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福の神

作者: 束田慧

 生まれて初めて宝くじを買った。

 ギャンブルにのめり込んで借金まみれの俺にだって、夢を見る権利くらいはあるはずだ。

 このたった一枚の紙切れが、クソみたいな俺の人生を変えてくれるかもしれない。そんな万に一つ、億に一つの可能性をたった三百円で買えるんだから安いもんだ。


 とは言え、小銭だってゴミじゃない。当選確率を上げる……かもしれない最低限の努力はしたつもりだ。

 全身真っ黄色の服を着て、当選数の多い売り場で買ったし、黄色い布に包んで、俺と違って幸運に恵まれていた祖父の遺影のそばに保管し、毎日手を合わせたりもしている。

 病床に見舞いにも行かなかった俺が、今更現金なことだと我ながら思うが、祖父に吸い取られたんじゃないかってくらい不幸な人生だったんだ。このくらい許されるべきだろう。


 だから、ってわけじゃないが、ギャンブルから足を洗う気もない。

 この前も、いつものパチンコ屋でボロ負けした後、少し足を伸ばして隣町のパチンコ屋まで行ってきたんだ。

 そちらでも案の定負けてしまったが、神の思し召しとでも言うのか、帰り際に、見知らぬ神社を見つけた。

 隣町には何度も来ているが、こんな神社は初めて見る。興味がなかったから目に入らなかっただけかもしれないが、まるで狐にでも化かされているような不思議な感覚だ。

 神主のいない、小さくて寂れた神社だが、どことなく雰囲気はある。しかも幸運なことに、「福の神」を祀っているらしい。

 これは参拝しない手はないと、賽銭箱に五円玉を放り込んで手を合わせ、その日は帰路に就いた。


 何となく寝付けなかったその夜。俺は、奇妙な体験をした。

 枕元に立つ何者かの気配。夢か現か分からない中、恐怖で目を開けることすらできない俺に、そいつは静かに語り掛けてきた。


『私は「福の神」などと呼ばれているが、それは一方では正しく、一方では間違っている。福は有限だ。誰かに福を与えるには、誰かから福を奪わなければならない。言い換えれば、福を与える代償として(わざわい)をもたらす「禍津神(まがつかみ)」でもあるのだ』


 俺は驚き、息をのんだ。頭がチリチリして、全身から冷汗が出るのを感じる。

 特定の相手ではないにしろ、他人を呪うようなものなのだ。人を呪わば穴二つ。さらなる恐怖が、迷いを抱かせる。

 そんな俺の心を見透かしたかのように、


『金のために誰かを不幸にする覚悟があるか?』


 と、神が問うた。

 金は欲しい。神様仏様に請うことも厭わなかった。だが、俺は小心者だ。禍とはどの程度のものなのか。

 思案した時、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡った。後押しのつもりで神が見せているのか、見事なまでに不幸な記憶しかない。それこそ、禍津神にでも憑かれているかのように、禍の連続である。

 こんなものを見せられては、もう迷ってなどいられなかった。他人を不幸にしてでも幸せになる権利が俺にはあるのだと言い聞かせて、ゆっくりと目を開ける。

 眼前に、俺の顔をした神がいた。だが、もう驚きも恐怖もない。覚悟を決めて、問いに応じる。


『覚悟はできてる』

『……承知した。貴方に福を』


 神は頷いて右手を差し出すと、すうっと消えていった。直後、激しい眠気に襲われ、俺の意識は闇に吸い込まれていった。


 それから数日後。

 宝くじの抽選が終わって、俺はようやく、あの出来事が夢でないことを確信できた。借金を完済してもお釣りがくる賞金額である一等に見事当選し、全ての心配事が吹き飛んだ。

 この時は、禍だの呪いだのなんてことは忘れてしまっていた。


 思い出したのは、当選金を受け取りに行った時のことだった。

 銀行に向かう道中。人のいない方、いない方へと進路を取り、最後の路地に入ると、突然、冷たい感触に襲われた。

 一瞬何が起こったのか分からなかった。刺された、と気付くまでにどれほど血を流したか。凶刃は引き抜かれ、鮮血をまき散らしながら、俺は地に伏した。

 血の海に溺れ、真っ赤に染まっていく体。対照的に真っ白になっていく頭の中に、聞き覚えのある声が響いた。


『貴方に禍を』

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