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辺境警備(仮)  作者: 夏目 晶
3/3

3月20日 ID 210 守谷 順子(ロスト) ID 128 神山 廉太郎



 廉太郎は車道からガードレールを超えて急な斜面を下りていた。先ほどまで呼んでいた文庫本は、とりあえずジャケットの内側のポケットに入れてある。

 端末を落とすなんて間抜けをした自分にため息をつく。

 端末は隊員にとっては重要なアイテムだ。携帯電話のようでもあり、インターネットなどで情報の収集をするにも欠かせない。司令部からの連絡や、寮や支部からのお知らせなどもメールで届くため、手元に無いと何かと不便なのだ。そして、一番の用途は、やはり侵入者があった時だろう。

 端末には二つのプログラムが入っており、一つはこの島の住民と隊員、そして侵入者の居場所が分かるもので、もうひとつはこの島の施設を検索できるものである。

 どちらも隊員には必要なサービスだ。

 そんな端末が、ポケットで震えたのを感じ、手元を見ずに取り出したのが行けなかった。

 つるりと手から逃げた端末は、道の端を歩いていた廉太郎をあざ笑うかのように斜面を滑り落ちていったのだ。

 数メートル下に降りてみると、黒い端末が草の中に落ちているのを発見した。

 もう少し時間が遅かったら、陽が落ちてしまって見つけにくかっただろう。

 拾い上げたところで声をかけられた。

「あれー。廉君じゃん。おつかれー。今帰り?」

 振り返ると、ガードレール~身を乗り出した格好で、女性がこちらに手を振っている。

「ああ。守谷もか?」

「うん。図書館行ってたんだけど、明日から大掛かりな図書整理するとかで、今日は早じまいなんだって。4時で追い出されたよ」

「そうか。じゃぁ、これから行っても無駄か」

 斜面を上がりながら、いつもより大きな声でそう答える。

 守谷は苦笑した。

「仕方ないね。どっちみち明日は月曜で休館日だし。火曜までお預けだね」

「ああ。じゃぁ、一緒に帰るか」

「うん。途中でコンビニ寄っていい? 今日からスイカバー打ってるって由利が言ってたんだ」

「ああ」

 守谷は栗色に染めた髪を一つに束ねていたが、彼女の動きに合わせてその房が動く。

 ちょうど守谷の後ろから夕陽が差しているのだろう、小柄な彼女の影は廉太郎の足元まで大きく伸びていた。

 廉太郎が守谷のポニーテールあたりの影を踏んだとき、妙な感触がした。

 地面の下から持ち上げられるような。

「何だ?……ああ。これか」

 廉太郎はバランスをとりながら盛り上がっていく地面の上に立つと、先ほど拾い上げた端末からカメラアプリを起動させる。

「あらら。廉君乗っかってるねー」

「ああ」

 ちらりと声がする方を見ると、5メートルほど下の方に守谷の顔が見える。

 廉太郎は自分の足元をカメラに収め、司令部への送信ボタンを押した。

「侵入確認お願いします」

「……受領しました。……確認しました。侵入者です。警報を発令します」




「警報発令。警報発令。外縁部に進入確認。侵入警報が発令されました。住民の方はお近くのシェルターに避難してください。繰り返します。侵入警報が発令されました。住民の方はお近くのシェルターに避難してください」




 すぐに近くのスピーカーからいつもの警報が流れてくる。

「これってさ、寮の掃除の時の音楽と一緒だよね」

 確かに、寮の一斉清掃日にはこの音楽が流れている。曲名を教えてやろうとしたが、その前に守谷が口を開いた。 

「……このあたりは人気がないみたい」

シェルターを確認してみても、ここより1キロほど先に1つだけ、3番シェルターがあるだけだ。もともとこのあたりは人が住んでいない地域なのだろう。

「……ま、ラッキーだねー。こちら外縁部守谷です。オフェンスに入ります。ロスト準備お願いします」

「こちら、外縁部神山。オフェンスに入ります。ロスト準備」

「了解。2名送ります」

 電子音を聞きながら、両手を尻の方へあてて武器を確認した。特殊警棒の柄の部分のようなものと拳銃。どちらも引き抜き、すぐに警棒の方に対侵入者用の硬化ブレードをインストールする。

 柄の先には薄い刃が出現した。

「おお。まるでスターウォーズだね」

 自分でもそう思っていたが、なんとなく気恥ずかしくて返事をしなかった。

 とりあえず、ちょうど頭の上に乗っているのだからと、上からブレードを差してみることにした。しかし、ブスリと刺さりはするのだが、奥まで差しこむことができない。

「頭は固いってホントなんだね。なんだっけ、弱い力なら隙間に入れるんだっけ」

「ああ。この場所からじゃたいした勢いも付けられないからな……守谷の方が適任か」

 守谷の武器はショットガンだ。彼女の方が射程範囲が広い。

「俺がある程度牽制する」

「りょうかーい」

 守谷の返事を聞き、廉太郎は侵入者の頭の上で踵を打ち付け、ブースターを発動させた。いらだった様子で手を振り上げてきたのを感じ、そのままそれの身体の部分を走り降りる。ブーツの裏の刃がそいつの表面をいくらか削り取り、ブーツに付着したようだったが、すぐに霧散した。

 廉太郎はゴーグルをかけ、両側から迫る腕をしゃがんでかわしてから、腕の隙間、相手の腹のほうへと斜面を蹴った。一度身体を縮めて下腹部あたりを蹴り、さらに飛び上がって胸のあたりに拳銃で何発かを打ち込む。後ろからの気配には気がついたが、そこはブレイドを後ろ側に差してやると、あっけなく手を引いた。

 着地して斜面を転がる。

 すぐに体制を立て直し、反対側に転がった。

 廉太郎を追って奴の腕が地面に伸び、上体が屈んでいった。

 車道では守谷がショットガンを構え屈んだ相手の眉間を打ち抜くのが見えた。

「装着を確認しました。カウントダウンを開始します。回避してください」

 機械音が聞こえたので、廉太郎は素早く身を起して斜面を滑り降りた。

 しかし、次の瞬間、首の後ろを何かが通った。目の端を奴の手が鞭のようにしなって行くのを感じた。そして上体が浮くと、そのままの勢いで引っ張られる。ジャケットの襟が廉太郎の首を締め付けた。視界の隅にガードレールと守谷が見え、ものすごい勢いで守谷が近づいた。

 足に衝撃が来たところで廉太郎の視界は一瞬真っ赤になってから、真っ暗になった。

「3.2.1.『ぜぇぇぇろぉぉぉ』」

 その音が、電子音だったのか、風の通った音だったのか、それとも奴に鳴き声というものがあったのか。廉太郎に確認する術はなかった。




 奴は粉々になった。

 爆発とともに、二つの影が一つになってガードレールに当たってから二転三転して斜面に落ちた。

 少女の腹には少年の右脚がめり込んでおり、少女はぽかりと開いた口から赤い袋のようなもの手のひらほどはみ出させたまま、小さく痙攣を繰り返す。その右手はガードレールにそぎ取られていた。少年は右膝から下を少女の腹に押し込んだ状態だったが、その身体は右足とは全く違う方向にねじ曲がり、うつぶせのまま動かなかった。少年のズボンの股の部分はぐっしょりと濡れている。

 少女の痙攣が終わるころ、二つの影が彼らを見つけた。



「ID210守谷順子の死亡を確認しました。ID128神山廉太郎の死亡を……ん。生きてるな。訂正、ロストは守谷だけです」

「了解」

 通信を切り、影が廉太郎の肩をたたいた。

「……おい。大丈夫……じゃ、ないか。ちょっと洋太手伝って」

「右足、切断した方が早くね?」

「何か切るもの持ってんの?」

 あ、そうか、といって洋太が首を振ると静も苦笑した。二人とも刃物の類を持っていない。

「んじゃ、めり込んだの引っこ抜くしかないか」

「だな。って……突き抜けては、居ないか。仕方ない。廉太郎の上半身、押さえてて」

 静は守谷の死体を足で固定すると、斜面に尻を付ける形で廉太郎の脚を引っ張った。靴の先に何かをくっつけたまま、廉太郎の脚が守谷から離れる。

 二人がかりで廉太郎を仰向けにすると、ジャケットの首を緩めた。

「あー。手が入ってたからか。ちょっとは空気が通ってたんだね」

「でも、失禁してるってことは……弛緩してるんだろ。すぐに全停止になるんじゃない?」

「かもね。首の骨ももしかしたら折れてるかも知れないし。ま、後は保健委員に任せましょ」

 静がそう言うと、洋太も首をすくめた。

 すぐに車道には車が止まり、中から担架を持った人が数人で斜面を降りてくる。

「こっちロスト、こっちは今のところ生きてる」

「聞きました。順ちゃんを運ぶのにもう一台来ます」

 保健委員は守谷と知り合いのようだった。

静と洋太はちらりと顔を見合わせて、静の方が手を挙げた。

「んじゃ、俺ら、もう一台来るまで待ってますよ」

「そのように伝えておきます」

 廉太郎はその会話のうちに担架に乗せられて、白い車で運ばれていった。

「あ……やべ、俺、守谷に金借りたまんまだわ」

 洋太がそう言うと、静はあたりを見渡し、斜面に転がる赤いリュックを見つけると指差した。

「あれ、守谷のじゃん。なんか、でっかいクマっぽいの付けてたやつ。財布入ってんじゃない? 返しとけよ」

「そだな」

 そう言って洋太はリュックの方へと斜面を下りて行った。

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