現実
遺体の一時安置所の倉庫内は血の匂いで満ちていた。
毛布で包まれた遺体が何十人も並べられている。
通常はすぐに病院に運ぶのだろうが、これほど大規模な事故となると、生存者優先で病院に搬送するから、すでに亡くなっている人たちは後回しになるのだ。
僕と上田は担架から毛布に包まれた遺体を降ろして、現場に戻ろうと立ち上がった。
こんな辛い場所に長居はしたくない。
その時、着メロが鳴り出した。
いつもの聞き慣れたメロディ。
慌てて自分のスマホを取り出したが、着信はない。
そして、ハッと気付く。この聞き慣れた着メロは、僕のじゃなくて……。
その着メロは、近くの毛布の中から聞こえていた。
僕は、思わずそこに駆け寄って膝をついていた。
「……そんな、まさか……」
僕は震える手でその毛布を解こうとしたが、指がまるで自分のじゃないみたいで、ぜんぜん思い通りに動いてくれなかった。
僕がしようとしていることに気付いた上田が横から手を貸してくれた。
毛布が緩んだその時、なにかの拍子に中から血に汚れたワインレッドのスマホが転がり落ちて床に転がった。
見慣れた優香のと同じモデルのスマホ。
それだけならあるかもしれない。限りなく可能性は低くても、偶然があるかもしれない。
でも……
震える手で拾い上げたケータイにぶら下がっているのは、優香と昨日アベルトゥラで買った一点物の手作りストラップ。
勿忘草が描かれた象嵌細工のストラップ。
僕は、恐る恐る上田の手によってはだけられた毛布の中を見た。
「そ……んな。……ゆ、優香」
僕は優香のスマホを手にしたまま、がっくりとその場に膝をついた。
僕は、僕にとって何よりも大切な存在が失われたことを知った。