それは、恋のはじまりの音だった。
「空」「鈴」「田舎」3つのお題を使ってお話を書くという企画で作ったお話です。2人の会話ににやにやしてください(笑)
リンリンリン リンリンリン リンリン
ーーどこからか鈴の音が聞こえる。
うたた寝から目を覚ました俺は、草原に寝転がったままその音に耳を澄ましていた。
ぽかぽかしていて、気持ちがいい陽射し。
どこまでも広がる青い空。
そして、小さな空色の花がひっそりと咲いている広々とした草原には、ところどころ黄色い花ーたんぽぽも咲いている。
少しだけ冷たい風は、春の匂いを連れて俺の鼻腔をくすぐった……
ただ寝転んでいるだけなのに心の中まで開放されるように気持ちが良くて、起き上がる気になんてなれなかった。
けれど
ーーリンリンリン リンリンリン リンリンッ
だんだん速度を上げて近づく鈴の音。
それと同時に草原を掻き分ける音。
一体なんの音だろう。不思議に思いやっと上半身を起こした時ーーー
「いってぇーーーーー!!」
バコっと柔らかいものが俺の顔にメガヒットした。
突然痛みが走った顔をおもわず手で覆った後、あたりを見渡す。
俺にぶつかった張本人は、ぶつかった反動で草原に倒れ込んだ後、すくっと起き上がってまたリンリンリンリンと鈴を鳴らしながら駆けて行ってしまった。
…………猫。音の主は猫だった。
俺は少し不思議に思った。山の中にある田舎のここらでは、鈴を付けた猫なんてあまり見かけない。
ましてやあんな、ブルーの毛並みのキレイな猫なんて、ここらでは見かけたことがなかった。
しばらく不思議に思ったが、相変わらず太陽はぽかぽかと心地いい陽射しを送り続けていて、そんなことはどうでもよくなってきた俺は、また草原に寝転がってうたた寝の続きをしはじめた。
ーーー
ーーーーー
「碧ーー……碧ーーー……」
半分残った意識の向こう側から、女の子の声がする。
「碧ーー!碧ってばぁー」
少し甘くて可愛い声。だんだん近付いているのはわかったが、如何せん二度目のうたた寝の最中。すぐに起き上がる気になんてなれず……
俺が上半身を起こした時には
ドテッーーーっという音をたてて、俺の足につまづいて女の子が倒れた。
両腕をバンザイするように、まるでマンガのワンシーンの様に彼女は全身で草原に倒れ込んだ。白いフレアスカートが台無しだ。
「いったぁーーいっ。なに?なんなのよ……」
しばらく倒れ込んでから、ボヤきながら彼女は上半身を起こして草原にへにゃっと座り込んだ。
「…………だれ?」
バタンとコケたせいなのか、少しぼんやりとした表情の彼女は、乱れた長い髪を直しもせずに、顔だけこちらに向けてそう聞いてきた。
少し小柄で色白な華奢な身体。年齢は……多分15.6といったところか。
「いや、お前こそ、だれ?見かけねー顔だけど」
ここらは小さな田舎の村だから、だいたい住んでいる人の顔は知っている。ましてや同い年くらいの子ならなおさらだ。
「あ……私、昨日引っ越してきたの。それで……飼い猫がいなくなってしまって……。ねぇ、猫見なかった?」
「あ?あぁ、あの猫おまえのだったんだな。さっきここを通って行ったけど、どっか走って逃げちまったぞ」
「え、うそ……」
少し悲しそうな顔をした彼女は
「……あ、一緒に探してやろーか?」
「うん!」
俺の言葉に嬉しそうな顔になった。
そうして俺達は一緒に猫探しをすることになった。
けれど、だだっ広い田舎。どこを探したらいいのか検討もつかない。
ひたすら草原の中を歩き回り、だんだん猫探しも疲れてきた頃、
ーーリンーー
かすかにまた鈴の音が聞こえた。
空耳のような気もしたけれど、俺は彼女を連れて音のする方へと向かった。
草原を抜けて、木々の間を歩く。
「……なぁ、そーいやお前、名前は?」
「え?澪だよ。」
「ふーん。どっちが猫かわかんねー名前だな。」
「アオとお揃いみたいで、可愛いーでしょ?」
「お前それ、自分で言うかー?」
「えへへぇー」
少し舌をぺろっと出しながら得意げな、けれど柔らかい笑顔を見せる澪。正直少し、可愛いなって思った。
「ねぇ、あんたの名前は?」
「あ?教えなーい」
「あー!ずるぅーい!なんでよぉー」
少し頬を膨らませてすねる澪は
「そんなに知りたい?」
「う、うん。」
俺の問いかけに、少し悔しそうに、けれど“教えてよ”と目で訴えてきた。
「蒼太だよ」
その言葉に今度は嬉しそうな顔をする。
そして
「そうた、かぁー」
そう微笑む彼女の声がすごくーー甘くて、ドキッとした。
「そうちゃん、そうちゃん」
「あ?なんだよ。ちゃん付けすんなよ」
「えーだめ?」
「だめ」
「んーじゃあ、何て呼んだらい?」
「あ?蒼太でいいよ」
「そうた?」
「なに?澪」
「……!なんでもないっ」
澪は赤い顔をして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
ーーだんだん猫探しなんてどーでもよくなってきた。
「なぁ、澪、澪、澪」
「な、なによっ」
「なんで顔が赤いわけー?」
「う、うるさいっ」
「うるさい?じゃあ、黙ってようか?」
「……それはそれで……やだ」
「澪、澪、澪、なぁ、蒼太って呼んでみ?」
「う、うるさいっ そう…たっ」
そっぽを向いたまま、耳まで赤くなってる澪。
あーヤバイ。俺、こんな趣味あったっけ?
こいつをからかうのがすげー面白い。
そう思った時ーーー
「あ!碧!」
木々の間を抜けた小川のほとり。木漏れ日の降り注ぐ陽だまりの中に、ブルーのキレイな毛並みの猫がいた。
………正直、まだ見つからなくてよかったのに。そんなことを思った。
「碧ー!探したんだよー」
そう安堵の表情を浮かべながら猫をぎゅっと抱きしめる澪。猫はすごく、クールだった。
その後、俺は澪とアオを家まで送った。
その別れ際。
「なぁ、澪、お前……明日もあの草原に来いよ」
「えーなんで?」
「な、……あーーじゃあいいよ」
「明日も私に、会いたくなっちゃった?」
「お、おまえ、それ、自分で言うかぁ?」
「えへへぇーー」
澪はまた、ぺろっと舌を出して笑った後
「そーーうちゃんっ、ね、明日も草原で待ってるねーー」
イタズラな顔で はにかみながら、そう言った。
「おまえーちゃん付けすんなよー。まーいい。明日は絶対蒼太って呼ばせてやるからっ」
「あははっじゃあ、また明日ね」
「おう、また明日な」
そう、笑いあって別れた。
リンリンリンリンリンーーー
鈴の音は、彼女との出会いの音だった。
ハニカム彼女は、今
俺の隣ーーー
おわり。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
作中に出て来た猫は、ロシアンブルーという猫をモデルにしています。
お題の空から、青いものを意識して書いてみました。
感想や評価などいただけたら嬉しいです(^^)
心花