田萌乃は本当に素敵」

「松岡加那ちゃんの歌声も顔も大好き」

 そんなメンバーのことをつぶやくツイートも、検索しても全部が確認できないほど増えていた。

 加那がそのことに気づいたのは、寝るときにツイートしたときだった。

 動画を配信したものの、また翌週には新しい歌を覚えなければならない。

 ミュージシャンがヒノブタの動画をツイートしたとき、加那はカーディガンズの「ライフ」の歌詞を必死に覚えていた。また、この曲のPVに出演している日本人アーティスト、カヒミ・カリィのことも調べていた。

 そして寝るときになって、昼間にとっておいた自撮りを添えて「明日もバイトなんだよね。みんなもがんばろうね」とツイートしたとき、その異変に気づいたのだ。

 ものの一分もしなうちにLikeが40件以上押され、通知には知らない名前のアイコンから「いいねされました」とバンバン通知が入ってきた。

「はじめまして。これから応援します」というようなリプライも続いた。

 混乱して公式のアカウントを開くと、ミュージシャンがヒノキブタイのことをツイートしていることに気づいた。

 いつものバーグの「おやすみ。じゃあ、また明日」というリプライに気づくのに30分以上かかるほどその勢いはすごかった。

 ヒノキブタイのグループラインを見ると「やばい、ヒノブタ、バズってる」と藍がはしゃいでいた。

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