※申し訳ない;;こちらは修正する予定です;;
うそだろう?
どうして、君の背中を僕は見ているんだ?
君が笑顔を向けて、これから先の未来を手を取り合って進んで行くのは、僕のはずなのに。君の愛しい旦那様になるのは、僕のはずなのに。
だめだ。だめだよ。戻っておいで。
「あの男を捕まえろ!クリスティーナには危害を加えるな!」
僕の声に彼女は振り返った。
「誰が、貴方のところになんて行くものですか!」
「クリスティーナ?」
「このまま、貴方の―――」
「え?」
「貴方なんかの妻になるなんて、絶対にいやよ!」
彼女の拒絶に護衛が動きを止めた。そして、思わず僕を振りかえる。どうするのかと、問うように。彼女の両親も兄も、彼女の行動に驚愕していた。だけど、彼女を止めないのだから、僕の味方ではないのだろう。
彼女の一番仲のよかった女性は、涙を流して喜んでいた。
数人の友人と狩りに出かけた。そこで、魔物に襲われて、運よく奴と二人になったんだ。奴は言ったよ。
「殿下、逃げて下さい!」
数が多かったから、僕に応援を呼んで来て欲しいと。確かに、奴の腕ならば、お荷物の僕がいないほうが楽だろう。
「分かった!これ、渡しておくよ!回復薬も入っているはずだから!すぐ、戻ってくるから!」
魔物を呼ぶ液体を混ぜた回復薬も一緒に入った袋を奴に渡した。そして、逃げた。夢中で走っていると、他の友人や護衛が僕を見つけてくれた。
「あいつをたすけ・・・。」
僕はそこで気絶した。逃げる途中で戦った魔物にやられたように。
病室のベッドで気づいた時に、奴を見つけられなかったという報告を聞いた。振るえて俯く僕を皆が慰めてくれたけど、僕は嬉しくて震えていただけなんだけどね。
死体が見つかって、もし袋が見つかっても、僕も「誰か」が用意した物を持っていただけだから。僕が狙われていたと皆は思うだろう。
奴が死んだと伝えた時の彼女は、とてもとてもつらそうだった。弱って弱って、でも、僕の手を取ってはくれなかった。
「あいつに君のことを頼まれたから。」
「ありがとうございます。」
普通ならここで、いい雰囲気になるんじゃないのか?弱ってる女性は、側にいる異性に甘えたくなると聞いたのに。
しかたなく、周りから徐々に彼女を囲い込んだ。彼女の家族に金を使い、彼女の友達に心配なんだと呟き、彼女は結婚適齢期を過ぎて、周りに幸せになりなよと進められてから、僕の手を取った。
それでも、彼女は余所余所しい。奴に甘えていた時のような表情も、可愛い仕草もしない。あの羨ましかった雰囲気を作らない。
いつも申し訳なさそうな顔で、僕の相手をする。そうじゃない。そうじゃないんだ。
でも、もうすぐ僕らは結婚する。そしたら―――
*◆*◇*◆*
彼が死んだと聞かされた。
信じられない。信じたくない。
でも、彼の親友だという男が、煩いぐらいに言ってくる。ほっておいてほしいのに。そっとしておいてほしいのに。
彼のことを信じて、このまま待っていたいのに。両親の後を継いだ兄の手伝いをしながら、ずっと。
「あいつに君のことを頼まれたから。」
「ありがとうございます。」
親友の婚約者を見る目じゃないと思う。
親友のサリアには、そっと相談してみた。最初はびっくりしていたけど、『親友という男』を観察して、なんとも言えない表情をしてた。
「あの人、貴女の家族にも、みんなにも、色々と手を回しているよ。私の所にも来たよ・・・。」
優しい彼女は、とてもとても困ったように、眉を下げて教えてくれた。
「こんなこと思いたくないけど、私が狙いなのかな。」
「・・・そう、だろうね。」
「本当に彼は魔物にやられたのかな・・・。」
「クリス・・・。」
悪いことばかり考えてしまう。それに『親友という男』はどんどん周りに好かれていく。私を心配する振りをして。
とうとう、『親友という男』は私の家族に身分を明かした。王位継承権は遠いけれど、王の側室の息子だと。
自分を守って死んでしまった親友の代わりに、彼女を幸せにしたいと。守りたいと。
―――私の中では、『親友という男』から『胡散臭い王子』に変わっただけだったけど。
両親は私の幸せを願って、彼の妻になることを薦めてくる。
サリア以外の友人も、彼を気に入って、良い人だと薦めてくる。
―――彼を殺したかも知れない男なのに!
あの王子が、彼の友人達のようだったら、こんな不安にはならなかった。でも、私はあの王子が怖い。恐ろしいと感じてしまう。
だって、あの王子がよくいう台詞。みんなは気にしないけど、私はとても気になる。
―――あいつに君を頼むと言われたから。
王子は、彼の為に、仲間を連れて戻る予定だったんだよね?
いつ彼に頼まれたの?魔物に襲われた時?でも、そんなに酷い襲撃だったのなら、王子が無傷なのはおかしいよね。
何度かその時の状況を聞いてみたけど「必死だったから・・・。」「気絶してて・・・。」そんな発言ばっかり。
ねぇ、肝心の彼と約束した言葉は覚えていて、その状況を覚えていないっておかしくはない?
お父様は、酷い目にあって混乱して記憶が曖昧になったんだよと言う。魔物に襲われた人がよくなる症状なんだって。
私のことも、大事な人を亡くしたから、そんな不安定になってしまったと。彼の為にも幸せにならないと、って心配してくれる。
幸せにはなりたいわ。でも、王子と結婚するのはまた別よ。王子の求婚は美談みたいになってるけど、私が望んでいないのに、勝手に婚約者にされそうなのは、おかしいと思うの。
私の他にも婚約者を亡くした人はたくさんいるわ。その人達は、1年は婚約者を想って、祈りを捧げるというのに。
なぜ、私は王子の相手をしないといけないの?
「彼のことは忘れて、幸せになったほうがいいわよ。」
「ごめんなさい。何が幸せかは私が自分で決めたいのです。」
「でも、こんな良縁はなかなかないわよ?」
「なぜ、私には彼を想って祈る時間を与えてくれないの!」
「いえ、そういうわけじゃないのよ。相手の気持ちが変わらないうちに・・・。」
「私には気持ちなんてありません!なんで、好きでもない人と結婚しなきゃいけないの?!良縁ってなんですか?彼から王子様にあっさり鞍替えする女になれっていうことですか?」
「・・・・。」
「貴族でもないのに、政略結婚するぐらいなら、兄の手伝いをして生涯独り身でもいいの。もう、ほおっておいてよ・・・。」
「・・・ごめんなさいね。失礼するわね。」
親切で言ってくれる人達にも酷いことを言ってしまう。だけど、良縁ってなに?まだ半年もたってないのに、新しい男に乗り換えろってこと?
兄の手伝いが無理なら、教会でシスターにでもなるわ。
彼がいなくなって五月経った。王子は相変わらずやってくる。
キミが心配だと。もう、最近じゃ私の方が悪者。
私の味方はサリアと、私の家で長年働いてくれている人達だけ。
最近じゃ、お兄ちゃんまでも私に「我がまま」を言うなという。彼を想って過ごしたいという私のささやかな願いが、我がままなんだって。最初は、いつまでも居ていいからって、頭を撫でてくれたのに。
知ってるよ。あの王子からお金を貰っていること。だから、逆らえないんでしょう。本当に妹の心配してる?王子に嫁がせれば、もっとお金を貰えるとおもってない? ねぇ、お兄ちゃん。
「あの王子様、怖いの。変な目で見るから・・・。」
「あんないい人をそんな風に言ってはいけないよ。お前の気のせいだよ。」
「・・・・。」
信じられる人に、いろいろと訴えてみたけれど、効果はなかった。そして、こんなに嫌がってるのに、王子と結婚させようとする。もう、わけがわからなかった。
彼の故郷に一度連れて行ってもらったことがある。緑の綺麗な場所だった。あそこに、一人で逃げようか。
でも、両親も、お兄ちゃんも、友達も、すべて捨てる勇気は私にはなかった。いつかみんな気づいてくれるって。わかってくれるって。
サリアが悲痛な顔で逢いに来た。
来月、私が結婚するらしい。
相手はあの王子様でしょうね。花嫁になる女だけが、何も知らない。
おかしくて、笑いたくなった。
いや、実際に笑ってたみたい。悲しそうな顔で、サリアが抱きしめてくれた。ぎゅって。そしたら、今度は泣きそうな顔してたって。
―――彼が死んだと聞いた時も、悲しかったのに涙は出なかった。
サリアにだけ打ちあけた。逃げようと思うって。彼の故郷に逃げるって。彼の両親にこないだやっと手紙を送れたの。メイドの助けを借りて。返事が来てから、逃げようと思っていたけれど、もう、のんびりしている場合じゃない。
結婚式を強引にする為には、両親も、お兄ちゃんも手を貸しているだろう。もう、いい・・・。もう、知らない。
―――私は、ここから出て行くわ。もし、捕まってあの男のモノになるぐらいなら。彼のいるかもしれない世界へ行きたい。
*◆*◇*◆*
「王子様、最後にお聞きしてもいいですか?」
クリスティーナが静かに聞いてくる。彼女は何度お願いしても、僕を名前で呼ばない。
「彼に、私を頼むって言われたのですよね?」
何度となく、彼女に質問されたことを。
何度となく、誤魔化してきたことを。
「王子様は、彼を助ける為に、彼の元へ戻るはずだったのですよね?」
「王子様を逃がして、応援を待って、私のところへ帰ってくる予定の彼が、いつ、私を頼むといったんですか?」
実際に言われていないのだから、答えようがない。適当に話を作ろうと思ったが、どこで嘘がばれるかわからなかったから、後遺症ということで口を噤んだ。彼女の両親にもそれとなく、情報を流した。
「みんなにも聞きたいわ。彼がいつ、王子を親友だと言ったの?誰か、一度でもそうやって紹介された?」
奴はただの護衛だった。知り合いよりは近くて、友人にはもう少しというところだろうか。王子という立場のせいか、昔から友人になってくれる者が少ない。
「私が、彼の親友だと紹介されたのは、カール様だけです。だから、カール様に私を頼むというのならわかるわ。私と面識がある、ロディ様でもいい、キャリオ様でもいいわ。だけど、私に紹介もしていない、面識もない王子に頼むなんて、彼がするわけがないじゃない!」
「なんで、みんな気づいてくれないの!」
確かに、紹介されたことはないな。いつも、そっと見ていただけなんだ。騎士団に他の子と差し入れを持ってくる笑顔の君を。
「それとも、気づいていて、見ない振りしているの?私を王子様に差し出せば、いい暮らしができるから?」
「私を手に入れる為に、彼を殺したかもしれない男なのに!」
「クリスティーナ!」
咎めるようにクリスティーナの兄が彼女の名前を呼ぶ。そして、ちらちらと僕の顔を伺っている。兄も何か気づいているのだろうが、僕の寄付で店がどんどんうまくいく心地よさから逃れられないだろう。
「なに、お兄ちゃん?」
「憶測でそんなことを言ってはいけない。」
「憶測?じゃ、なんでこんなことになっているの?説明してよ!」
「・・・・。」
「なぜ、私の結婚式が、私に内緒で進められてるの?私に幸せになってほしいなら、なぜ、私の意志は無視されるの?」
集まっていた彼女の叔父や叔母が俯く。彼らも僕からのお金目当てだろう。
「なんで、私の『しあわせ』を、みんなが決めて、私が嫌だって言ってるのに、あの王子の妻にさせられるの?ねぇ、私言ったよね?王子様と結婚するぐらいなら、修道院にはいるって!絶対にいやだって!」
笑うしかないな。ここまで嫌われていたとは。なんでかな。奴を排除しさえすれば、すべてうまくいくと思っていたのに。なぜ、彼女に愛されないんだろう。こんなに、僕は愛しているのに。
「王子様はいい人だから、・・・お金をくれるいい人でしょう?みんなの幸せの為に、犠牲になれって言われたほうがまだましよ!」
「だから、私を生贄に差し出すような、家族なんていらないわ。」
生贄・・・。僕の妻になるのは、生贄なのか。クリスティーナの中では、僕の妻になることは、彼らの犠牲になる以上の理由はないのか?
彼女が僕に、作り物の笑顔さえ見せなくなったのは、いつからだったかな。「側にいれば彼女もきっと僕を見てくれる」から「結婚すれば、妻になれば彼女もきっと・・・」って、結婚を強引に進めてきたけれど、僕は間違ったのか?
「まってくれ、クリスティーナ!違う、ちがうんだ・・・。」
彼女の兄がつらそうに言うけれど、つらそうな顔をしてるのはクリスティーナの方かもしれない。
そして、まだ兄を見る目は優しい。僕に向ける視線とは、何もかも違う。
「何が違うの?」
「私達はお前の幸せの為に・・・。」
「だから、私の幸せってなに?きもちわるい王子の妻になること?」
「きもちわるいって・・・。殿下に失礼だぞ・・・。」
きもちわるい王子って僕のことか・・・。嘘だろう?そこまで、嫌われているのか?
「お兄ちゃんはあの目を向けられないから、そういうのよ。あの粘つくような、ヘビのような目。私が見てないと思っているのか、たまにニヤニヤ笑っているわ。気持ち悪いって言わないで、なんていうの?」
え?ニヤニヤ笑っていた?僕が?彼女を熱く見つめていた視線は、彼女には、嫌いなヘビのように見えていたのか。笑っていた記憶はない。でも、彼女が側にいることが嬉しくて、嬉しくて、『笑顔』だったとは思う。笑顔だったと・・・。
「それは・・・。」
「で、私の幸せってなに?」
「殿下と一緒になれば、お前は楽できるから・・・。」
「修道院に行きたいっていってる女に、贅沢ができるからって喜ぶと思うの?」
「・・・・。」
「もう一度はっきり言うわ。王子と結婚するぐらいなら、死んだ方がまし。」
死ぬより、僕の妻になるのは嫌なの?
「クリスティーナ、愛しているんだ。」
「私は愛していないわ。」
思わず、呟いたけど・・・。はっきりと、拒絶された。
「私の妻になってほしいんだ。笑っていてほしいんだ。」
「貴方が私から、笑顔を奪ったわ。彼がいなくなったあと、気持ちの整理もさせてくれなかった。」
「・・・。」
「そっとしておいてほしかったわ。なのに、貴方が来るたびに、私は貴方の相手をしなくちゃいけない。なぜ、知らない男の相手をしなくちゃいけないの。なぜ、私をいやらしい目で視る男の相手をしなくちゃいけないの。」
「僕はそんな風には・・・。」
「私に執着してるじゃない。それが全部、目と態度に出てるわよ。馬鹿にしないで、気づかないはずがないでしょう。」
知らない男。僕は彼女をずっと見ていた。
だけど、彼女にとっては、シラナイオトコ。
知らない男に付きまとわれたから、こうなったのか?僕は最初を間違ったのか?だって、だって、僕は知っていたから。声をかければ、僕を見てくれれば、奴よりも君を幸せにできるって。そう思ったから。
彼女の可愛い笑顔も、可憐な声も、側にいれるようになって初めて知った彼女の匂いも、僕が独り占めしていいんだと思って。
「初めて逢ったのに、貴方は私を求めたわ。親友の婚約者を気遣う振りをしながら、恋人のように接することを強要するんだもの。だから、おかしいと思ったのよ!」
「そしたら、貴方の言葉にはどことなく違和感が出て来た。彼から私を頼まれた。頼まれたって。彼が死を覚悟していたような感じで。貴方達が狩りに出た森は、彼が死を覚悟しなきゃいけないような場所じゃない。彼が負けるような魔物が出るなら、もう、騎士団から大規模な討伐隊が出てるはずだわ。それも、ない。皆は運が悪かったのだろうっていうけれど、はぐれた二人のうち、弱い貴方だけが無傷なのがおかしいのよ!」
「・・・・。」
「彼が敵を引きつけて、貴方は逃げたのよね。彼が倒されるような数なら、貴方を追った魔物も相当いたはずよね。でも、気絶したあと貴方の周りに魔物はいなかったというわ。」
実際に魔物寄せの液体を持った奴だけが襲われていた。
「もし彼が本当に頼んだとして、金銭的な援助なら貴方に頼むのもわかるわ。でも、そういうのって、私の幸せをそっと見守る感じになるはずなのよ。でも、貴方は私を自分のモノのように扱う。自分の盾になって逃がしてくれた護衛の婚約者に対する態度なんて、どこにもなかったわ。」
浮かれていたんだ。奴がいなくなったから、君を僕の物にできるって、とても浮かれていたんだ。
「信頼していた人達には、私の気持ちを訴えたわ。でも、王子は魔物の襲撃のせいで記憶が曖昧で?私は彼が死んだことで、気持ちが不安定で?そんな言葉ばっかり。」
「貴方のせいで、私は信頼する人達を失ったわ。私の話を聞いてくれない。貴方の味方だけする人なんていらないわ。だから、みんな捨てて行くわ。」
「リディ、お願い。」
「うん!」
まだ幼さの残る青年が彼女の手を引いて、駆け出していく。
「待って!クリスティーナ!」
「近づかないで。私に触れたら、殺してやるから。」
憎しみが篭った目で言われたなら、まだ納得できただろう。だけど、彼女の最後の言葉は、無表情な顔で、無機質な声で告げられた。
追いかけようと思った僕は、止まってしまった。
―――ゾッとしたのだ。
追いかけて、あの女を連れ戻して、僕はどうするんだろうと思ったんだ。
僕が縋りついていた「結婚」も、彼女を変えることは出来ないと気づいたから。
僕は、奴に向けていた彼女の暖かい笑顔が欲しかったんだ。
奴と話す、楽しそうな彼女の声が、僕に向けられた幸せになれるって思ったんだ。
僕は幸せを感じてみたかったんだ。
僕が奴の場所に立ったらどうなるか知りたかったんだ。
あの場所に立ちさえすれば、幸せになれる気がして・・・。
僕は彼女の幸せが何処にあるのかなんて、考えたこともなかったな。
彼女を僕の側に置いてても、幸せだったのは最初だけだった。そのうち、僕が考えていた「現実」とどんどん離れていった。特に彼女が「僕の現実」のように動かない。
確かに、当たり前か。
「奴の居た場所」に「僕」が入っても、彼女が愛したのは「僕」ではないのだから。どうして、もっと早く気づかなかったのかな。「場所」にさえ収まれば、彼女は僕を愛するはずだって。なんで、そう思ったのかな。
「奴の居た場所」が眩しかったから。
本当にこんなはずじゃなかったのに。
そういえば、誰かが言っていたな。
―――彼女が落ち着いたら、声をかけて、『友達』から始めたらいいと。
あの時は、不思議でしょうがなかった。奴がいなくなったから、彼女は僕の『恋人』になったのに、『友達』っておかしなことを言うなと。
僕と彼女の関係は、恋人どころか、『友達』でもなかったのか。
*◆*◇*◆*
あの嫌な空間から助け出してくれたのは、彼の弟。迂闊に動けない彼の代わりに迎えにきてくれた。
彼の両親に出した手紙が、協力してくれたメイドから渡されたのは一週間前。そこには、彼が生きていることが書かれていた。彼はあの襲撃に裏があると踏んで、そっと体が回復するまで身を潜めていたらしい。
彼は両親から渡された私の手紙を見て、確信したらしい。王子の罠だったんだろうと。
逃げる王子を追う魔物が一匹もいなかったことに。
集まった魔物がすべて、自分に襲いかかってきたことに。
だから、王子達がいるであろう場所とは逆の道から逃げたそうだ。あの時は、誰が敵かわからなかったから。とりあえず、逃げたらしい。
逃げる途中で足に負った怪我で、移動がままならなくなり、とりあえず近場の奉公に出ていた弟を頼ったのだとか。奉公先の旦那さんとも知り合いだったので、快く迎え入れて貰えたことも幸いだったと。
弟さんの下宿先で、彼に逢えて、これまでの経緯を聞いていたけど、私はなぜか彼に触れられなかった。
彼に逢ったら、嬉しくて嬉しくて、抱きつくだろうと想像していたのに。
「リディ、すまない。少し外してくれるか?」
「うん。じゃ、俺なにか買ってくるよ。じゃ、クリス姉さんゆっくりしててね。」
リディ君は笑顔で出て行った。私の顔は笑顔を作れただろうか。
「クリス、おいで。」
懐かしいと思ってしまう目の前の人の声が、昔と同じように私を呼ぶ。
よろよろと、彼に近づいて、抱きしめられて、
私が泣いてる時に、彼がよくしていた。くすぐったがりの私の腰をポンポンと撫でる仕草。くすぐったくて思わず笑ってしまう私を面白そうに見ながら、強く抱きしてめくれるのだ。
ポンポン。
その暖かい手の感触に、目から雫がこぼれた。止まらなくなった。
大声をあげて、彼の胸で思いっきり泣いて、泣いて、寝てしまった。
それから、彼は弟の商会の旦那さんに護衛として引き続き雇ってもらい、私もそこで雇ってもらった。兄の店と売っている物は違うけど、私も幼い頃から手伝っていたので、いろいろとわかることがあるのが有り難かった。
旦那さんにも、店の皆にもお世話になった。今日、私達は一年お世話になった店を出て、隣国で旦那さんが新しく始めるお店に付いて行く。この国ともお別れになるけれど、彼の弟や両親とは、旦那さんのお店で働く限りは繋がっていられる。こっそりと、サリアと実家の召使い達には連絡を送ってある。場所も名前も書くことが出来ないから、あちらからの返事は望めないけど。
―――幸せにやっていると。ありがとうと。
それだけで、みんなわかってくれると思うから。でも、そろそろ私の手紙のクセに気づいてくれたかな?だったら、新しい名前で手紙を書きたいと思う。