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Blue Rose  作者: 無名の霧
37/40

魔術師 「もう止まれない」

現 ――The Magician’s Side――


七、


「――勝った」

 口元の血をふき取り、ずれた眼鏡をかけなおし、霧玄総一郎は床に伏せる三人を見やる。

「は、はは、ふはは、ははははははははははははっ!!!」

 狂ったように笑い出し、一条神楽に向かって歩き出す。

 すると、その前に黒い猫が割り込んできた。

「む? 貴様、何ものだ?」

 猫はジ、ジ、と揺らぎながら答える。

「僕は、抑止力」

 抑止力という単語を聞いて、とっさに身構える総一郎だが、すぐに警戒を解く。

「くく、抑止力? 成程、一条神楽の使い魔として顕現しているのか。――だが、一条神楽の意識のない今、貴様では私を止められん」

「別に、止めるつもりもないし、止められるとも思っていないよ」

「なに?」

 余裕な猫に、何か危機を感じ、総一郎は数歩引く。

 そんな総一郎に、猫はにんまりと笑って言う。

「ただ、忠告しておこうと思ってね」

「忠告?」

「そう。君では、彼女を利用できない」

「何だと?」

 しかし、そういうと猫はそのまま黒に霧散していった。




「私では、一条神楽を利用できない、だと? ふっ、くだらん。例えそうだとしても、私はもう、止まれない」

 総一郎は歩む向きを変え、スーツに身を包む美女の方へと歩く。

 クレアは左腕で脇腹の出血を抑えながら、視線は虚空で焦点を結んでいる。

「ローゼンクロイツ……君ほどの魔術師ならば、すぐにTYPE FIRSTを処理できるだろう。幸いここは病院だ。帰って来られたら、治療してもらうといい」

 そう言う男の瞳には、若干の暖かさが映っていた。

「君は私の同士。かつて、共に希代の魔術師と呼ばれた研究仲間だ。やはり、古い友人を亡くすのは、惜しい。君のことだ。そうしている今も、すでにTYPE FIRSTとの接触を処理し始めているのだろう?」

 そこまで言うと、総一郎は瞳の温かさを消し、強い意志のこもった瞳でクレアを見つめる。

「悪いが、私はもう行く。誓いを果たしに。新たなる治世を始めるために。平和を、顕現する為に。――君が起きる頃には、恐らく全てに方がついているだろう」

 総一郎は一条神楽の前まで歩を進め、少女を見下ろす。

「因果なものだ。だが、ある意味では必然だ。彼女がTYPE FIRSTであった以上、君がTYPE SECONDに相応しい。君には申し訳ないとは思うが、私の誓いの為の、人柱になってもらう、万能の体現者」

 意識のない少女を抱え上げ、出口に向かおうとすると、声を掛けられた。


「ま、、、て……」


 振り返れば、無様に床を這う少年がいた。

 自分の計画を失敗に終わらせた憎き少年。

 全くの魔術初心者にも関わらず、自分の三年かけて完成させた魔術を破った少年。

「ほう……君も、TYPE FIRSTの片鱗に触れたはずだ。――確かに、神楽君が君を直撃からは守ったが、それで助かるほど生易しいものではないはずだが」

 TYPE FIRSTとの接触。それは世界との接触。

 それを受けて、意識を保っていられるはずがない。

 事実、直撃とそうでないとの違いがあるにしても、一条神楽と、熟練の魔術師であるローゼンクロイツは意識を失っている。

 一般人である少年に、意識があるとは思えない。

 総一郎は、この少年に興味が沸いて、少年に近寄った。

「……、、、、、、、、、」

 しかし、少年は苦しげに声にならないうめき声を上げるだけだ。

 先程のように、言葉を発することはない。

 総一郎は、ふっ、と嗤う。

「まぁ、所詮はその程度だ。だが、意識があることは賞賛に値する。聞こえるかね?」

 総一郎は少年の前に屈みこみ、少年の髪を掴んで頭を上げさせ、目の前で話しかける。

 少年の瞳は、虚空で焦点を結んでおり、総一郎を見ていない。

 総一郎は口元を片方だけ釣り上げ、軽く嗤う。

「つらいかね? つらいだろう。世界が世界でなくなっているだろう? 私が見えるかね? いや、私が私で見えるかね? うん? 言葉が言葉で聞こえるかね? 何もかもが、正しく認識できないだろう? 全てが、より超越したものとして認識してしまうだろう? ――まぁ、この言葉すらも君には聞こえていないだろうな。聞こえていたとしても、何を言っているのか分かるまい」

 くつくつと総一郎は喉を鳴らして嗤う。

「君の大切な神楽君は、私がもらう。君はそこで、世界と格闘していればいい。ははは。――さて。私はもう行くよ。残念ながら、時間がない。……そうだ、これをあげよう」

 そう言って、総一郎は少年にピストルを握らせる。

「分かるかね? 拳銃だ。まだ何発も弾は残っている。あまりにもつらくて、耐えられなくなったらそれで楽になるといい。君の才能に対する、私なりの敬意だよ。はははははは、はは、はははははははははははっ! 実を言うとね。今すぐ殺したくて殺したくて仕方がなかったんだ。だがね、気が変わったよ。私の全てを、全くの素人がぶち壊した。そんな君がどこまで出来るか――」

 ――ごは。

「……如何。やはり、この身体はもう魔術の行使に耐えられない、か」

 口元の血を拭い、少女を抱え、今度こそ部屋を出ようとする。




「、、、、神楽、、、、、殺、、、、、、、たら、、、、許さ、、、な、、い、、、、」




「なに?」

 再び言葉を発した少年に、総一郎は驚愕しながらも振り返る。

 相変わらず床に伏し、瞳は虚空で焦点を結んでいる。

 だが、必至に何か、言葉を発している。


「、、、神楽、、、、殺、、、、たら、、許さない」

 総一郎は嗤い出す。

「なに? 『神楽を殺したら許さない』? ははは。安心したまえ、私は神楽君を殺しはしない。大切な鍵だからな。はっはははははははははっ!!!」

 そうして、今度こそ病室のドアを大きく開き、一歩踏み出す。

 その時。




「神楽に殺されたら、許さない」




 はっきりと、少年の声で、そう聞こえた。


「なに? どういう――っ!?」

 総一郎が振り返ると、一瞬ではあるが、少年の瞳が、総一郎を射抜いていた。

 前身が硬直する。

 霧玄総一郎は、その瞬間、恐怖したのだ。


 そして、少年は瞳を閉じて、意識を失った。




 暫く立ち尽くすのみであった総一郎は、はっと我に帰ると、驚愕、恐怖を吹き飛ばすかのように盛大に嗤い出す。

 狂ったように嗤い、そして、今度こそ少女を抱えて病室を去る。




「殺されたら許さない、か……ならば、少年。その前に、君が私を、殺してくれ」


 最後に一言、そう、言い残して。





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