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過去の死  作者: 北川瑞山
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第四章

 義久が宇都宮に転勤して間もなくの事である。東京の雑踏と喧噪に紛れてすっかり疲れきっていた義久は、宇都宮の暮らしに慣れるに連れて、次第にここを終の住処と意識する様になっていた。住めば都と良く言うが、住み慣れるに従って徐々に土地への愛着も湧くものである。街も良い、人もいい、何より酒が美味い。宇都宮がカクテルの街だということは、ここに来るまで知らなかった。義久は元々無類の酒好きだったのである。東京にいた時から、義久は既にあちこちのバーを巡って歩く事を趣味としていて、殆ど毎日の様に飲み歩いていた。ただ宇都宮のバーは東京のバーの様に混雑する事が殆どなく、また商売っ気も薄い為に頻りに酒を勧められる様な事も無かったので、一人で気軽に入ってゆっくりと落ち着いて飲む事が出来た。義久は一人で飲むのが何より好きだった。酒を飲んでいる時には、理性や道徳といった日頃纏っている人間の皮を剥いで、本質たる素性を晒す事が出来るものである。それは義久の場合人目を惹く様な荒っぽい言動や行動ではなく、逆に極めて静かな無為の状態となって表れた。ぼんやりと、何も考えずに、ただカウンターの椅子に腰掛けて煙草をふかし、仄暗い一点の宙を見つめている状態。義久はこの無防備な状態において至福を味わっていた。が、同時に憂鬱も感じていた。なぜならどれだけ心を裸にし、また無念の境地に至ろうとも、自分自身からは決して抜け出す事が出来なかったからである。どんなに精神の皮を剥いでみたところで、自分の表皮には傷一つ付いていなく、むしろそれは傲然と真っ赤な血の気を帯びて居座り続けているのである。そして一時の至福に酔いしれたまま帰宅し、床に入って夜を明かすと、そこに生暖かい日差しの中で以前と何一つ変わらない自分が横たわるのを発見した。自己からの脱却が不可能である事に、そんな時程義久が落胆する事は無かった。

 つまり義久は、それほどまでに自分が嫌いだったのである。それは偏に義久の強烈なまでの人間嫌いから来ていた。その忌むべき人間の中でも最も嫌悪すべき人間は義久自身だったのである。

 義久の考えでは、人間存在は例外無く全くの無意味であった。無から生まれてまた無に還るという過程の中で、いかにその存在に意味がある様に思えても、それは一瞬の錯覚で、総体としてみればやはり無に相違ないのであって、つまりはあっても無くても同じという事に他ならなかった。しかしその一瞬がそこを生きる者にとってはたいそう長く、何もせずにいては退屈してしまう。何より自ら死ぬ事を許されていない以上、是が非でも生きなければならない。生きる以上は何もせずにいてはまずい。

 つまり生活とか、仕事とか、余暇の過ごし方といった生ける者の営為の一切は単なる暇つぶしに過ぎないのであり、そんな中に真面目に取り組むべきものなど何一つないはずなのであった。それなのにどうだろう。世の人々は本気で笑い、泣き、怒り、また自らの存在意義などというあり得ないものを探求し、追いかけ、それを実現させんと血道を上げる。義久にはこれが子供の頃から全く理解できなかった。義久には元々楽しいとか、面白いとか、そういう感情がどういう感情なのか、どこから湧いてくるのか理解不能で、不幸と幸福の間にさしたる違いが見出せなかった。これは義久が所謂厭世主義とか虚無主義とかニヒリズムとかいう言葉を覚えるより先に自分の心の中に発見した特徴であった。無意味な世界のただ中で、真剣になるべき対象などあろうものか、と日頃から心中呟いていた。そんな態度が時に周囲の目に触れて、

「全く、可愛げのない子供だ」

と切り捨てられる事もしばしばであった。また義久は義久でそう言う大人を心中では軽蔑していた。義久は周囲に比べて特段賢い子供という訳ではなく、むしろ取り立てて目立つ所の無い大人しい子供だった。それでもその厭世主義が無口な彼の自尊心を今日まで守り抜いていた。

 尤も義久はもう二十七である。そんな考えが子供じみている事もとうに理解していた。誰しもそんな虚無的な考えに至った事がありながら、それでも今日を生きる為に暫しそれを忘れて、あるいは忘れた振りをして生活に埋没しているのであろうことも容易に想像できた。義久も勿論そうやって生きてきたし、今なおそうである。ただ義久はそれを徹底できなかった。時々不意をつく様にして虚無が心の隙間から顔を出すと、何とはなしに全てが馬鹿馬鹿しく感じられ、何かを考える事すらも面倒になってしまうのだった。「面倒くさい」という一言が、義久の眼前に広がる全てを黒一色に塗りつぶしてしまっていた。仕事や勉学や趣味に打ち込むのは勿論、車を買う、結婚する、旅行に出かけるといった行為という行為から何らの意味を見出す事が出来ず、かと言ってそれら自体を目的化する事も出来ず、ただ「面倒くさい」の一言に収めて、結局それらを放擲してしまうのであった。

 一方で義久はそういう自分を嫌悪していた。

(何故自分はこれほどに世の中の虚無というものに対して耐性がないのか?皆我慢して、そんな素振りも見せずに明るく生きているではないか?何故自分にはそれが出来ないのだ?)

それが義久には不思議であった。不思議であったけれども、どうする事も出来なかった。友人をできるだけ沢山作ってみた。他人の冗談に大声で笑って応えた。煙草も吸ってみた。酒を浴びる程飲んでもみた。時には色町に繰り出していかがわしい遊びをしてみたりもした。だが気付いてみれば何一つ変わっていなかった。むしろテレビを消した後の静寂の様な一時の刺激の後で襲い来る反動の為に、義久の虚無は一層勢いを増し、次第に堪え難く、息苦しくなっていった。そのうちに誰から何を言われようとも「だから何?」と心の中で問う癖がついた。人が何かを喜ぶ姿が馬鹿に見えたし、何かを悲しむ姿が阿呆に見えた。周囲が笑い声を立てるとそれだけで涙がこぼれ落ちそうなくらい辛くなった。次第に仕事が手に付かなくなり、上司に怒られると、言われている事の正当さに反して何故か理不尽な思いがこみ上げてきた。

 義久はとうとう鬱病に罹った。とは言っても仕事を辞める訳に行かなかったので、働きながら闘病を続けた。義久はここに至って初めて健康という月並みな幸福を望んだ。しかし同時に、もうそれは取り返す事の出来ない夢であると悟ってもいた。鬱病がそう簡単に治る病気ではないのは勿論だが、よしんば治ったとしても、それは本当の意味での治癒ではない気がしたからである。義久の幼い頃から抱いている痼疾、すなわちこの虚無的な価値観が覆らないからには根本的な問題は何も解決しない、というのが義久の考えだった。

 そこで義久は朦朧として定まらない思考で必死に考えた。どうしたらこの自分を変えられるのか。どうしたら自己から脱却できるのか?そんな途方も無い、誰に相談する事も出来ない悩みを抱えて何ヶ月も生きていた。自殺しようと思った事も無くはなかった。だがそれは義久の主義に反していた。人間は何故生きるのか?という問いに対して、「生きる為に生きる」という答えを義久は既に見出していたからだ。能動的な行動というのは何かしらの目的を持った行動であるが、義久の考えではこうした一見能動的に思える如何なる行動も結局は受動的なのであった。なぜなら如何なる行動における目的も「何の為に?」を問い続けていれば、いずれは何もなくなってしまうからである。司法試験に合格したい。何の為に?弁護士になりたい。何の為に?社会的身分を得る事によって尊敬されたい、また金持ちになって楽な暮らしをしたい。何の為に?幸せになりたい?何の為に?……そんなわけで、一見目的を持っているかに思える行動も突き詰めて考えれば実は最終目的がよく分からぬものである。ならば目的のない行動だって何ら咎められるいわれは無いのである。手段と目的の弁別は不要であって、そこにはただ一つの行為があるだけである。故に生きる為に生きる。それで良いのである。

 しかしそんな持論とは裏腹に、いや、そんな持論が故に義久はこの行為に飽いてもいた。はなから無意味と分かっているのであれば、如何なる行為も不要ではないか?であればそれは結局の話自殺を肯定することになりはしまいか?しかしそれでは解決になっていない。それは逃避でしかない。

 そうやって悩み続けた矢先の事である。義久はある休日の夜街中バーで酒を飲んだ。その日はいつもより余計に飲んだ為、足元も覚束なく、顔は真っ赤に火照っていた。その上義久が店を出た時にはもう深夜になっており、バスはもう終わっていた。義久の自宅は街中からかなり離れた所にあったので、いくら無理をしても千鳥足で帰る事は難しかった。仕方なく義久は飲み代ですっかり痩せた財布の中身を気にしながら、深夜割増のタクシーに乗った。行き先を告げると、タクシーは広い街道を滑る様に走っていった。

 義久は移動中、暫く無言でいると、タクシーの運転手に急に声をかけられた。

「お兄さん、大分飲んだみたいだね」

義久はタクシーの運転手との会話が面倒で、いつもやっている様に曖昧な返答をしながら相槌を打っていた。

「ええ、大分飲みましたね」

「そんなに酔っている所をみると、よっぽど久しぶりに飲んだんですかい?」

「いいえ、しょっちゅう飲んでますよ。ただ元々酒に強くないもんでね」

「へえ、強くもないのにこんなに遅くまで飲んでたってこたぁ、よっぽど盛り上がったんですな」

「いいえ、一人で飲んでましたよ。ただつい飲み過ぎちゃってね」

「独り酒ですかい?なるほどね、一人で飲んでると止めてくれる人もいないからね。却って飲み過ぎちゃうよねぇ。何か辛い事でもあったんですかい?」

「いいえ、特に何も…」

心の迷いはあったにせよ、義久には特段他人に話す様な悩みは持ち合わせていなかった。すると運転手は前を向いたまま、後部座席の義久に背中でこう言い放った。

「ふむ、でもまあね、お兄さんこちらへ歩いてくる時、何だか思い詰めた様な顔してたけどねぇ…」

その言葉につられて、義久はふと横にある窓ガラスに映った自分の顔を見た。街の淋しい明かりを透かしてこちらを向く顔。それは自分でもぞっとする程醜かった。眉と目は垂れ下がり、眉間に全く届かない鼻梁は低く線が曖昧で、厚ぼったい唇が二匹の蛭の様にへばりついている。頬は紅潮してむくんでいたし、腫れぼったい瞼を引っ張り上げる為に額には幾筋もの皺が横向きに寄っていた。

 義久は暫く自分の顔を眺めていた。この自分でも信じられない程醜悪な顔は、ガラスの湾曲の為に縦に引き延ばされ、上目遣いに義久を見つめていた。

 途端に義久の中にある衝動が走った。

(この顔を変えてみたい)

義久が人間存在とは顔の存在であると、何の理屈もなしに、ただ直感で思い至ったのはこの時であった。心の垢を落とすのには、まず顔の垢を落とさねばなるまい。自己から脱却するには、この顔を変えねばなるまい。その為の方法は現代医学を以てすればそれほど見つけるのに難儀な事ではあるまい。そう思うと、義久はいてもたってもいられなくなった。

 翌日の午前中、義久は二日酔いと胸のむかつきを我慢して、近所の整形外科へと向かった。


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