元文官さんの騎士団長が来る
「ライオス。たまにはみんなと訓練したらどうだ。」
「僕はいいよ。これ以上強くなっちゃったら戦いを楽しめなくなるじゃないか。」
僕は寝ぼけ眼を擦るとクルトは小さな溜息を吐き。「そうだな.......」と呟いた。
クルトの気持ちは分かる。まだ国に正式な隊長として認められていないが実質この部隊の指揮をしているのは僕だ。そんな僕が訓練に参加しないと他の隊員に示しがつかないと言いたいのだろう。
別に訓練が嫌いってわけじゃない。剣は振っているだけで楽しいし、模擬戦とはいえ人と戦うのは心踊る。
強くなる楽しさとでも言えば良いのだろうか。不思議な高揚感が僕の心を満たし、勝利が僕を優越感に浸らせた。
しかし、ある事に気づく。強くなればなるほど、勝利すればするほど虚しい気持ちになっていくんだ。
確かに今まで通り訓練や模擬戦はしていた。しかし、少し訓練の難易度を上げるだけでみんな根を上げ、模擬戦ではウォーミングアップ程度の打ち合いで勝ててしまう。
いつしか僕の中で訓練は虚しいもの。模擬戦はつまらないものへと変化していた。
だから僕は訓練に参加しない。これ以上強くならないために、これ以上戦いに絶望しないために。
そんな僕の気持ちが分かってくれているのだろうクルトはそれ以上なにも言わず僕を起こした用件を伝えた。
「そういえば明日、また新しい隊長がこの部隊に派遣されてくるらしいのだがどうするつもりだ?」
クルトの言葉を聞き、僕は五番隊全員を集めた。
うん。みんな何で呼ばれたのか理解しているみたいだね。多分僕が寝ている間にクルトが伝えておいてくれたんだろう。
流石僕の幼なじみ。剣しか取り柄のない僕と違っていろんな事を器用にこなしてくれる。
僕は一通りみんなの顔を見渡した後、ふとした疑問をクルトに投げかけた。
「あれ?ラースは?」
「.........あいつは今日もきていない。」
ラースの話を出した途端不機嫌になるクルト。相変わらず仲が悪いみたいだ。
「いないなら仕方ないか。それで、次の隊長をどうするかについてみんなの意見を聞きたいんだけど。」
「いつも通りでいいんじゃないの?」
「それがこの部隊のルールですからね。」
僕の言葉にミラとクルトが意見を出す。一応の確認みたいなものだし方針はすぐに決まった。
「じゃあいつも通り。強きに従い弱きは追い出す!」
これがこの部隊のルール。弱肉強食、実に分かりやすいシンプルな決まり事だ。
「楽しみだなぁ。あ、でも前の隊長みたいな弱い奴だったら今度は殺しちゃうかも。」
「前みたいなのだったら私達の洗礼でお陀仏よ。ま、温室育ちの貴族様が私達に勝てるとは思えないけどね。」
「ミラさんの言う通りだ!お貴族様なんて本当の戦いを知らないお坊ちゃんばっかりだしな!」
「ライオスさん!期待しないほうが良いんじゃないですか。」
確かにみんなの言う通り期待しない方がいいかもしれない。今まで就任した腕に覚えのある自称隊長は数十人といたが、この部隊の新人にすら勝てない実力の者が殆どなのだから。
「まぁ僕達の部隊が強すぎるんだけどね。」
少数精鋭であり全員が元冒険者ランクA以上で構成されているこの部隊。僕すら完璧に纏められていないこの集団を統率できる人間が果たしてこの国にいるのだろうか?
もしいたら そう思うと血が沸き立つ。きっと凄く楽しい戦いが出来るんだろうなぁ。
「じゃあ今日は解散にしようか。各自、訓練を怠らないようにね。」
「「「「「おう!」」」」」
みんなの元気な返事に頷き、僕はクルトと一緒に出口に向かう。みんなは期待するなと言うけれど期待するのは自由だよね。
「あぁ.......明日が早く来ないかなぁ。」
星が輝く晴れた夜。僕の呟きは夜の闇に吸い込まれるように誰にも聞かれることなく消えていった。
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「訂正しろラース。そうすれば腕の一本で勘弁してやる。」
「面白ぇ!お前の泣きっ面で雑魚貴族を出迎えてやろうぜ!」
二人は会ったらすぐこれだ。本当に仲が悪い。
クルトの魔法の弾幕をラースが巨大な大剣を縦にして防ぐ。このままやっていればいつも通りクルトが勝つだろうけど......
ちらりと僕は扉を見た。クルトは気づいているようだけどラースは頭に血が昇っていて気づいていないらしい。他のみんなも扉の向こうから漂う威圧感が気になるのかチラチラと扉を見ている。
いつもなら喧嘩は放っておくんだけど.....今日はそうもいかないよね。
「ミラ。ラースをお願い。」
「しょうがないわね。」
ハァと溜息を吐いたミラがライフル型の魔法銃を取り出したのを確認して僕は身体強化の魔法を自分に施す。
そして僕は魔法によって高めた身体能力でクルトの目の前に移動した。クルトには僕が突然目の前に現れたように見えたのだろう。驚いたような顔を見せたその一瞬、僕は魔力障壁の薄い腹部に渾身の一撃叩き込んだ。
でも流石はクルトだ。僕の攻撃に合わせて後ろへ飛び、衝撃を逃しただけでなく、腹部の魔力障壁を瞬時に高める事でノーダメージに近い状態で僕の攻撃を防ぎきった。
クルトが僕の攻撃を受けたのと同時にミラは引き金を引く。するとミラの長銃から小さな弾丸が射出され、ラースの目の前で弾けた。
「サイクロンバレット。」
ミラの言葉をキーに弾丸が高密度な竜巻に変化する。ラースは防御する術もなく、回転しながら壁に叩きつけられた。
壁に減り込むラースとクルト。一見同じに見えるがノーガードであれを受けたラースのダメージの方が明らかに大きいだろう。まぁラースはタフだから直ぐに復活するだろうけどね。
もうもうと立ち込める砂埃の中。一人の男が姿を現わす。壁という見えない物体に阻まれての突然の攻撃。それを無傷でしのぎ切ったところを見るに相当な実力者なのだろう。
二メートルを超える巨躯に視線だけで人を射殺せそうな鋭い眼光。醸し出される雰囲気はこの世のすべてを支配する魔王といっても過言ではない。
今直ぐに闘いたい!僕は昂ぶる気持ちを必死に抑えこんだ。
「君が隊長かい?」
「あぁ。吾輩がこの部隊を預かる予定のレジェス・ストロングだ。」
「成程。あのストロング家の。」
それなら納得だ。武家の名家として有名なストロング家なら今までの奴らと違っても不思議ではない。
これは期待が出来そうだ。僕は今にも飛びかかりそうな闘争心を抑えるため、指をポキポキと鳴らしながら立ち上がった。
「よろしく隊長殿。僕はライオス。ここの人間は腕っ節だけが取り柄の平民だから家名はないんだ。」
「そうか。短い付き合いになると思うがよろしくたのむ。」
そう言って手を差し出すこの人に僕は驚く。今までの貴族達は平民と知っただけで侮蔑の視線を送り、見下したような態度に変わっていたからだ。
まぁそんな奴らは数分後にはボコボコになって隊長を辞退するんだけどね。
でもここで握手に応じてはいけない。ここで握手に応じてしまったらこの人を隊長と認めた事になる。戦う前から認めるだなんて僕の矜持が許さなかった。
だから僕は敢えて挑発的な口調で接した。
「ごめんね隊長殿。僕は対等と認めた相手としか握手しないんだ。」
「........そうか。」
言葉少なく呟いたこの人に僕は内心舌打ちをする。ここで激昂して戦いに発展すれば楽だったのに。
「本当にごめんね。まぁ隊長殿が僕に認めさせたら握手に応じてあげるから頑張ってよ」
全く悪びれていない口調でそう言ったが動じない。
「しかしガッカリだなぁ。初めて見たときは強そうな人だと思っていたのにこんな腑抜けなんて。しっかりしてよ隊長殿!」
「あぁ。努力する」
ここまで言われても目立った変化は無い。それどころか努力するときた。
あらん限りの挑発を並べても軽く受け流される。なかなか手ごわいな。
今日は戦えないかな?と少し落胆したがここで思いがけない助っ人が現れた。
「おいおい!ストロング家も落ちたもんだなぁ!平民にここまで言われて何も言い返さないなんてよ!」
ラースである。隊の中でもそこそこ強い部類に入るこいつは態度がデカく、僕に従おうとしない者の一人だ。正直あまり好きでは無いが今は賞賛のことばと共に肩を叩いてやりたい。
「情けねえ隊長だな!よし!そんな隊長に俺が稽古をつけてやるよ!」
そう言ったラースは近くの隊員から訓練用の木剣を奪うように引っ手繰ると切っ先を隊長さんに向けた。
少々強引だがこれでこの人も戦わざるを得ないだろう。僕は期待に胸を膨らませ、観戦の姿勢に入る。
さて、お手並み拝見と行こうか。僕は2人の手合わせをもっと近くで見ようと一歩踏み出した瞬間、冷たく低い。まるで大気を震わせるような声が耳に響いた。
「動くな。」
ペンと紙を取り出したその人はラースを睨み付けた。それだけでこの部屋の温度が下がったような感覚に陥り、今までに感じたことの無い重圧が僕の身体にのしかかる。
「攻撃してみろ。お前の首が飛ぶぞ。」
ペンを片手にそんな事を口にする男。普通なら何を馬鹿なと笑い飛ばされるだろう。だがこの人なら出来るかもしれない。いや、ラース程度の相手なら問題なくあのペンは首を刈り取る凶器へと変貌を遂げる筈だ。
部屋を満たすプレッシャーに他の隊員達が口を噤む。そんな隊員達を見た男はフッと威圧を消し去り、長い息を吐いた。
プレッシャーから解放された事により新人隊員は糸の切れた人形のようにその場にへたり込み、他の隊員たちも緊張に口を噤む。幹部と呼ぶべき隊員も只々目の前の男と僕を見比べるだけだ。
僕はふいに自分の額を手で拭った。服は汗でネットリと湿り、拭った手は多分に水分を含んでいる。
この僕が恐れている?
ふと頭に浮かんだ疑問を必死に打ち消す。
そんな訳は無い!僕はこの部隊で一番の強者だ!
「.......へぇ。いいもの持ってるね。」
精一杯の皮肉を込めて言い放つが男はただニヤリと笑う。
その笑いが僕を見透かしているようで癪に触り、僕は精一杯の殺気を込めて目の前の男を睨みつけた。
下級の魔物なら卒倒するほどの殺意の本流、通常の人間なら僕の殺気に晒されるストレスで気絶していただろう。
しかし男は表情一つ変えない。
それどころかまるでその程度かと言いたげな嘲笑を見せると「今日は解散だ」と告げ、部屋から出ようとした。
このままで終わってたまるか!
僕は視界に入った木剣を乱暴にあの男に投げつけた。
証明してやる!僕があの男より強者だという事を!
「貴方に決闘を申し込む。勿論逃げたりしないよね。」
僕の言葉に男は少し驚いた顔を見せたが直ぐに木剣を手にとり構える。
威風堂々。見たことのない構えだが、一目その構えを見た瞬間、その言葉が脳裏によぎった。
一見隙だらけのように見えるのだがどう攻め込んでいいのか分からない。そんな矛盾を体現した構えに僕は思慮を深める。
高く飛んで打ち付けるか?いや、それでは致命的な隙が出来てしまう。
ではフェイントを織り交ぜ仕留めるか?だが、あの鋭い眼を誤魔化せるとは思えない。
ならば得意のスピードで渾身の突きをお見舞いするか?だめだ、そんな単調な攻撃であの構えを崩せるほど甘くはないだろう。
何十、何百という方法を模索し、自分が打ち込むシーンを脳内でシュミレートし、そして悟る。
........僕ごとき(...)では勝てない。
剣を覚えたての頃は自分より格上の相手はゴロゴロいた。しかしどんな相手でも勝つ想像はしっかりと持ていた。
百回やってー回しか勝てないのならその一回を戦いのたびに出せば良い。僕はその百分の一の確率をシュミレートの中で模索し、勝利へと繋げてきたのだ。
何千分の一回。いや、何万分の一回でも勝てると感じていたなら自分は迷いなく突進していただろう。しかしこの男を見る度に思う。
万に一回すら僕の勝ちは無い。と。
不意打ちでも、闇討ちでも、毒殺でも、真剣勝負だけでなく、どんな卑怯な手も手段に組み込んでも、僕がこの男を倒すビジョンが全く見えないのだ。
荒くなる呼吸と動悸に同様しつつ、己の剣を見る。小刻みに震えるその剣先は僕の恐怖を視覚的情報で警告しているようにも見えた。
「この男から逃げろ!」と叫ぶ本能を「隊員たちの前で無様な姿をさらせない」と言う理性によって食い止める。
しかしもう限界だ。まるで僕の全てを見透かすような鋭い眼光と殺気。その闘気にあてられて次第に抜けてゆく戦意に目を瞑った時、カランと小気味良い音が僕の耳に届いた。
「参った。俺の負けだ。」
その言葉に周囲はシンと静まり返る。男はそんな周囲を気にも止めていない風貌で颯爽とこの場を後にした。
その人の行動に言葉を失う僕にまずはクルトが、そして他の隊員達も駆け寄ってくる。部屋は台風が過ぎ去った後のような穏やかさを伴っていた。
「大丈夫かライオス。」
心配そうなクルトの言葉に僕はコクリと頷く。
情けない。強い相手と戦いたいと言っておいてこの有様だ。いや、もし剣を交えられたとしても僕とあの人の力量差では戦いにすらならなかっただろう。
「よ、良かったじゃない!あの人も参ったって言ってたしライオスの勝ちよ!」
ミラの言葉を素直に受け止める者はいない。みんな分かっているのだ。あの人がわざと負けた事を。
おそらくあの人は僕に情けをかけたのだ。この部隊は僕の力で体をなしていた。その僕が降参という形で負けを認めてしまえば部隊に僕の居場所がなくなるのは明白だ。
あの人が隊長を成す今、僕なんて必要ないかもしれない。でもあの人は自身のプライドに傷をつけてまで僕を必要としてくれたのだ。
「はっ!あのライオスも弱くなったもんだな!」
「去勢を張るとはみっともないぞ。お前のシャツ、汗でグシャグシャじゃないか。」
「ち、ちげぇよ!この部屋が暑すぎるんだ!」
ラースの慌てぶりに思わず笑ってしまう。そんな僕につられて他の隊員達にも笑顔を浮かべた。
「しかしあんな化け物がこの国に居たなんてな。それでライオス。これからはどうするんだ?」
クルトの質問に僕は笑みを浮かべ、応える。
「そんなの決まっているでしょ。この隊のルールは弱肉強食。強者が僕達を従え、弱者は強者に従う。」
僕は剣を杖に立ち上がり、こう宣言した。
「我が第五騎士団はレジェス・ストロングを隊長と定め、隊長の命令を遵守する!」
「「「「「おう!」」」」」
各々が武器を掲げて応える。
それを見て僕も武器を掲げた。
この日、僕は生まれて初めて大敗を知った。しかし僕の心は妙に穏やかで、それでいて高揚感に包まれていた。
「嬉しそうだなライオス。」
クルトの言葉に僕は深くうなずく。そう、僕は嬉しいのだ。
あの人の領域は果てしなく遠い。しかし求める強さが遠ければ遠いほど、あの頃の、強くなる楽しさが蘇ってくるような気がした。
「クルト。今日は最高に楽しい日だよ。なんせ探し求めていた以上の強さを持った人が僕の隊長をしてくれることになったんだ」
クルクルとステップを踏み、そう告げるといつも仏頂面のクルトが珍しく笑った。
「なにさ」
「いや、ライオスのそんな顔、久しぶりに見たと思ってな。」
「そう?毎日たくさん笑っていると思うけど.....」
「そういうことじゃないんだ。」
そう言いながらクルトは頬をポリポリ掻いた。そんなクルトの顔を覗き込み、僕は今まで拒絶してきたあることをお願いした。
「クルト、明日から訓練に付き合ってよ。」
今まで断ってきたことだけに少し照れくさかったがちゃんと伝わったようだ。僕のお願いにクルトは少し驚いた顔をしたが「あぁ、勿論だ」と快諾してくれた。
僕は天に手を掲げ、グッと握りしめる。
待っていてください、レジェス隊長。あなたのいる高みまで必ず参ります。
僕はそう心に誓い、一歩踏み出した。