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俺と彼女とあの日の約束(改稿版)  作者: 七星煙
序章~出会い~
2/3

2話

少女と出会ったその日の夜。燦は久しぶりに夢を見る。

それは、過ぎ去った遠い過去の出来事で――……


 俺は、少女に手を引かれ走り回る。 

 向日葵が辺り一面を覆い尽くすその様は、照らす夕陽も相まってまるで金色の絨毯を思わせた。香る花の匂いに酔いそうになりながら、俺は手を引かれるままに彼女を追う。やがて俺たちは、開けた場所に出る。


「すげぇ……」


 思わずそんな言葉が零れる。

 円形に開けたその場所から見える景色は、360度全てを金色の向日葵が覆い尽くしていた。沈み始める太陽の光を受けて輝く黄金の花畑は、まるで御伽噺の世界の光景と見紛う程に鮮烈であり、けれど優しい世界。子供ながらに、俺はその光景に魅入っていた。


「ねぇ、『アキラ』」


 少女が俺を呼ぶ。その声に振り向き――今度こそ、言葉を失った。

 落ちる夕陽を背に立つ、向日葵よりも尚美しい金色の髪の少女。呆ける俺をよそに、彼女はやわらかな笑みを浮かべた。


「約束して。いつか、いつかきっと――――」


 この光景を、俺は生涯忘れることはないだろう。

 この時の俺は、確かにそう思っていた――



「……夢、か」


 唐突に意識が浮上し、視界に見慣れた部屋の天井が映る。そして同時に理解した。先ほどの光景は夢だったのだと。のそりと上体を起こしたあきらは、薄れつつある先ほどの光景を思い起こす。

 アレは数年前、彼がまだずっと幼い頃に出会った少女との思い出、その一幕。あれから色々な事があった為に、また、彼女が外国に住んでいるという現実から、結局あの時以来彼女とは会っていない。

 彼の父は手紙でのやり取りこそ続けていたものの、ある時期を境にそれはなくなった。それ故、彼女と彼女の一家が今現在何処で何をしているのか。それすらも分からないのが現状だ。

 そもそも、こうして当時の出来事を夢として思い出すこと自体、片手で数えられるほどしかなかった。それ位、当時の出来事は彼の日常の中に埋もれていたのだ。


 しかし、随分とまた懐かしい記憶が夢として出てくるものだ。一通り記憶の整理がついた燦はそう思う。

 彼女の表情、声や仕草など今では殆ど薄れているし、フランスであったということ以外、あの場所がどこにあったかも正確にはもう覚えていない。当時、彼の父が件の友人とやり取りをしていた手紙の在り処も分かっていない彼に、あの少女の手掛かりを掴む事もほとんど不可能に近い。

 それが今になってこうして夢に出てきた。その原因があるとすればそれは――……


「昨日の女の子、だろうな……」


 記憶の中の少女と昨日出会った少女。

 明るく笑顔を振るまく彼女と泣き顔を浮かべる少女とでは、明らかに結びつかない。だというのに、昨日の少女に彼女を重ねて見てしまった。そんな自分がどこか女々しく感じ、軽く自己嫌悪。

 チラリと時計に目を向ける。時刻は5時半と、いつもより少し起きるのが早い。すっかり目が覚めてしまったので、二度寝をする気にもなれない。

 それでも特に眠気が残っているわけではないので、特に気にすることはない。それに、今日から始まる連休の忙しさを考えれば、多少早めに起きて仕込みを始めておいたほうがいいくらいだ。


 そう考えた燦は手早く着替えを始める。その頃にはもう、夢の中の少女の事はすっかり忘れてしまっていた。



 5月3日。ゴールデンウィークを向かえたこの日は、いつもより少しだけ客足が多いように感じる。

 といっても、元々この店――喫茶『aire de repos』は4人掛けのテーブル席が3つ、カウンター席が6つ程度の小さな店だ。

 燦の実家兼喫茶店である『aire de repos』は元々、彼の祖父が始めたものだ。彼の祖父は昔、友人たちと海外旅行に出掛け、そこでとある喫茶店に入った。

 当時、喫茶店に入った経験がなかった彼にとって、最初は日本ではなかなかお目にかかれない店内の雰囲気に肩身が狭い思いを感じていた。そんな燦の祖父の心情に気付かない友人たちは、楽しそうに話しながら料理を注文していく。

 場の雰囲気を壊すのも悪いと思った彼は、適当に腹に入れようとパスタと珈琲を注文した。因みに彼がこんな注文をしたのは、単に目に付いた商品だったからだ。

 そうして運ばれてきた珈琲に口をつけた瞬間、彼は目を見張った。


 日本の緑茶とはまた違う、深い苦味。けれどそれはしつこいものではなく、寧ろスッキリとした味わい深いものだった。香りも奥深く、スッと鼻を通っていく。これまでインスタントの珈琲すら口にしたことのなかった彼にとって、それは衝撃的な出会いだった。

 その後、日本に帰国した彼は、その喫茶店の味が忘れられず、珈琲や料理の良さ。そしてその味を追求すべく自ら喫茶店を開くことにしたのだ。

 因みに、当時喫茶店というもの自体が少なかった星群市では、開店当初こそ客入りが少なかったが、次第にその味が人気を呼び、星群市の隠れた名店的な存在になった。

 それから彼の息子である燦の父親に家業は継がれたのだが、とある理由によりマスターは再び祖父が務め、現在に至る。



「3番テーブル、上がりだ」


 決して大きくはないがよく通る厨房から届く祖父の声に、料理を届け終えたばかり燦はサッと店内に視線を巡らせる。

 母親は別の客の注文を取っているため、手が離せない状態だ。となると現状、手が空いているのは自分しかいない。


「了解!」


 静かな祖父の声とは対照的に声を張った燦は、客に一礼した後素早く厨房へと向かう。


「落とすなよ?」

「そんな事しねぇって」


 仏頂面のままにそう言った燦の祖父。短い髪はすっかり白くなっており、厳つい顔中に刻まれた皺と鋭い目つきを見ると、とても接客業をしているようには思えない。寧ろその筋の人間に見えてしまうほどだ。

 そんな祖父のギロリ、と擬音が付きそうな鋭い視線に、燦は苦笑で応える。

 確かに、店を手伝い始めた当初は皿やグラスを何度か割ってしまったが、それはもういい思い出と言えるほど昔の話だ。

 手早くトレーに料理とドリンクを載せた燦は、料理を待つ客の下へと向かう。

  

「すみません、お会計お願いします」

「はい、只今!」


 料理を運び、軽く説明をしたところで声がかかる。どうやら客が帰るらしい。目まぐるしく動く店内の状況に慌てることなく、燦はレジカウンターへと向かう。

 レジへ着くと、小学生くらいだろう男の子一人とその両親の家族がいた。母親がガイドブックらしき物を手にしている事から、恐らく観光客だろうと当たりをつけつつ会計を済ませる。


「有難う、美味しかったよ。それにしても、若いのに大変だね」


 朗らかな笑顔を浮かべる男性に対し、燦は苦笑しながら答える。


「有難う御座います。それと、お気遣い有難う御座います。ですがこの店は祖父の代から続いているので、楽しいと思うことはあっても、苦に思うことはありません」

「ほぅ……」


 燦の言葉は彼の本心からくるものであって、何も感心されるようなものではない。燦がこの店でこうして働いているのも、ただ家業だったからと言う訳ではない。他ならぬ彼自身がやりたいからやっている。燦はごく当たり前のようにそう思っている。

 燦の言葉が本心からくるものだと気付いたのだろう。男性は感心したような声を漏らす。

 そんな他愛のない会話をしながら、燦はチラリと男性の後ろにいる男性の家族を見る。男性の後ろには、子供と一緒にガイドブックを見ながら楽しそうに話している女性の姿があった。恐らくは男性の家族であり、彼らは休日を利用してこの星群市に観光に来たのだろう。


「もし観光で来られたのでしたら、新市街地の方へ行くといいですよ。レジャー施設はあちら側の方が多いですから」

「そうなのかい?」

「はい。もし手持ちのガイドブックで道が分からないようでしたら、店を出て左手に暫く進むと大通りに出ます。その道を今度は右に少し進むと直ぐに交番が見えますので、もし分からなければそちらで尋ねてみてください」

「態々すまないね。有難う」

「いえ、これも仕事ですので。それでは良い休日を」


 最後に、来店してくれた事への感謝を込めて見送る。扉が閉まり完全に店を出た事を確認したところで、素早く店内に視線を配る。昼時を少し過ぎた事もあってか、大分落ち着きを見せ始める店内に、燦は内心安堵する。

 だがまだまだ客はいるので気を抜く事は出来ない。兎に角今は出来る限り最高の接客を心がけるとしよう。


「すみませーん」

「はい、ただいま!」


 気持ちを新たに、燦は手を上げて自分を呼ぶ客の下へと向かっていった。



 

 時刻は18時20分。辺りが大分暗くなってきた頃、燦は店内で一人、後片付けをしていた。

 最後の客が帰ってから、既に20分ほどが経過している。喫茶『aire de repos』の営業時間は18時までとなっており、本日の売上金を持って祖父が自宅へと戻ったのがほんの10分前ほどのことだ。因みに燦の母は17時半頃に、本日の夕飯の準備と明日の材料の揃えるために一足先に店を出ている。


「ふぅ……」


 テーブルを全て拭き終えた燦は、何となく店内を見渡す。彼一人しかいない店内は、昼頃の忙しさとは打って変わって、客の楽しそうな話し声もなく、店内に流れるクラシックすらも止めている今、店内は痛いほどの静寂に包まれている。唯一聞こえてくるのは、壁に掛けられている時計が時を刻む針の音のみ。

 いつもの事とはいえ、どうにもこの感覚は慣れない。そう心の中で思う。

 この店内だけでなく、まるで世界で自分独りになってしまったかのような錯覚を覚えるのだ。尤も、そんな事があるはずもなく、それは真実、彼の錯覚にすぎない。


「中二病でもあるまいし……」


 ポツリと呟き、自分の考えたことが何だか無性に恥かしくなったのだろう。それを誤魔化す様にカリカリと頭を掻き、溜息を一つ。

 今日の営業は終了したが、それで彼の仕事が終わったわけではない。まだまだやることがある以上、ボサッとしている時間はない。

 気持ちを切り替えた燦はザッと店内を見渡し、先ずは店内の清掃から始めることに――


「はぁ~。今日も疲れた~!」


 ――しようとしたところで、扉に付けてある鐘が綺麗な音を鳴らし、それと同時に少女の声が聞こえてきた。疲れた、などという台詞とは裏腹に、その少女の声はどことなく楽しげに弾んだ印象を受ける。

しかもジャージ姿のその少女は、極当たり前の様に燦の隣を通り過ぎ、カウンター席の一つに座りグデッと突っ伏した。それどころか


「ねぇ~、何か飲み物出して~。あとデザートも残ってればヨロシク~」


 などと、ヒラヒラと手を振りながら図々しくのたまった。

 普通であれば、閉店の札をかけた店内に新たな客が入ってくるのはそうそうありえない。それが、店員の許可無く、更には何か飲み物を出せと催促してくるなど、最早常識を疑うレベルの行動だ。

 そんな少女を見た燦は、頭が痛いとでも言いたそうに右手で顔を覆う。


「……お前な。毎度の事とは言え、普通なら追い出されても文句は言えないんだが?」

「何よぅ。燦とボクの仲でしょ? ケチケチしないでよね~」

「ったく。……お疲れさん、茜」


 カラカラと笑い、言い訳にすらなっていない幼馴染の少女――飯塚茜の言葉に、燦は諦めたのか溜息を一つ吐いた。

 しかし心無しかその表情は、どこか楽しそうでもあった。


祖父は生真面目で堅物。更には仏頂面な人。

かなりの高齢であるにも関わらず、未だにぴんぴんとしている。

ちなみに燦の目つきの悪さなどは祖父からの遺伝であることは間違いなく、彼の性格はお祖父ちゃん子だった事が原因だろう。

と、いう設定があります。


ようやっと幼馴染その一が登場。これから少しの間、彼女にスポットが当たる予定です。

祖父と母の名前は今後ちゃんと出すつもりです。ちなみに今回出さなかったのは、幼馴染の名前が出来るだけ覚えやすくなってほしいという考えから、現時点でサブキャラの名前を出すのは得策ではないだろうと考えたからです。


決シテ名前ヲ考エテイナカッタワケデハアリマセンノコトヨ?(震え声


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