神楽 「ニュースの占い」
現 ――The Heroine’s Side――
三、
ピピピ、ピピピ、ピピピ……。
けたたましいアラームが鳴り響く。
黒髪長髪の少女はアラームのスウィッチを叩きつける。
むくりと上半身を起こす。おかしな夢のせいでいまひとつ寝た気がしない。しかし、あの不可解な状況から救い出してくれた目覚まし時計はある意味救世主でもある。
なにしろ、どこまでも頭の痛くなる夢だ。どうして夢でまで物理について考えなければならないのだろうか。物理苦手なのに。
しかし、今日くらいは許せる気がする。
自分が今生きていられるのも、あの物理好きの少年のおかげなのだから。その少年に助けてもらったのだから、少年好みの夢を見るくらい、笑って許してあげなければなるまい。
まあ、どうせ夢見るなら、少年が出てきて欲しかったところだが。贅沢は敵だ。
結局、昨日はトラックに轢殺されそうになったところを、命知らずな少年が助けてくれたのだ。下手したら自分も轢殺されるところだったというのに、横から駆けて来て、私を抱き抱えて道にダイブした。しかし、よくアクション映画にあるような格好良い助け方ではなかった。映画なんかだと、助ける相手を地面にぶつけないように自分を地面に向けて、体勢を回転させるものだ。そうあるべきなのだが、少年はあろうことか少女を下に押し倒した。しかも、抱きかかえるというよりは、半ば体当たりをしてきたような感覚だった。頭をコンクリートに強打して、死ぬかと思った。
まあ、しかしそれでも、運動が苦手――というか嫌い――な少年が、命をかけて飛び込んできてくれたことは純粋にうれしかったし、その勇気は、助け方が不恰好ということを差し引いても十分感謝と賞賛に値する。
その少年というのが、物理マニアなのだ。「相対性理論」やら「量子論」やら「超紐理論」やら「ビックバン理論」やら「光量子仮説」やら……まあとにかくそんな本を読み漁っている。
はっきり言って、意味が分からないが、本人もよく分かっていないらしい。大体感覚的に分かれば満足とか言っているが、私はそんな本は我慢できない。さらに、少年はそんな本を読み漁っている割に、物理の成績はあまりよくない。平均点よりも少し低いくらいだ。少年曰く、「理論物理学は読んでいて面白いんだけど、高校物理は面白くない」ということだ。まったく、物理をなめているとしか考えられない。
お人よしの典型例で、できる範囲のことなら頼まれればなんでもする。できないことなら、できる人間を探してあげるほどお人よしである。
実は、彼と付き合っていたりする。ほかの男子生徒が寄ってこないのもそのせいだ。せい、といったら失礼か。まず、私が寄せ付けない。
少女はベッドから出て着替えを済ます。今日は火曜日だから制服に着替える。
きっと今頃少年は「はあ、学校に行くのは果てしなくだるいなあ」などと廃人じみたことを言っているに違いない。実際、学校でも「ああ、早く帰りたい」などと言っている。
そんな少年がトラックの前に飛び込んできたなんて今でもまだ信じられない。とは言いつつ、彼氏に助けられたのはうれしく誇らしく思ったりもする。今日はしっかりとお礼を言わなければ。
朝食にトーストとスクランブルエッグを作り、食卓につく。
少女はボーっとしながらトーストをかじり、コーヒーを飲む。ちなみに彼女は甘党だから、砂糖とミルクを忘れない。少年はブラック派だから学校では「コーヒーにミルクなんて邪道だよ」なんて言うけれど、彼女が笑顔で「私の(買ってきた)コーヒーが飲めないの?」と問えば、あわてて飲み干す。
そんな日常の一場面を思い出し、自然と頬がほころぶ。
別に誰が見ているわけでもないが、照れ隠しにニュースをつける。
「……それでは、今日の占いです」
まあ、今日はニュースという気分ではなかったので、占いはちょうどよかった。さてさて、私の運勢は? コーヒー片手にテレビに振り返る。ちなみに少女はさそり座だ。
「……。さそり座の貴方は、今日は大きな失望を感じることでしょう」
なんて物騒な占いなんだろう。普通、当たり障りなく、まずまず、くらいには言うだろうに。
「ラッキーカラーはブルーです」
青か……。少女は身近に青がないか探すが、特に目に付くものは……。
――あった。食卓に「青い薔薇」。
何だ、身近にあるじゃない。しかも、占い見る前から目の前にあったなんて、ひょっとすると今日はいい日になるかも知れないわ。上機嫌になる少女だったが、ふと思いとどまる。
そもそも、今日は運勢最悪なのだ。ラッキーカラー一つでどうにかなるものでもないか……。しかも、私の持っているラッキーカラーは花言葉「不可能」。
「……なんというか。いろいろ不安だわ」
誰もいないが、こういうことはついつい口に出してしまう。心理的に、言葉に出すといくらか吹っ切れる。
さてさて、支度して学校行きますか。だるいけど。……駄目だわ。アイツみたいじゃない。まあ、とにかく昨日言いそびれたお礼を言わなければ。
支度を終え、家を出る。
自分しかいないから、常に鍵をかける習慣ができている。少女の一人暮らしは危険なのよ。などとわけの分からないことを考えながら鍵をかける。
ふと、疑問に思ってしまった。それは禁忌の思考。
――どうして、昨日お礼を言えなかったんだっけ?
涙が一筋、頬を伝った。