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Blue Rose  作者: 無名の霧
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命刻 「異質な病室」

現 ――The Hero’s Side――


一、


 冬森市県立総合病院、四階、四百六十八号室。

 入り口のネームプレートには「一条 神楽」。

 名前が一つしかないということは、つまりは、そこは個室である。

 視界一面純白の病室。そこに少女は眠っていた。

 雪のように白い肌と、長くしなやかな黒髪。普段であるならば、風に舞って扇のように広がる黒髪も、今は少女とベッドの間に挟まれている。

 「意識不明」。

 少女の病状である。昨日から延々と眠り続けている。

 昏睡状態ではあるが、高度な生命維持装置などは装着されておらず、ただ点滴と心拍数を表示するモニターがあるだけだ。

 少女の身体にはなんら損傷はない。本来ならば、今頃五体ばらばらになって葬式でも始められているはずだった――つまり今頃焼却されているはずだった――その身体は、今なお健在で病室で看護されている。

 昨日、少女のもとに一台のトラックが衝突しかけた。トラックがハンドルを切って少女を交わしたわけではないので、トラックは少女のもとに衝突したといえる。ただ、少女のもとに衝突したのであって、少女に衝突したわけではない。少女もトラックを避けようとせず、危うく跳ね飛ばされるところだったが、そこに偶然居合わせた少年が少女を突き飛ばし、――実際には少年が抱きかかえて押し出したのだが、半ば体当たりのようなものだったので、突き飛ばしたとしておく――少女はトラックの起動からはずれ、九死に一生を得た、はずだった。

 ところが、少年に突き飛ばされた少女は後頭部をコンクリートに強打し、打ち所が悪かったのか、それからずっと昏睡状態である。助けた方の少年は、まったくの無傷であったが、少女の昏睡が相当堪えたらしく、昨日からベッドの隣で、眠り続ける少女の手を握り続けている。

 少年は酷くショックを受けただけで、精神障害のレヴェルには達していなかったため、看護師等とのコミュニケーションは取れるが、断固として少女から離れようとしなかった。病院側も、少女がただの昏睡であったことから、しつこく少年を引き剥がそうとはしなかった。

 そういうわけで、現在病室には一条神楽と彼女を助けた少年がいる。

 少年――葛木命刻――は生気の抜けた目で少女を見つめる。

ほかに誰がいるわけでもないが、口を開く。

「……もう、一日が立つよ、神楽」

 ほかでもない、昏睡を続ける少女に向けられた言葉は、しかし当然返ってこない。

 彼は思考する。


 ――どうして、こうなってしまったのだろうか。


 自分は、彼女を救いたかっただけだというのに。

 実際、彼女の前にトラックが迫っていたとき、身体が勝手に動いていた。自分の心配など、している余裕はなかった。それだけ、必死に彼女を助け出した、はずだった。


 ――ただ、ただ助けたかっただけなのに。


 それ以上、何も望んでいなかった。彼女を助けるためならば、自分が死んでも……かまわなかった。

 しかし、現実とは残酷なものだ。

 ひょっとしたら、それが彼女の運命だったのでは?

「――何を馬鹿な」

 考えていて自分が情けなくなる。

 こうなったのも、自分のミスだ。決して、運命などで済まされる問題ではない。

 だがしかし、もしも世界が強制した運命というならば。

「――僕は、この世界を許さない……」

 そうだ。

 こんな世界、――彼女のいない世界など――見限ってもいい。そうだろう? 必死に助けたというのに、結果として彼女が起きないならば、それまでだ。

 直感というのだろうか、彼は少女がもう目覚めないと分かっていた。そうでもなければ、たかだか一日で世界を見限ったりはしない。重ねて、彼は慎重な人間だ。それほどまでに早急な決断を下し、絶望するようなことはしない。

 そうだ。彼女が起きないならば――。

「この世界を、あきらめるのか? いや、次の世界が用意されているなら、話は別だけど……そうもいかないか」

 そもそも、彼女が起きないと誰が決めた?

 ――いや、それはおそらく確定事項。理由は分からないが、おそらく間違いない。どうしてそう分かるかと聞かれれば、返答に困るが、間違いないはずだ。

 ――では、どうする? 考えろ、葛木命刻。

 冷静に考えれば、答えはすぐそこにある。

 ――このままで神楽が起きないのならば、どうにかするしかない。

「神楽……。また来るよ」

 少年は立ち上がり、病室を出る。勿論、彼女を起こすために何かをするために。

 何をするのか? 何故だろうか、彼には向かうべき場所が分かっていた。

 厳密には、分かっていたのではない。ただ、そう感じた。この異質な病室の空気を覆すには、やはり異質な空気を以ってしてしかありえないのだから。

 ――少年に、少女が起きないと感じさせたそれは、病室の空気だった。実際には、空気ではなかったのかもしれない。そう、実際に彼にそう思わせたのは、「一条神楽の病室」という一つの閉鎖された限定空間。

 そのような空間の異質さをよく知るものであれば、それを意図も簡単に説明できるのだろうが、少年はそういった人間ではない。故に、少年は、異質な空気と形容する。

 つまり、その異質な空気が一条神楽を昏睡させており、それに対する異質な空気で以って、彼女を助け出そうという考えにいたった。

 ――ならば、することは一つだ。その、異質な空気を作り出せる人間を探し出せばいい。そんな人間を探すには、やはり異質な空気を追えばいいのだ。





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