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Providing the Atmosphere

 前田がたしかめるように四人を見た。

「みなさん、ヒノブタというチームを第一に考えてくれますか?」

「はい」

 メンバーが返事する。

 加那は四人の声がうまく重なったのを感じて、漠然とだけどこれがチームなんだと感じた。

「ぼくもチームの一員で、ヒノブタを盛り上げていくからよろしくお願いします。あとは具体的な話を。3月26日からのレッスンは、ダンスを一時間と歌を一時間で考えてます。ダンスがあるので服装は動きやすい格好で来てください。ジャージとかでいいかな。場所は決まったら連絡します。どちらにしろ佐賀駅の近くです」

「すみません、レッスンするスタジオの床はどんな感じかわかりますか?」

 藍が手を上げて訊く。

 前田が両手で手を合わせた。

「ごめん、まだ決まってないんだ。こんな床のほうがいいとかあるの?」

 藍が加那を見る。藍と加那はアイドルの経験者だ。

「加那さんはどう思う?」

「わたしはそこまでこだわりはないです」

 加那は特にそんなこと考えたことはなかった。SUN SUN SAMBAのレッスン場は木の床だったが、ライブの本番では屋外のコンクリートなんてことも普通にあったので、気にしたことがなかった。

 藍が「弘法、筆を選ばず」なのねと笑って続ける。

「できれば、コンクリートじゃないほうがわたしは好きです。理想はリノリウムかフローリングですね」

「なるほど。参考にします」

「まだ決まってないならば、レッスンの時のシューズは普通のスニーカーが無難ですよね」

 藍がそう言ったとき、前田がうれしそうに笑った。

「そうだ、靴の話をしてなかった。レッスンの時の靴はもちろん上履きになるけど、普通のスニーカーでいいと思います。藍さんはどんなのを使ってるの?」

「わたしは普通のニューバランスのスニーカーです」

「加那さんは?」

 続けて前田が加那に話を振る。

 そこで加那は前田が、うれしそうに笑った意味がわかった。

 レッスンのときに上靴を履く、そしてそれがどんな靴なのか、加那はあえて言われなくてもわかっていた。だけど元チアリーダーの茉優や元劇団員の萌乃にわかるかと言えば、わからないだろう。わからなければ聞けばいいじゃないかという人もいるけど、わからないことすらわからないこともある。そこで、あえてわからない人もいるんじゃないかと想定して、前田に靴の話を藍は振っていたのだ。だから前田は笑った。すごいなと加那は思った。

「わたしは、高校の体育館シューズでした。一応スニーカーです」

 加那が言うと前田が笑う。

「ダンス用のスニーカーでもいいですか?」

 茉優が言った。

「改めて買うんじゃなくて、持っているのでいいよ」

 前田が言った。藍が訊く。

「ダンス用って、靴底が前と後ろに分かれてるやつですか?」

「ええ。それが普通と思ってましたから」

 茉優はそう言うと茶髪をかきあげた。

「まあ、アイドルですし、まず基礎からやるので、本格的なシューズでももちろんいいですけど、そうじゃなくてもいいです。初日なんで本当にいちからダンスをやりたいと思ってますから、そんなに気負わないで来てください。でも上履きはお願いします」

「上履きって言いかたが、校長先生みたいですよ」

 藍が前田に言って笑う。前田が「これでも平成生まれです」と言って笑いながら、カバンからCDを取り出す。

「次に歌のレッスンですが、これはぼくの考えなんですが、その前にいまのアイドルの音楽のトレンドってなんだと思います?」

 藍が加那の顔を見る。

「アイドルって言ってもAKB48とベビーメタルでは全然違うし、グループごとに違うんじゃないですか」

 前田はうなずく。

「もちろんそう。じゃあ、ヒノブタはどんな音楽をやるかとぼくは考えました。それでいまの全面的にジャンルが固定しているグループは別にして、それ以外にやってるアイドルってどういう音楽をやってるのかなと研究したんです。そうすると、ここ数年のトレンドはロックであり、その派生でさっき藍さんが言ってたベビメタがやってるヘヴィメタルやパンクなんかがトレンドの気がしたんです」

「BISHさんはパンクって言ってますね」

 藍が言った。

「そうそう。まあ、あそこまでメジャーなのではなくてもね。ロック系の音ってのがすごく好まれている気がします。それで、邦楽の場合、ロックのあとには必ずポップスがブームになるんですよ。日本に初めてロックがやってきた1960年代のエレキブーム、みんなだけでなくぼくも生まれていない時代なんだけど、そのブームが終わった後には、たぶんみんなも知っている、知らなければお母さんに聞いてほしいけど、ユーミンや山下達郎、大貫妙子などのポップな曲がニューミュージックと言われて人気になっているんだよ。ぼくが生まれた頃の1990年代初期もバンドブームって言ってロックがブームになっていたけど、そのあとにフリッパーズギターやピチカートファイヴなどのポップスのブームが来てるのよ。 そこで、ぼくはヒノブタはポップスをやりたいと思ってます」

「ポップス? どんな音楽なんですか」

 藍が首を傾げる。加那もピンと来ていなかった。

「えっとね」と言いながら前田がデンモクでカーディガンズの「カーニバル」をリクエストする。

「洋楽なんですね」

 画面に現れた作詞作曲者が英語なのを見て藍が言った。

 前田がカラオケ機のボリュームを少しだけ大きくした。静かに「カーニバル」のイントロが流れる。

「そうだ、それも言っておかなきゃいけなかったね。この中でピアノを習ったことある人います?」

 茉優と藍が手を上げた。

「子供の頃?」と前田が訊くと「はい」と答える。

「ハノンやバイエルはやった?」

「ハノン、めっちゃきらいでした」

 茉優が笑う。

「ブルクミュラーとかもやったかもしれないし、他にもピアノを習うと、クラシックを練習するよね。基礎として。だったら、ポップスをやるならば、それの基礎的なものを知ってたほうが絶対いいと思わない?」

 四人は顔を見合わせる。カラオケボックスの中ではカーディガンズのカラオケが流れている。

「少なくともぼくは人前で歌を唄ってお金を取るならば、ある程度勉強しておいたほうがいいと思うんだ。もちろん、よく聴く曲や好きな曲もあるでしょ。でも、自分たちがこういう曲を歌うと決めたら、そのルーツから始めたほうがいいよね。こういう音楽を歌うと決めたら、そのジャンルについては、ミュージシャンほどまでいかなくても、少なくともお金を払って聴きに来てくれる人よりは詳しくないと、ぼくは失礼だと思います」

 メンバーの四人は黙って頷いていた。

「そこで今回はまず、みんなにクラウドベリージャムの二枚目のアルバム『雰囲気づくり』を聴いてもらいたいと思ってます。知ってる人います?」

 四人とも黙って前田が持っているオレンジ色の「雰囲気づくり」のジャケットを凝視している。前田が笑う。

「知ってるわけないよね。ぼくが生まれた頃のアルバムだもん。このアルバムを一回は聴いてほしいのと、このアルバムの一曲目『クリシェ』という曲をいちばん最初の歌の課題曲にしたいと思ってます」

「どんな曲ですか?」と藍が訊くと、前田は「それがカラオケに入っていないんだよ」と苦笑した。

 加那がSUN SUN SAMBAのオーディションで歌ったのはAKB48の「ハート型ウイルス」だった。

 なんとなくアイドルだから、アイドルの曲を聴かなきゃという意識はあった。

 でも、ピアノを練習する人がクラシックを聴くように、昔の、しかも洋楽を聴いてほしいと言われるなんて思わなかった。

「たぶん、すごく難しいと思います。スウェーデン人だし、英語だし。でもね、これがメンバー全員が歌えるアイドルってたぶんいまのところないから、これが歌えるだけでも他のグループより一歩先に行けると自信が持てると思うよ」

 加那は不安そうにオレンジの「雰囲気づくり」のジャケットを見つめた。

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