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協調

 カラオケのモニターには、ヒット曲のPVが流れている。音量は絞っているので音は聞こえない。

 カラオケボックスにいるのだが、歌を唄うような様子はなく、前田は進行する。

「じゃあ、一通り自己紹介が終わったところで、話を始めようかね。グループ名はLINEグループに書いた、カタカナでヒノキブタイにしようと思ってます。文字で書くとブタってところが目に付くかもしれませんが、それはそれでいいかなと。略称はヒノブタとファンの人に呼んでいただけたら面白いかなあと思ってます」

「ブタなんですね」と山口茉優が笑った。

「やっぱりだめ? 他の名前でもいいよ。いまだったら替えられるから。発表しちゃったらもう替えられないんで」

 メンバーが顔を見合わせる。

「公式ロゴとかキャラクターを作る予定はあるんですか?」

 井上藍が手を挙げて言った。

「売れたら作れるかもね」

「じゃあ、わたし、ヒノブタでいいと思います。それで売れてキャラクターを作るなら、ブタのかわいいキャラクターを作ってほしいです」

「それいいですね」と茉優が同調する。

「他の二人もいいかな?」と前田が加那と萌乃を見たので、ふたりとも「はい」と返事をした。

「じゃあ、ヒノキブタイで決定です。拍手」

 全員で拍手をする。ノートにカタカナで「ヒノキブタイ」と書く。

「活動としては、まずレッスンを週三回で考えています。候補としては月・水・金かな。それでデビューをしてからは、土日はイベントになると思うけど、当面は日曜日はオフで土曜日は今日みたいなミーティングをしたいと思ってます。みんな大丈夫?」

 加那は月・水・金ならSUN SUN SAMBAと同じだなと思った。アルバイトを変えていないので問題ない。

「何時ぐらいからを考えられてますか?」

 藍が訊く。

「何時だったら来れる?」

「わたしは五時まで仕事してるので、七時ぐらいからのほうが助かります」

 藍が言った。

「わたしも七時ぐらいがいいです」

 石田萌乃も言う。

「山口さんも松岡さんもそれでいいかな?」

「はい」と茉優が返事したのに合わせて、加那も返事した。

「よし、じゃあそれでいきましょう。本当なら明日も土曜日だからミーティングなんだけど、今週は今日にミーティングをして終わりで、次は3月26日の19時からレッスンということでいいかな? 場所はあとで連絡します」

「はい」

 携帯のカレンダーにレッスンと入力する。久しぶりにこの言葉を入力するなと思った。

「それじゃあ、一回目のミーティングをしよう。ヒノブタは毎週一時間ぐらいみんなでミーティングをしたいと思ってます。どうしてかわかる?」

 前田に言われて四人は顔を合わせた。

「井上さんは前のグループにいたとき、ミーティングをやってた?」

「新曲やイベント前はやってましたね」

 加那はSUN SUN SAMBAのミーティングはどんな感じだったろうかと考える。普段は、レッスンをやって、レッスンの最後に園田が用件を伝達する形が多かった。山名がえんえんとダメ出しをしたこともあったなあと思うが、その時間は時間が早く過ぎることばかりを考えていて、なにも身についてないなと思った。

「どんな内容の話をしてた?」

「ステージの反省点や気を付けてほしいことを言ってました」

「結構具体的な話をしてたんだね。松岡さんはどうでした?」

「レッスンをやって、終わったときにプロデューサーが用件を伝えたり、ダンスの先生が気づいたことを言うような感じでした」

 一番話が長かったのは山名和彦だったが、加那はあえてその名前は言わなかった。

「松岡さんのところも具体的なんだね。みんなでグループをこうしたいというような話し合いとかはなかったですか?」

 加那と藍が顔を見合わせる。藍が口を開いた。

「集客がほしいときにツイッターでどう攻めようとかぐらいですかね。東京だと平日でもライブがあったんで、具体的な話が多かったです」

 前田は加那の顔を見た。加那が口を開く。

「わたしが前にいたところは、マリンメッセ福岡でライブをするという話はありました」

「それについて毎週話し合いとかは?」

「してなかったですね」

「もちろん、限られた時間なんだから、話し合いをやるよりもレッスンのほうがすぐに効果が出るだろうし、具体的なことに時間を割くというのもありな考えとは思います。でも、ぼくは、ヒノキブタイはそういうグループにしたくないんです。レッスンだけでなく、いつもみんなでミーティングしてもっとみんなのコミュニケーションを深くするグループにしたいと思ってます。たしかに一時間も話し合いをするならば、そのぶんレッスンをしたほうが時間を有効に使えると思う人もいるかもしれません。でも、いまここでみなさんの顔を見ても、ぼくはやっぱりどんどんみんなで話をする時間を作らないといけないなと感じました。みんなが同じことを考えてこそ、いいものを作れると思うんです。いいですか? それで?」

「はい」と藍と加那が返事をすると、続いて茉優と萌乃も返事した。

 アイドルとは大人が決めたことを演じるものだ。運営の考えに反論はしないものだ。

「ありがとう。それでは早速始めさせてもらいたいですけど、今日はひとつの話をしたいと思ってます。ぼくが今日、みなさんの顔を見て感じたのは一日も早くこのグループのチームワークを高めたいと思いました。そのためにはみなさんには考えを改めてほしいことがひとつあります。一言で言うと同じグループですから、みなさん同士で戦わないでください」

 加那はどきっとして眉をひくつかせた。茉優も顔を伏せている。

「たとえば、これから四人でヒノブタとしてデビューした後、あなたたち四人の人気は必ず横一列ではないかもしれません。今後、ツイッターを始めてもらいますが、そのときのフォロワー数でも差が出ることもあると思うし、物販交流会の列で差が出ることもあるでしょう。その人気の差はみなさんにもすごくわかりやすい形で目に見えると思います」

 加那は三人の顔を見て、自分が一番人気が出ない可能性があるなと思う。そうなったら、つらいかもと不安になった。

 真剣な顔をしている茉優と目があった。ひとりだけ茶髪だからということで、茉優も不安になっているのかなと思う。最年長の藍も同じことを考えているようで、きょろきょろメンバーの顔を見ていた。

「でも初めに言っておきますが、ぼくはその人気の差は全く意味がないものと思います。たとえば、ヒノキブタイのファンが100人になったとしましょう。個人的にリサーチすると、そのとき一番人気になった人のツイッターのフォロワー数は100人で、たぶん一番人気が出なかった人のフォロワー数は20人ぐらいの差になると思います。それでたとえば人気がある人がもっと差を広げようと自分のフォロワーを120人にしたり、また人気のない人が差を縮めようとがんばってフォロワーが40人になってもぼくはうれしくないです。それよりもヒノキブタイ全体のファンの数が増えれば、たとえばファンが1000人になれば、一番人気のある人は1000人のフォロワー、そうなると人気の出ない人でも500人はフォロワーがつくと思います。ぼくはそうやってグループ全体の人気を伸ばすことが大事だと思います、そこに力を注いでくれる人を評価したいと思ってます。なにか意見がありますか?」

 藍が手を上げる。

「前田さんは個人の人気の差は評価しないと言われましたが、歌の割り振りとか立ち位置で差は出ると思うのですが、そこはどうやって評価されるんですか?」

 前田は目を輝かせた。

「歌割は均等にしたいと思っています。だから四人なんです。二人組のアイドルは、井上さんの言われる歌割など不公平感がないですよね。二人均等に交替して歌っている。ぼくはヒノブタもそういうグループにしたいと思ってます。ただ、リーダーはいたほうがいいみたいなので、それは何度かレッスンをした後に投票で決めようと思ってます。いかがですか?」

 運営に推されたり、干されたりすることはないのかと加那は思った。

 SUN SUN SAMBAの頃はたしかに、他のメンバーより目立とうと思ってたなと思う。他のメンバーに負けたくないという気持ちが、頑張るモチベーションになってた。その気持ちを捨てられるだろうかと加那は考えた。

「四人でヒノブタなんだから、そこでひとつになって戦ってください。常にチームのために、つまりヒノブタのためになにができるか考えてほしいです」

 加那はノートに「チームのためになにができるか」「ヒノブタのためになにができるか」と書いて頷いた。他のメンバーを見渡しても頷いている。

 そして、さっきまで、他のメンバーより人気が出なかったらどうしようと悩んでいた自分が恥ずかしくなった。

 チームのため、つまり前田さんも含めてここにいるみんなのためになにができるか、それを優先しようと心に誓った。

 他のメンバーにも前田の言葉は届いているようだ。

 カラオケのモニターには、海外のサッカー選手が映っていた。ひとりの選手がゴールを決めたら他の選手はもちろん、控え選手もベンチから飛び出してそのゴールを喜んでいる。


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