未知との遭遇
駅のロータリーで停まったタクシーから中年の女性が降りてきて辺りをキョロキョロと見回す。
彼女は僕の姿を認めると、にっこりと笑った。
その笑顔は優香とよく似ていた。
僕の方に小走りに近づいてくる彼女の服装は、優香がさっき電話で教えてくれたのと一致していて、僕は彼女が優香の母親だと確信した。
「よう! 息子よ」
思わずずっこけそうになった。
すべての事務的手続きをすっとばしていきなりこれか。
僕の反応を面白そうに観察して、彼女が改めて口を開く。
「あなたが賢斗君だね? すぐ分かっちゃった。私が思ってた通りだわ」
その頃にはなんとか僕も最初のショックから立ち直った。
「はじめまして。ですね、お義母さん。優香……さんからお話は伺っています」
「優香さんなんて他人行儀じゃなくていいよ。あんたは娘の婚約者なんだから」
そう言って彼女がにっと笑う。
「正直、優香の就職が決まらなくて、これからどうしようかって思ってたんだよね。わたしももう若くはないから前みたいには働けないし、うちは決して裕福な家庭じゃないからねぇ。
あ、言っとくけど、クーリングオフは受け付けないよ?」
クーリングオフ? 言っている意味が一瞬分からず、ややしてから言わんとするところを悟る。
「……つまり、返品は受け付けない、と」
「食べ物は味が気に入らないって理由じゃ返品できないだろ? まぁ、女にも賞味期限ってものがあるから似たようなもんだよね。わたしはとっくに賞味期限切れだけどねー。あっはっはっは」
「…………」
絶句。なんつー際どい比喩を使うんだこの人は?
少し考えてから答える。
「貰う以上、あとからやっぱり返せって言われても返しませんよ?」
「あっはっはっは! そう返すか! いいねぇ。そういう切り返しは嫌いじゃないよ」
「僕も、お義母さんのエスプリの効いた発言は嫌いじゃないですよ」
「気に入った! ただし、わたしのことはお義母さんじゃなくて奈津子さんと呼ぶこと」
そう言いながら彼女が僕の背中をぽんぽんと叩く。
僕は苦笑しながらうなずいた。