第五章
祖父の通夜、葬儀は、実家近くの葬儀場で行われた。建築されたばかりのまだ新しい葬儀場で、会場は広く綺麗だった。全面ガラス張りの会場は冷房が効きにくく少し暑かったが、周囲の森林の緑が一望できて、見た目は何とも涼しげだった。
「爺ちゃんにしては少し立派過ぎるねえ」
と、喪服に身を包んだ母親が冗談混じりに言った。確かに長い間行方不明で放浪の生活を続けていた祖父が、このような立派な葬儀場で見送られる事になろうとは当時誰も想像しなかったに違いない。
因みにビビはこの日の午前中に、義久と義郎が動物病院に預けてきていた。弱ったビビを置いて病院を後にするのが兄弟には大層心苦しかったが、ビビの頭を撫でながら、頑張るんだよ、と慰めの言葉をかけ、何とか病院を後にした。
葬儀場で喪服姿の義久は、義郎と二人の従兄弟達と共に、受付付近で来場者に挨拶をしていた。近所に住む親戚やら、父母の友人やら、沢山の人々が参列した。殆どは義久と面識のある人だったが、義久は彼らと久しく会っていなかった。彼らは皆義久を見ると、例外無くこう言った。
「あら?義久君、大分雰囲気が変わったのね?」
それもそのはずで、義久の顔は今や昔の顔とは違うのである。瞼の脂肪は除去され、鼻にも伸びやかな筋が一本通っている。口元は引き締まり、頬には余分な肉がなく、顎の輪郭が明瞭に浮き出ていた。
「暫く見ないうちに変わったわねぇ」
義久はそんなご近所さん達の驚嘆に対して愛想笑いを浮かべ、
「そうですかねえ?」
等と言ってぺこぺこと頭を下げていた。義久は親戚、とりわけ父方の伯母が苦手であった。とにかく口数が多く、何かと辛辣な冗談を言うのである。義久はそんな人種を下世話な田舎者だと軽蔑していたが、それでも一言もまともな反撃をする事が出来ず、愛想笑いと会釈でその場を誤摩化すより手立てが無かった。
義久はそんな社交辞令的な挨拶の合間に、祖父の祭壇を一瞥した。そして人の死とは何であるかをぼんやりと考えた。義久は自分の、過去の死を思っていた。
(過去の俺はもう死んだんだなぁ)
しかし義久は感傷に浸る事無く、煙草などを吸いながら快活に葬式の準備を手伝っていた。父方の伯母は場もわきまえずにはしゃいだ声で、母に話しかけていた。
「裕子さん、ようやく解放されたわね」
母はこめかみを痙攣させながら、それでも作り笑いでやり過ごしていた。
やがて式が始まると、義久や義郎や、他の参列者達も一様に恭しく席に着いた。曹洞宗の若い大柄な坊主がやってくると、祭壇に一礼し、それから野太い声で読経を始めた。不思議と眠くならない読経であった。義久はそれを聞きながらただ呆然と祖父の死に思いを馳せていた。だがそれはまるで実感が湧いて来なかった。自分の過去の死を思う心情は明らかに高まってきているのに、祖父の死に関しては時を経るに従って次第に薄れていくのであった。
やがて読経が終わると、生前の映像を観賞するプログラムに移った。例の生前の祖父の写真をスラードショーにして、音楽付きで眺める催しである。写真は父母や叔母が選んだため、義久は事前に投影される写真を把握してはいなかった。そのため義久には一つの疑問が浮かんでいた。祖父の生前の写真は、まだ離婚する前の若かりし日の写真か、さもなくばごく最近の老いた写真か、いずれかしか残っていない筈であった。なぜならその間の失踪していた時代の写真など今更手に入れ得る筈も無かったからである。その間の写真がすっぽり抜け落ちてしまったまま時系列で写真を並べていけば、若者が急に老人になる様な違和感のある映像となってしまう事は明らかであった。ともかくも義久は薄暗がりの中、静かにその映像を観賞した。
ピアノの伴奏と共に、眼前のスクリーンが降ろされ、そこに祖父の写真が次々と映された。序盤では祖父の若かりし日の写真が映し出された。セピア色の世界で、祖父は祖母と共に木陰に寄り添い、はにかんだ笑顔で写っていた。また赤ん坊の頃の母を抱いていた。家族四人で出かけた家族旅行の写真もあった。余りに幸せそうで、その後一家を襲う悲劇などについては全く想像が及ばない程であった。何処か遠くを見つめて海辺を歩く祖父、船の甲板で煙草を吸う祖父。それらが行きつ戻りつゆっくりと映し出された。義久はそれらを長閑で良い写真だと思った。祖父にもこんな時期があったのかと思う度に、何となく安堵するのだった。
ところがそれらは突然終わった。代わりに祖父の全く写っていない写真が映り出した。その写真には義久や義郎や、彼らの父母、あるいは二人の娘を独立させた後の安逸な表情の祖母、叔母、叔父、二人の従兄弟達が寄り添って写っていた。夏休みを利用して、軽井沢や八ヶ岳で避暑をした時の写真であった。祖父に関係する人々の平和な一時を取り込む事で、時間の隙間を違和感のない様に埋めているのだった。だが実際祖父はそこに写っておらず、それと分かって見る者にとってはやはり不自然であった。
義久はそこで十代の頃のあどけない自分の顔をありありと見た。叔母の家に遊びに行った時、塩尻駅のプラットホームで祖母と撮った写真。軽井沢のペンションの前でテニスラケットを抱えて目をつぶっている写真。アウトレットモールのベンチに座り、缶のコーラを飲む写真。そうした幼い、無邪気な自分の顔が、祖父を弔う筈の映像に転々と映しだされ、改めて過去の自分の死を認識した。それはまるで自分を弔っているような心情だった。
(あの頃の俺はもう、あの写真のなかで無邪気に笑う俺はもう死んだのだ。普通に生活し、老いて、やがては遺影になる筈だった俺の顔は、あのとき忽然と姿を消したのだ。誰に看取られる事も無く、永遠にその未来を奪われたのだ…)
義久はじっとりと汗ばみながら俯き、喪服のズボンの上で固く拳を握りしめた。あのとき、こんな形で密かな自殺が遂行されていた事に、義久は今になって初めて気付き、身震いした。それは命の尊さ、死の重さに否応無く向き合わねばならなかったこの時の義久にとっては戦慄を催す程のおぞましさだった。
暫くすると家族の写真は終わり、晩年の祖父の写真が映り出した。老いてやせ細り、額や目尻に深い皺が刻み込まれた祖父はつい先ほどまで映し出されていた若い頃の面影を少しも残していなかった。やはりそれは別人だった。若い頃の祖父は誰も見ない間にひっそりと死んでしまったに違いないのだ。またそれを思うと、若い頃における祖父の不幸が、晩年の安息で決して帳消しにはならない事に思い至った。なぜなら彼らは違う人間同士なのだから。
すると義久は突然、病院に預けてあるビビの事が心配になった。ビビはどうしているだろう?重篤な病気に罹り、しかも家族の誰も付き添ってはくれず、それどころか最も嫌いな病院の一室で今日も足に注射針を刺され、点滴を受けているに違いない。義久は今、彼に会わねばならぬと思った。不幸な時代の祖父の様に、また過去の自分の様に誰にも看取られずに過去の死に晒してはならないと思った。
今の彼には今しか会えぬ。それが義久を突き動かした。彼は葬儀場の席から勢いよく立ち上がった。辺りは相変わらずしんと静まってはいたが、周りの弔問客の好奇の視線が一気に義久の元へと集まった。彼はその視線をなぎ払う様にして走り出し、葬儀場の出入り口へと向かった。彼が葬儀場を出てそこから完全に姿を消すまで、誰一人として言葉を発する者はいなかった。それくらいに皆の意表をついた、突然の、一瞬の出来事であった。
義久は外に出ると、蒸し暑い夏の夕空の下を、喪服姿のまま走った。夕方になっても鳴き止まない蝉の声がどこからともなく、しかし鋭く義久の耳をつんざく。夕刻とは言え真夏日である。義久の顔は十歩と走らないうちに汗にまみれた。走る度に振動で眼鏡が鼻をずり落ちる。いくら直してもすぐにまたずり落ちるので、終いにはそのままにしておいた。靴ひももほどけていた。だがそれには一瞥もくれずに、義久は走り続けた。
国道沿いを喪服姿のまま、汗だくで走る義久は異様であった。ただ田舎の国道沿いは通行人が少なく、それほど好奇の視線を集めるという事も無かった。考えてみれば喪服と言っても男性のそれはスーツ姿とさほど変わらない訳で、スーツ姿の男性が一人走っていた所で何も気に留める事など無い。それを勘案すれば、義久の醸す異様さはその服装とか場所柄とか言うよりも偏にその必死の形相が故であったかも知れない。その必死さは湧き上がる何らかの思いによるものなのか、それとも愛煙家が久々に走った事による身体的苦痛から来るのか、それは判然としない。ただその必死の形相にも関わらず、義久は自身を怜悧に見つめていた。何故自分は走っているのか?酸素不足で朦朧とする頭の隅で義久は問い続けた。生ける者を心配するのと、死した者を弔うのと、どちらを優先すべきか、義久はここに来ても皆目分からなかった。それに猫の心配をした所で義久にはこれといって何も出来る事は無いし、それ以上に葬儀の席を立って勝手に飛び出してくる様な事は不謹慎の極みである事は言うまでもない。それでも何物かに突き動かされて、義久は走ったのである。その何物かが何なのか義久にはどうしても特定できなかった。だが頭の中では若かりし頃の祖父や過去の醜い自分の様に、猫が忽然と消えてしまう様な嫌な感覚が膨張していた。猫は助かるか助からぬか分からない。だが過去は確実に死んでいく。仮に命拾いした所でそれは変わりはしない。今の彼を励ますには今側にいなければならぬ…。
やがて上り坂に差し掛かると、義久の息は増々上がり、頭皮から滲み出る汗が眉を通り抜けて目に入って来た。ふらつく足元で走っていると、路上に落ちていた木の枝を踏みつけた。パキッと音がしたかと思うと、今度はそれに足を取られて前につんのめった。その瞬間に左足の革靴が脱げた。脱げた靴を拾おうとして後ろを振り返ると、横たわる革靴の向こうには来し方の道のりが遠くまで続いており、更に奥には暗い山並みの影が聳えていて、その頂には既に星が燦爛と瞬いていた。東の空はもう夜だった。義久は靴を履き直すと、呆然とそれを眺めた。するともう足が動かなくなった。視線を動かす事すらままならない。放心した様に、遠くの景色を眺めていると、遂には何も考えが浮かんで来なくなった。立ちこめる夕闇に包まれて、義久はその場に座り込んだ。尻に感じるアスファルトの暖かさが人肌の様で、心なしか気持ちが落ち着いた。
路傍で夜風に揺れるすすきの穂を見つめて、義久は物思いにふけった。自分は何の為に走っているのだろう。思索に溺れて、血迷って、それに突き動かされるなんてどう考えても馬鹿げているではないか。義久は自分の考えが行き詰まるといつも彼がそうする様に、全てを放擲したくなった。普段の彼には哲学的、厭人的な考えを忌避するだけの健康さがあった。そしてまたその単なる健康さとは違う、壁を突き破った後の健康さが彼の矜持でもあった。だがその時はその矜持をすら持たなかった。一体何が正しく、何を根拠として思考を出発させるべきなのか一向に分からなくなった。膝を抱えて暫く座り込んでいると、徐々に汗が引いてきた。頭髪に付けた整髪料が汗に溶けて頬を流れていたらしい。それが乾いて固まった跡に肌が突っ張る様な感覚を覚えた。
すぐ横を通り過ぎる車をぼんやりと眺めて、義久は理想と現実、あるいは個人と社会、常識と非常識の狭間で板挟みになっていた。ここで引き返して大人しく葬儀場へ戻るべきか、あるいはここからまだ数キロ離れた猫の病院に向かうか、どちらが正しいのだろう?幸福とは何も考えない事であると、何処かで読んだ事がある。今ならその意味が何となく分かる様な気がする。考えたって決して答えは出ないのだ。しかしながら自分を突き動かすこの衝動を看過すべきだろうか?何も考えなければ間違いなくそういう事になる。死は誰にも、どこにでも存在する…そんな馬鹿げた考えを捨てて祖父の棺の前でだけ涙を流し、それ以外の場所ではけろっとした顔でのうのうと煙草でも吸っている事になる。確かにそれは人道に適っている。しかしそれは果たして善い事なのか?正義なのか?
辺りは車の流れも途絶え、しんとしていた。夜は次第に世界を支配し、全てを闇に溶かしていた。星々は凍った様に目の中で滲み、光の結晶を成していた。皆がいる場所にも戻れない、さりとて自分の理想とする場所に向かう事も出来ない。その間でただ一人途方に暮れている。生きるなんていうものはおおよそこのようなものかも知れない。理想と現実の間を右往左往することが最も人間らしい生き方であり、ご多分に漏れずそこで佇む自分にはもはや何の考えも感傷も必要なく、ただ呆然と空を見上げていれば良いのかも知れない…。義久は脳天から染み入る様な虚脱感に見舞われ、大きな溜め息をついた。
その時である。来し方の坂道を一台の車がその双眸を光らせて義久の元に駆け上ってくるのが見えた。義久は暫く目を疑ったが、それは明らかに弟の義郎の車だった。黒の軽ワゴンは義久の元で急停車し、そして滑らかにパワーウィンドウを開けた。中からは義郎が済ました表情で現れた。
「乗れよ。早く」
義久は暫く呆然と義郎を見つめていた。呆気にとられて声も出せなかった。
「話は後だ。まず乗ってくれ」
義郎の催促に、義久ははじかれた様に立ち上がり、助手席から車に乗り込んだ。汗はすっかり乾いていた。
沈黙の中、車は走り出した。それも葬儀場の方向ではなく、動物病院の方向へ。気付けば義久の携帯電話はバイブレーションが鳴りっぱなしで、何件もの着信が来ていた。それらを黙殺して、義久は携帯電話の電源を切った。
「よく俺の行き先が分かったな」
観念した様に、義久は呟いた。沈黙はこうして静かに破られた。
「それは分かるさ」
義郎は事も無げに言った。
「俺だってな、ビビが心配さ。それは痛い程よく分かるよ」
義郎は堰を切った様に語り出した。
「爺ちゃんには悪いけど、爺ちゃんはもう戻らないんだ。俺らがいくら悲しんだ所で、それは変わらない。でもビビは今も生きている。俺らは死んだ者に対しては無力だが、生きている者の側にいて勇気づける事は出来る。俺は葬式の間中、ビビの側にいてやるべきかどうか迷っていたんだ。でも俺には兄ちゃん程の行動力が無くて、ずっと黙って、流されるままに葬式に参加してた。兄ちゃんが出て行ったとき、周りは騒然として、あいつはどこに行ったんだ等と言っていたけど、俺にはすぐに分かったよ。あれで俺も吹っ切れた。俺もここを出て、すぐに病院へ向かうべきだと思ったね」
義久はこれを聞いて、弟の大いなる誤解に気付いた。自分は今この瞬間にも死が進行しているという哲学上の問題から葬儀場を飛び出したのである。対して義郎はもう少し人道的な立場からこれを観察していた。行く先は同じでも、考え方は異なっていたのである。思えば彼らの兄弟仲はいつでも悪くはなかった。だが義久にしてみれば、分かりあえた事などは一度たりとも無かった。義久から見て義郎は思考が短絡的で、そのくせ小器用で、世間と融和するのが上手かった。考えてみれば、そんな義郎に自分の屈折した思いなど分かろう筈も無かったのである。
しかしながら義久はこれを敢えて指摘する様な事はしなかった。なぜなら考えはそれぞれ違っていても、行く先は全く一緒だったからである。結局は二人ともビビを心配している。人は分かりあえない。結局人間の思う所など理解されない。人間所詮は一人である。が、こうして誰かがそれを後押しし、理解できないながらも支えてくれる。それで良いではないか。義久は助手席でぼんやりと思った。
(人間は一人だ。しかしそれでも一人ではないのだ)
二人は夜道を一路、動物病院へと向かった。西の空にほんの少しの茜色が灯っていた。




