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辺境警備(仮)  作者: 夏目 晶
2/3

3月13日 ID 321 久我山 航太 (ロスト) ID 322 久我山 洋太


「いいわよ」

 きゅっとつりあがった目じりに、ほくろが一つ。まつ毛は長いわけではないが、瞳を縁取る密度が濃い。

「あ、ああ。ありがとう」

「じゃぁ、明後日の9時ね」

 藤野は航太よりも3つ年上で、3つ先輩の隊員だ。

 特に美人というわけでも、特にスタイルが良いわけでもないが、最初から航太は藤野のことが気になっていた。

 正直にいえば、



 マジ、あのほくろ、色っぽい



 ということである。

「お前、明日死ぬな」

「いや、今日だね。自ら死亡フラグ立てたわ、これ」

「即死を祈るよ」

 同僚たちがわざとらしく肩を叩いて去っていく。

 何とでも言え。死亡フラグがなんだ。誘ってオッケー貰えたんだ。うれしくて当然だろ。

 航太は去り損ねた同僚のほほをつねった。

「とか言う静ちゃんはさ、昨日だいぶと遅いお帰りだったみたいだけど? 裏口の鍵、閉め忘れてやったの俺だからね」

「え? そうなの。あらやだ、航太君やっさしーい」

 静はわざとらしく身体をくねらせて、しなを作る。明るい色の髪がその度にふわふわとなびいた。

「俺の幸せに水を差すな」

「はーい」

 静は良い返事を返した。

「そうだよ。航太に即死されたら困るの。今日は俺と流星群見るって約束したんだから。どっちがたくさんカウントできるかで、来月の寮費がかかってんのよ!?」

「いや、お前は遅い上に、発言ずれてるからな。しかも俺の無事を祈れよそこは。弟だろ」

「弟って行っても数分じゃん。出口のところのタッチの差じゃん」

 だらしない立ち姿で、口の中にナポリタン入りのコッペパンをねじ込もうとしながら、洋太が言う。

「そんな、100メートル走みたいな出産あるかっての」

 同じ黒髪で、同じ目線の洋太の頭を軽く叩きながら、航太は近くの商品棚を見た。

 隊内にあるコンビニのような店の前で、先輩隊員の藤野を見かけて声をかけた。いいチャンスだと食事に誘ったら、結構あっさりオッケーされた。それだけで航太は幸せだった。

「俺、プリン買お」

 航太はお気に入りの、昔からある安いプリンを購入してビニール袋をぶら下げる。

「航太は機嫌がいいと、いっつもプリンだね」

「いっつも肉のお前に言われたくない」

「はは。じゃぁ、二人の誕生日は肉とプリン?」

 静の問いに双子は一瞬顔を見合わせてから、こっくりとうなずいた。

「あらら」

 静がなんとも微笑ましいものを見るような笑顔を見せるのに、二人は揃って表情を険しくさせ、左右から同時に静の頭を叩いたのだった。

 スクーターで帰るという静と別れてから、二人は寮のある島の南側に向かうバスを待つため、基地から少々離れたバス停に向かっていた。彼らが住む地区を通るバスは一日に4本しかなく、そのため司令部に用事があるときは、航太も洋太もスクーターを利用するのが常だった。とは言え、二人揃って呼び出されることはめったにないため、スクーターは久我山兄弟で1台しか所有していない。

 そして、今日は二人ともが司令部の研修日だったため、どちらがスクーターを使うかで揉めた挙句、二人ともバスを使うことで決着したのだった。

 時刻は21時30分。バスに乗って30分で近所のコンビニの前で降り、ビールとつまみを買ってアパートの屋上で流星群のカウント。これが今日の予定だ。流星群は23時過ぎにピークになると、今朝のニュースで確認済み。

「そういや、あのDVD入荷してたぞ。ゾンビの奴。借りといたけど観る?」

 航太が、思い出したようにそう言った。かばんをあさり、中から本部内にあるレンタルビデオショップの袋を引っ張り出す。

「観る。観る。これ面白いんだよね。ゾンビと高校生のバトル」

「……そうか? あんまりそそられないけど」

「いや、絶対お前もはまる。断言する。ハーゲンダッツをかけてもいい」

 そこまで言うならそうなのかもしれない。生まれた時から一緒に居ると、好みも大体把握できてしまうものだ。

「んじゃ、流星群カウント終わったら、俺も観るよ」

 洋太の嬉しそうな顔に、なんだか航太も意味もなく笑ってしまった。



「警報発令。警報発令。外縁部に進入確認。侵入警報が発令されました。住民の方はお近くのシェルターに避難してください。繰り返します。侵入警報が発令されました。住民の方はお近くのシェルターに避難してください」



「「うわ。めんどくさっ」」

 二人は同時に同じ声を挙げた。

 端末を引っ張り出すと「俺シェルター」「んじゃ、俺民間人」と言って二人で情報検索を手分けする。

「18番が一番近いね」

 航太はそう言って画面を切る。

「今回は山越えだね。……逃げ遅れは……とりあえずでなさそうだけど……この人は透明クリアか。うーん、こっちは警報に気づいてなさそうだな……逃げてる人は、とりあえずどっかのシェルターに入れそう」

「その、気づいてないってのは?」

「……うーん。どうなのかな。もしかしたら」

 洋太がそう言って端末を航太に見せた。

「こっちの斜面に居るんだよね。奴が直進したら見つかりそう。……もしかしたら流星群待ちで、寝ちゃってるとか?」

「……マジか」

 洋太も乾いた笑いを口に乗せた。

「「めんどくせっ」」

 二人は荷物をバス停のベンチにおいてロックをかけた。

「こちら、南中央。久我山ツイン。一名チェックに入ります」

「了解」

 二人はほぼ同時に踵を鳴らしてブースターを発動させると、一気に走りだす。

 通常の人の走行速度よりは1,5倍から2倍ほどの速度を出すことのできるブースターだが、二人が目的の場所に着いたころには、2分以上のチャージが必要な状態になっていた。

「上りは補助アシスト無しってことね」

「仕方ない。行こう」

 口をとがらせる洋太の肩を、航太が軽く叩く。

 二人はゴーグルをかけて位置を確認すると、無言で斜面を登り始めた。

 すぐに赤いテントが見えてくる。

「こんばんは」

 航太がテントを開けると、女性が一人困惑した表情で座っていた。

「警報が鳴ったとラジオで聞いたのですが、発令から3分も経っていたので」

「聞こえませんでしたか?」

 女性は頷いた。

「スピーカー故障してるのかな」

「じゃぁ、俺はスピーカー見てくる」

 航太はそう言って今来た道の方を指差した。

「おっけ。俺は……ここからなら20番の方が近いから、送ってくる」

「こちら久我山ツイン。航太が機材チェック、洋太が20番までアテンドに入ります」

「了解」



 航太はさっきまでブースター付きで走っていた道路を、今度はランニングの要領で走り出した。確かここに来る途中に一つスピーカーがあったはずだ。

 街灯にくくりつけられる形で古びたスピーカーを見た気がする。

 念のためゴーグルで斜面を見渡してみるが、生体反応も、侵入反応もない。

 何本かの街灯を越すと、スピーカーが目に入った。

「……古いもんな。取り変えたらいいんじゃないかなぁ」

 一人ごちて端末で写真をとる。小さな電子音が響いた。

「こちら久我山兄。機材調整要請の写真を送ります」

「……受領しました」

「うし。これでいいか。先にバス停に……っ」

 下の斜面を見て、目を見開く。とっさに後ずさって一撃をかわせたのは奇跡に近かった。

「っと。あら……ええと、こちら久我山兄。……オフェンス。ロスト準備」

「了解」

 耳元の電子音を確認し、あわてて踵を鳴らした。一気に電柱を登ってボロボロのスピーカーを踏みつけて空中に飛び上がった。腰から小銃をとりだし数発連続で打ちながら、反対の手でショットガンに対侵入者用の硬質弾をインストールする。

 相手がむやみに弾を防ごうと手をバタバタさせているのを確認し、その隙間。頭部に当たる場所に向かってショットガンを構えた。踏切が甘かったのか、スピーカーの強度が足りなかったか、予想よりも早く落下が始まっているが、なんとか標的を捉えて引き金を引く。

 と同時に相手も航太に向かって突進してきた。

 ショットガンと相手の距離はほとんどなく、引き金を引くのと着弾はほぼ同時。

「装着を確認しました。カウントダウンを開始します。回避してください」

 電子音を最後まで確認する前に、航太は奴の頭突きを食らう羽目になった。



 洋太は手のひらで地面を撫でた。

 赤黒い線がまっすぐに伸びて、線の先には何かが転がっている。

「……航太、か」

 ゴーグルを外し、ゆっくりと歩み寄る。道の先には航太が倒れていた。途中で落ちていた左の足首を拾い、こんなに暗い道で、拾ってくれと言わんばかりに街頭の光を反射する腕時計を拾った。ベルトは壊れてしまったが、文字盤と機能は生きているようだ。11時を少し回った時間を刻んでいる。

「おつかれ」

「ああ……」

 横たわったまま航太がわずかに笑った。

 洋太は傍らに膝をつき、割れた航太のゴーグルを外してやる。

「流星群に間に合ったな」

「ん……」

 空にはたくさんの星が流れていた。

「寒みいだろ。着てろよ」

 そう言って洋太は航太に自分のジャケットをかけた。航太の頭部からは白っぽい塊が飛びだしており、出血はバス停の排水溝に流れ込んでいた。頭部はいまだに出血を続けている。背面をほどんと削られてしまったのだろう、航太の身体は普段より厚みを失っていた。ショックで即死していてもおかしくない。

 でも、約束したから。律義な航太は洋太が来るのを待っていたのだと思った。

わずかに開いた口元からも血が流れていたので、袖口でぬぐってやると、くすぐったそうに顔をしかめる。

「俺が借りたDVD、返しておいてね」

「うん」

「ちゃんと観てから返せよ」

「うん」

「買ったプリンも食っておいてね」

「うん」

 流れ星が一つ空を通った。

「これ……俺がもらってもいい?」

 航太の目に映るように腕時計を見せる。

「壊れてない? 使えるならいいよ」

「……ベルトだけ交換する」

 さらにもう一つ星が流れた。

「願い事とか、してみる?」

 洋太の声に、航太は少し不満げに、でも「いいよ」と返してくれる。

 じっと空を見てると、大きな星が流れた。

 洋太はそれを見送ってから、航太の方を見る。

「見えた。俺は、祈ったぞ?」

 いつものように、口の端を持ち上げるようにして航太が言う。

「俺も。次もまた、航太と兄弟で居られるようにって」

 航太も笑った。

「あー。死にたくねぇな」

 そう言う航太の目は、ぼんやりと空を見上げてる。

「DVD観てねぇし、ゲームもいいとこだし、藤野さんとご飯に行く約束取り付けたのに……でも、ま。次も、洋太と一緒なら……いいか」

「だろ?」

「……二人分、同じ願いなら……」

「かなうっしょ。二倍だもん」

 ふと沈黙が落ち、隣から航太の気配が消えたのがわかった。光彩が反応しなくなった航太の目を見てから、そっと瞼を手のひらで閉じる。洋太はもう一度空を見上げた。

 流れ星は航太の死を見届けたかのようにどんどんと少なくなっていく。

「お疲れ」

 耳の中で航太の声がした気がした。





「こちら久我山。ID321 久我山航太、ロストを確認しました」

「了解」


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