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辺境警備(仮)  作者: 夏目 晶
1/3

5月5日 ID 47 与野森静 (ロスト)


 この世は、慌ただしく美しい。



 空の青さと、木々のみずみずしい緑は、白の一線を加えられて完璧な絵画のような美しさを放っていた。

 飛行機雲の先には小さな点となった飛行機が見える。

 雲の形からいえって、星間船スターシップではなく、基地船ベースラインだろう。

「ねぇ、しずかちゃん。スターシップに乗った? 乗ってきたの?」

「いや、シップには乗ってないよ。おれは小型船シューター移動だったからね。ここに来る前はブライトっていう衛生基地にいたんだ」

 与野森静よのもりしずかは、朗らかにそう言うとリールを巻いた。

 歯車が回る心地よい振動と、小さな音が波の音にまぎれていく。

「お、なんかいるかもよ。釣れてるかもよ」

「えー。そう言っていつも静ちゃん坊主じゃん。釣れても長靴とかじゃん」

「あと、地球―」

「おれ、知ってる。それって『ねかがり』っていうんだぜ。父ちゃんが言ってた」

 静は苦笑した。多分『根がかり』のことだろうが、それを指摘してやるには「地球釣り」の異名が悔しすぎた。

 釣竿を伝って振動が来る。引きが大きいところを見ると、大物か。

「今日は釣れてるよ。釣ったの焼いて昼飯にしよう!」

「しよう!」

 周りに集まっていた子どもたちが、静の履いているモスグリーンのカーゴパンツを掴んで「がんばれー」と声を上げる。

 水面に魚影が浮かび、さらにリールを巻いていくと、左右に身体をくねらせて暴れまわる魚が釣りあげられた。

「……タイね」

「うん。鯛だね」

「小さいね」

 防波堤に引き上げられた鯛は静の掌くらいしかない。

 鯛は引きが強いというが、こんなに小さな鯛でもこれほどとは。

 静は妙に感心しながら苦心して針を外していた。その時。



「警報発令。警報発令。外縁部に進入確認。侵入警報が発令されました。住民の方はお近くのシェルターに避難してください。繰り返します。侵入警報が発令されました。住民の方はお近くのシェルターに避難してください」



「ありゃ」

 電柱にくくりつけられた古いスピーカーから、のどかな音楽とともにそんなアナウンスが流れた。

「んじゃ、行こうか」

「えー。もう終わりなのー」

「もう、おわりー?」

 子供たちが口をとがらせる。無理もない、こんなに良い天気なのだから。

「警報解除までの辛抱だよ。終わったら、続き、ね」

 静は子供たちに竿や釣り道具を分散させて持たせる。さっき釣った小さな鯛もバケツに海水を汲んで入れてやった。

「早く解除にならないかなー」

「ねー」

 シェルターは各所に設置されているので、静は一番近くのシェルターを端末で確認し、子供たちを連れて海岸沿いを歩きだした。

 シェルターに着くと、子供たちは入口に靴を脱ぎ捨てて釣竿を立てかけると、シェルター内に設置されたモニターに流れるアニメ映像に群がる。薫という名の少女だけが、水をこぼさないように慎重に靴を脱ぎ、シェルター内に入っていく。

「では、よろしくお願いします」

 静は小さな声でそう言った。

「はい。お気をつけて。ご部運を」

 入口を開けてくれた中年女性に頭を下げ、扉を閉める。

 カーゴパンツと同色のジャケットを羽織り、胸ポケットから端末を取り出して確認すると、小さな青い点が二つ、こちらに移動してきているのがわかる。どうやらまだシェルターにたどり着いていない民間人がいるようだ。

「こちら、外縁地域、与野森です。二名チェックに向かいます」

「了解」

 短くやり取りをして、静は走り出した。近くに神社がある。おそらく上のシェルターが閉まってしまったのだろう。ということは侵入体は上の方に居るはずだ。二人を連れて下のシェルターに入れてあげなくては。

 静は神社の石段を駆け上がりながら、ベルトの装備を確認した。ブレイドはちゃんと硬化バージョンを装備しているし、一応光学銃もある。

 右手にブレイドと呼ばれる特殊合金でできたトンファー型の刃物を持ち、静はゴーグルをつけた。生体反応は静の左手に、侵入体反応は静の正面に出ている。

「近いな」

 静は石段を登り切り、弾む息のままに生体反応側に足を進めた。

 はたして二人の影が見える。

 中学生くらいの少年と、小学校に上がるかどうかといったくらいの少年だ。

 学校で習うとおり、いざという時には建物の中か影に隠れ、息をひそめているという避難体制をまもり、今は木の陰でじっとしていた。

 静はそっと二人に近付くと声をかけた。

「へ、兵隊さん」

 震える声で少年がそう言って静を見上げる。

「もう大丈夫だよ。後ろを見ずに石段を降りなさい。降りて右側に行くとシェルターがあるから」

 ゴーグルを軽く持ち上げて笑いかけると、二人はほっとした表情で頷いた。

 兄だろうか、年上の少年が小さな少年を連れて石段を下りていく。

 それを追いかけるように靄が出てきた。

「おし、んじゃ、いっちょ退治しますか」

 静はもう一度ゴーグルをつけた。

「こちら与野森静。チェック終了。セルフで6番シェルターに向かいました。ピックお願いします。こちらはオフェンスに入ります。ロスト準備」

「了解。2名送ります」

「了解」

 静はそっと笑った。大丈夫、相手は一体だ。

 踵を鳴らし、ブースターを発動させると、飛び出した。一気に加速して靄の中を進む。壁のような緑色の物体に向かって行くと、壁にぶつかる直前で踏み切ってその壁に足をつける。靴の裏に着いた刃物が壁につきささり、静は大きく数歩壁を登る形になった。そしてそのまま神社の屋根に一度着地すると、さらに数歩駆け上り、右手に持っていた刃物を回転させて叩きこむ。

 深く突き刺さったブレイドは奴の正面真ん中にきれいに突き刺さっていた。

「緑は緑でも、これは美しくないな」

「装着を確認しました。カウントダウンを開始します。回避してください」

 耳元で機械的な声がする。

「良かった」

良い位置に刺さった。と神社の屋根に落下しながらそう思った瞬間、静の身体は神社の社屋とともに横殴りに吹っ飛ばされた。

アレの振り回した腕に振り払われたのだ。

 静の身体は茂った木々の葉を散らしながら飛ばされて、斜面をごろごろと転がり落ち、最後は数メートル下の舗装道路に投げ出された。


 青空は美しく、緑はみずみずしく、空には一本の飛行機雲が薄れていた。

 小さな破壊音がし、緑色の何かははじけ飛んだ。飛び散った緑色の物体は、あっという間に小さな粒子となって消えていく。



「ID47 与野森静の死亡を確認しました」

 深緑色の二つの影が、路上に放り出された静の傍に立っていた。

 静の身体は何とか背骨で上半身と下半身がつながっている状態で、腹部が裂け、内臓をはみ出させたまま地面に染みを作っていた。手足もおかしな方向に折れ曲がっている。

 しかし、一番は頭部だろう。肩口から頭部にかけてはおよそ半分。衝撃に耐えきれずにその段階でつぶれてしまったのだと考えられた。

「了解」

 指令室では、当直の士官が静のファイルを「ロスト」のフォルダーに入れた。




「静ちゃん、遅いなー。どこに行ったんだろ」

「ホント。おれ、さっき静ちゃんより大きなタイ釣ったから、見せてやろうと思ったのに」

 防波堤の上では、小さな子供たちが釣り竿を垂らしていた。

 一人だけ、少女はバケツに入った魚を見つめている。その首には、壊れたゴーグルがかかっていた。

「なぁ、薫。そのゴーグルどこで見つけたんだ?」

「……神社。さっき行ったら階段の横に落ちてたの」

「でも、壊れてんじゃん、それ。あっ! 俺も探しに行こ! 俺なら壊れてない奴、みつけられっかもしんねぇし」

「あ、じゃぁ俺も!」

 そう言いあいながら、子どもたちは釣竿を置いて駆け出していく。

 一人残された少女は、青く抜けた空を見上げていた。


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