TANK
原案:蒼風さん すてきなアイディアありがとうございます!
ディスプレイに映っているのは一面の砂地。見あきたその風景に普段ならため息が出るところだが今日は別だった。少年は鼻歌交じりに操縦桿を握って目的地へと進む。
年のころなら十七、八。硬い黒髪は短く刈り込んである。汚れが目立つ服装はこの仕事ならではの出で立ちだ。
「ご機嫌だな、ジン」
少年……ジンしかいないはずのコクピットに、ジンのものではない声が響く。
しかし、ジンが驚く様子はなかった。
「あったりまえだろ。依頼は荷運び、そのわりに報酬は高いんだから」
「浮かれすぎるな。砂漠では」
「何が起こるかわからない、だろ。耳タコだぜ、ウォーム……って人工知能のくせにため息かよ」
「第二世代型だからな。初期型とは違う」
せっかく機嫌がいいのに水を差されたせいか、ジンの空色の目が不快そうに細められた。『人工知能のくせに』と呼ばれたウォームに体があれば、肩をすくめていたに違いない。
この星の大地は砂漠に包まれている。そんな過酷な状況下で人間が大地の覇者となりうるはずもなく、巨大な生物――モンスターこそが地上の王だ。強大な力を持つモンスターの前に人はあまりにも非力すぎた。しかし、人には知恵がある。自身に爪も牙もないのなら、爪や牙を作ればいい。
そうして彼らは兵器を作り出した。
足は強固な履帯。屈強な印象を持たせるボディにはいくつものミサイルポッド。そして巨大な砲身。動く砦さながらのその兵器は「タンク」と呼ばれている。タンクは人間の剣であり盾だ。そしてジンのような輩……なんでも屋にとっては商売道具であり、相棒でもある。
ジンが駆る『T‐LG4C』は比較的新しいタンクだが、その頭脳たるウォームは老成した性格だった。本人(?)曰く「若人を補佐しようとすればこうなるさ」とのことだが。学習し、擬似的にだが自我を確立する第二世代型人工知能。ジンはウォームがオヤジ臭いと思っているが、ウォームに言わせればジンのせいである。
「まあ、気持ちはわからんでもないがな。報酬が入ったら履帯のメンテを……む?」
「どうしたんだ?」
「なにか襲われている。索敵するぞ」
ウォームの言葉と同時にセンサー類があわただしく動き始める。それもほんの一秒ほど。すぐにディスプレイに画像が現れた。砂色のトカゲだ。脇に添えられた数字を見ると全長四〇メートルほどか。
「デザートリザード、だな。距離にして一三〇〇。我らが手助けせずとも勝てるようだが、加勢すれば向こうの損害が激減するだろうな。どうする」
「行くぜウォーム!」
判断を任せたのは形式的なもの。タンク乗りにとって同胞に加勢しないことなどありえない。すでにウォームは砲身の調整を終えていた。履帯の動きが速まり、目標地点が近づく。戦いの予感に高揚を抑えきれず、一度深呼吸をした
ウォームはすでに臨戦態勢のジンに呆れつつ、通信回線を開いた。
「こちらは登録番号T‐LG4C・ウォーム。これより援護に入る。応答を」
『こちら、登録番号T‐CG6S・レイヴン。援護に感謝する』
ウォームのそれに比べてやや硬質なトーン。外から見る限り新しい機体だが、第一世代型の人工知能をそのまま使っているのだろう。ジンの顔が引きつる。相手の登録番号に効きおぼえがあるようだ。
「げ、フェドのオッサンかよ。俺が交信しなくてよかったー」
『その声は第六ギルドのチビか』
スピーカーの向こうから中年男性と思しき声。『オッサン』呼ばわりされた男は憎々しげに『チビ』と返す。ジンは小柄と言うわけではないが、キャリアの浅さから(特に自分が属する第六ギルド以外の面々に)そう呼ばれることは多かった。
「と、とりあえず手助けするぜオッサン。こっちがかく乱に回る!」
操縦桿を握りなおす。ウォームがため息をつくが聞こえないふりだ。人工知能がため息をつくなと心の中で毒づいた。
アクセルを踏み込み、誘うように動き回る。ジンが右へ左へ機体を動かしつつ、ウォームは副砲から威嚇射撃を続けた。デザートリザードにはより動きの大きいものに反応する習性があるため、そこを利用するのがセオリーだ。比較的小型のウォームは囮役として何度もデザートリザード退治に参加したことがあった。
「レイヴン機、主砲の準備が整ったらこちらに信号を頼みます」
『おうよ。チビと違ってAIのほうは頼りになるじゃねえか』
「相棒が相棒ですから、学習しました」
「おいこらウォームにオッサン、アホぬかしてないで……」
操縦桿を倒し、機体が大きく角度を変える。同時に一言吼えた。
「とっとと準備しやがれ!」
急激なGがジンの体を襲う。シートベルトが肩に食い込むが構ってはいられない。ディスプレイに映る敵の姿と様々な数値からは目を離さないままにじりじりとその時を待つ。
『おし、準備OKだガキ。合図を頼む!』
「了解! ウォーム、いけるな?」
「問題ない。すでに照準は合わせてある」
機体の上部が展開し、砲身が姿を現す。何かが焦げるような音は砲身にエネルギーが回るときのものだ。引き離しすぎないようにディスプレイを見つめるジンの目にその兆候が映る。翻弄されて苛立ったデザートリザードが、その口を大きく開いた。
「ウォーム!」
『発射』
鋭い爆発音一つ。多数の弾丸を放つ音。二つの音は同じ標的――デザートリザードの口の中を穿つ。
一瞬の間。
脳漿をまき散らしながら巨体が崩れる。絶命してなお動く尾が生命力の強さを物語っていた。
「うし、完璧っと。オッサン、俺はこのへんで行くぜ。指定の時間もあるしな」
『戦利品はいいのか? 牙は無理だろうが、皮はほぼ無事だぞ』
「分解してたら遅刻しちまうからな。ウォームに冷たいモノでも奢ってくれりゃいい」
それだけ言ってジンは再び街へ向かう。
デザートリザードがすっかり見えなくなったころ、ウォームはあることに思い至った。
「ジン、先ほどフェド氏に言っていた話だが……」
「ああ、さっきレールガンぶっ放したろ? それにそろそろ冷却材を補充しなきゃならん時期だしな」
「……はあ」
「だから何で人工知能がため息つくんだよ」
後日、フェドのもとに一枚の請求書が送られた。払えないこともないが少々痛手と言うその微妙な金額の使途は冷却材だった。
この星の大地は砂漠に包まれている。そんな過酷な状況下で人間が大地の覇者となりうるはずもなく、巨大な生物――モンスターこそが地上の王だ。強大な力を持つモンスターの前に人はあまりにも非力すぎた。代わりに、人には知恵がある。自身に爪も牙もないのなら、爪や牙を作ればいい。そうやって彼らはたくましく、したたかに今日を生きていた。