七不思議を作った少女
「え? 七不思議がない?」
それが、わたしの第一声だった。
「はい、うちの学校に七不思議はありません」
眼鏡の奥から、後輩の憎たらしい視線が返ってきた。
わたしは、軽くテーブルを小突いた。
「ちゃんと調べたの? クラスメイトに訊いて終わり、じゃないでしょうね?」
「調べましたよ。新聞部の記録もあさりましたし、オカ研にも聞き込みしました」
後輩は腕組みをすると、すこしばかり眉間にしわを寄せた。まったく、手間を取らせて。そう言いたげな表情だ。だけど、わたしは追求の手をゆるめなかった。
「あのさ、どこの学校にも、七不思議のひとつやふたつ、落ちてるわよね?」
「七不思議がふたつあったら、十四不思議になりますよ」
わたしは、テーブルを右手で叩いた。
「先輩の揚げ足取りしてるヒマがあったら、まじめに取材しなさい!」
「まじめに取材したんですよ。うちの学校に、七不思議はない。それが結論です」
わたしは椅子にもたれかかると、天井をあおいだ。そして、ため息をついた。
「どうすんのよ……次回の七不思議特集号、もう告知しちゃったんだけど……」
「校内新聞の次回予告なんて、だれも覚えてませんよ。差し替えましょう」
後輩の発言に、わたしはメラメラと怒りをおぼえた。なによりも頭にきたのは、わたしの記事が読まれていないって指摘。記者にとって、一番グサリとくる発言だった。
わたしは黙って席を立つと、そのまま部室の出口へとむかった。
「ゆかり先輩、どこへ?」
「もういいわ。あんたに頼んだわたしがバカだった」
わたしは、部室のとびらを、後ろ手でピシャリと閉めた。
ふんと鼻息を鳴らして、自分の教室にむかう。夏休みの近づいた今、教室に残っている生徒がいるとは、思っていなかった。ただ、机のなかの教科書を持ち帰りたかっただけ。なのに、教室の片隅には、見慣れたクラスメイトの姿があった。色素の薄い肌に、中性的な顔立ち。目元に涼しげなところのある美少年。
いづなくんだった。
「いづなくん、まだ帰ってないの?」
わたしが声をかけると、いづなくんは、グラウンドからこちらへ視線を移した。
「こんにちは、ゆかりさん」
ずいぶんと、慇懃なやつだ。わたしは、そんなことを思いつつ、彼に近づいた。べつに、下心があったわけじゃない。ただ、いづなくんは、なんというか……すごく、ミステリアスなところがある。それに、物知りだった。もしかすると、怪談特集に使えそうな小ネタを、いくつか持っているかもしれない。そう期待したのだ。
「ねぇ、学校の七不思議って、知ってる?」
「学校の七不思議一般を、ですか? それとも、この学校の?」
同級生だというのに、いづなくんは、ですます調で返してきた。
「この学校の、よ。七不思議って言葉を知らない、なんてことはないでしょ?」
「私は、あまりそういう怪談のたぐいに、くわしくありませんので」
いづなくんはそう言うと、グラウンドに向きなおった。
西から照りつける太陽の光が、だんだんと薄くなり始めていた。砂に反射したそれは、どこか幻想的なところがあった。小学生のときは、よく教室に残って、外を眺めていた。その感覚がよみがえり、わたしはなんだか、ノスタルジックな気持ちになった。
「いづなくんって、怪談をよくネタにしてるじゃない。ウソ言わないで」
「『そういう』怪談のたぐい、ですよ。怪談一般ではありません」
「そういうって、どういう?」
「ひとびとが集まった空間に生まれた、うわさ話のようなものです」
なんだ、それは。わたしは、あきれ返った。怪談なんて、全部うわさ話なのだ。いづなくんが普段している怪談だって、どこから持ってきたのか分からない、うわさ話。学校の七不思議だけがまがい物扱いされたのでは、たまらない。バカにされたような気分になった。
「それでも、いづなくんなら、ひとつやふたつ、知ってるでしょ?」
「……」
意味深な間。わたしは、しびれを切らせた。
「わかった。自分でなんとかするわ」
わたしはそう言い残して、自分の机にむかった。
必要だった古典の教科書を取り出して、教室をあとにする。
しきいをまたいだところで、ふいに声をかけられた。
「ゆかりさん、七不思議のようなものには、あまり関わらないほうがいいですよ」
よりによって、他人の企画妨害とは。わたしは、肩越しに手を振って答えた。
「ご忠告、感謝するわ。じゃあね」
教室を出たわたしは、まず部室にむかった。古典の教科書をかばんに詰めて、帰り支度を済ませた。とはいえ、まだ帰るつもりはなかった。今日中にネタを仕込まないと、明後日の校内新聞に間に合わないからだ。
それにしても、暑い。のどが渇いたわたしは、校庭の自販機にむかった。百円を放り込むと、紙コップがストンと落ちてきた。オレンジジュースが流れ込み、取り出し可のランプが点滅した。
わたしは冷たいそれをごくりと飲んで、これからの対処法に頭を悩ませた。
……………………
……………………
…………………
………………
パチリ。わたしは、指を鳴らした。
「そうだ、ないなら作ればいいのよ」
なんでこんな簡単なことに気づかなかったのかしら。いづなくんも言ってたけど、怪談はひとの集まった空間で作られるもの。どんな七不思議だって、だれかがあとで考えだしたものに違いない。それが今じゃダメだなんて、ありえないわよね。うん。もしかして、いづなくん、さりげなくヒントを出してくれたのかも。感謝、感謝。
わたしは、紙コップを手の中でくるくる回しながら、思案にふけった。
「……まずは、この自販機からね」
人食い自販機……は、あまりに信憑性がないか。深夜十二時になると、自販機のそばに女の幽霊があらわれて……さえないわね。っていうか、自販機関係ないし。
わたしはオレンジジュースを飲み干すと、紙コップをゴミ箱に捨てた。そのとき、捨て口に顔をだしていた紙パックから、赤い液体がしたたり落ちた。トマトジュースだ。
わたしは、しめたとばかりに指を鳴らした。
「深夜十二時に、この自販機でジュースを買うと、血が流れてくる。これね」
わたしは手帳とペンを取り出した。
すらすらとアイデアをまとめる。
【血をそそぐ自販機】
深夜十二時に校庭の自販機でジュースを買うと、コップに血がそそがれる。
……ちょっともの足りないわね。まあ、七不思議なんて、こんなものかしら。
由来とか、そういうのもあんまり書かない方がいいかも。ウソだってバレるし。こういう企画でめんどくさいのって、あとからぐだぐだ突っ込みいれてくるやつなのよね。
わたしは、メモ帳をポケットに仕舞った。あたりは、まだ明るい。夏の夕暮れ。花壇からは、虫の音が強くなり始めていた。遠くでは、野球部の快音。
「この調子で、のこりの六つもさっさと考えちゃいましょ」
わたしは、そばの花壇に目をやる。
……ちょっと近すぎるかも。学校のあちこちにバラけさせたほうが、いいわよね。
校内にもどって、適当な場所を物色した。まずは、一階。視聴覚室、用務員室、職員室、保健室……保健室が、それっぽいかしら? 動く人体模型……あ、人体模型は生物室だわ。だったら……保健室で死者が出たとか?
わたしは、メモ帳にそのアイデアを書き込み、すぐに二重線で消した。
「死人は、さすがにマズいか……」
へたすると、学校に怒られちゃうわ。
もうちょっと軽く……ケガが悪化する? いや、これは保健の先生が怒りそう。
……………………
……………………
…………………
………………
「あ、生徒が悪いことにしちゃえばいいんだわ」
【仮病を見舞う者】
仮病を使って保健室で寝ていると、だれもいないのに足音が聞こえてくる。
うんうん、これならだれからも文句つけられないわね。
わたしは、一階にめぼしいところがないのを確認して、二階へとあがった。
途中、踊り場の窓から、体育館がみえた。
「体育館……定番ね」
【勝敗をあてるノート】
体育館のロッカーのひとつに、大会の勝敗を予言するノートが置かれている。
わたしは、スラスラとメモ帳に書きなぐった。
じつはこれ、バスケ部の友だちから仕入れたネタを、アレンジしたものだ。以前、バスケ部が地区大会で優勝したとき、ロッカーから一冊のノートが見つかった。五年まえに書かれたそれは、OGが置いていったもの。後輩への激励のなかに、「今の調子なら、五年後には優勝できる」と書かれていたらしい。友だちは、「まるで予言みたい」と笑っていた。
ネタの出来に満足したわたしは、各階の踊り場にある鏡にも目をつけた。
「午前四時四十四分、この鏡には悪魔が映る……」
なーんてね。こういうのは、ちょっとねらい過ぎだわ。パス。
わたしは踊り場をあとにして、そのまま二階の廊下を見渡した。
化学室、美術室……どちらかは使えそうね。やっぱり、美術室かしら。
わたしは、ペンのそこで自分のひたいを小突いた。アイデアよ、浮かべ。
【手伝われた肖像画】
美術室で肖像画を描くと、いつの間にか手をくわえられた形跡があるという。
こんなもんかしら……美術部になんか言われなきゃいいけど……。
ま、そのときは、そのときよね。適当にごまかしましょう。
化学ネタは思い浮かばなかったから、わたしは三階へ移動した。三階は、教室のほかに、音楽室がある。これも定番だ。わたしは、ペンをくわえて考え込んだ。ベートーベンみたいな絵画ネタは、かぶるからダメよね。やっぱり、音……ピアノとか……うーん、ピアノは安直かしら。バイオリン……いや、バイオリンは吹奏楽部くらいしか使わないし……。
わたしは、楽器の選択に頭を悩ませた。
「ここは、意表をついて……」
【いのちを刻むメトロノーム】
祝日の昼下がり、だれもいないはずの音楽室から、メトロノームの音が聞こえてくる。それを耳にした者は、聞いた長さだけ寿命が縮まる。
ちょい怖系の話ね。
祝日に吹奏楽部の練習があるかもしれないけど、ま、いいでしょ。
あとふたつ……わたしは、廊下の左右に視線を走らせた。そして、ハッとなった。
「そうそう、これは入れておかないと」
【トイレの花子さん】
三階の女子トイレには、手前から三番目の個室に、花子さんがあらわれる。
この設定は、全国共通のはず。ただ、手前から三番目で、合ってたかしら。奥から三番目じゃないわよね。怖い話なんだから、入り口に近いとおかしいわ。多分。
わたしは、ひとりで納得した。メモ帳をめくって、怪談の数を数える。
「一、二、三……六。あとひとつね」
そうつぶやいたわたしだったけど、ふと思い直した。七不思議、定番中の定番。七つ目の怪談を知った者には、オカルト現象が起こる。だから、七番目の話は普通、伏せてあるのよね。めんどくさいし、七つ目は考えなくてもいいかしら。あとは、パソコンに打ち込んで、細部と全体の構成を練るだけだわ。部室にもどりましょ。
わたしは手帳を確認しながら、最初の一歩を踏み出した。
○
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「きみが、第一発見者だったんだね?」
私服の男は、色白の少年に、そう語りかけた。
「はい」
「どういう経緯で?」
「悲鳴が聞こえて、そのあと、ガラスの割れるような音がしました」
「で、様子を見にきた、と?」
少年は、ただうなずいた。
私服の男は、黒い手帳になにかを走り書きして、足下へと視線を移した。
リノリウムの床に、チョークで白い枠が囲ってある。それは、ひとの形をしていた。男はラインを踏まないように注意しつつ、紺の制服を着た中年男性に声をかけた。
「そこに落ちてるのは?」
「そこ、というのは?」
「そこの血溜まりだよ」
「ああ……学生手帳でしょう。校章がみえますから」
中年男性は、そっけなく答えた。
「一応、それ回収しといて」
「血で読めないと思いますがね」
反抗するわけでもなく、ただ事実を述べたかのような口ぶりだった。
私服の男は、鉛筆のそこで後頭部を掻くと、少年に向きなおった。
「一一九番したのも、きみ?」
「はい」
「警察には連絡しなかった?」
「していません」
「なぜ?」
「事故だと思ったので」
少年は、よどみなくそう答えた。
私服の男は、軽くうなずくと、窓の外をみやった。
「念のため、名前と住所を教えてもらえるかな」
「吉美津いづな。吉凶の吉に美醜の美、津々浦々の津。いづなは、ひらがなです」
少年はさらに、住所と学年も付け加えた。
私服の男は、すべてを手帳に記録し、パタリとそれを閉じた。
「ありがとう。それじゃあ、もう遅いから、気をつけて帰ってください。なにかあったら、また連絡します。連絡先は、この学校と自宅、どっちがいい?」
「学校でお願いします。担任は、遠坂朱美という女性のかたです」
少年はそれだけ言って、階段を下り始めた。
だれもいない廊下に、少年の足音だけがこだまする。静かに、リズミカルに。まるで、だれかを弔うように、あるいは、無関心をよそおうように、規則的だった。
窓から差し込む光は、既に赤みを帯びていた。グラウンドに出ると、風が吹き、少年の前髪を、こそばゆく揺らした。少年は、正門のところまでゆき、それから校舎を振り返った。長い影が、少年の足もとまで、意味ありげに伸びていた。
「踊り場の鏡に映る、転落死した少女……それが、七つ目の不思議ですか……」




