魔術師 「もう止まれない」
現 ――The Magician’s Side――
七、
「――勝った」
口元の血をふき取り、ずれた眼鏡をかけなおし、霧玄総一郎は床に伏せる三人を見やる。
「は、はは、ふはは、ははははははははははははっ!!!」
狂ったように笑い出し、一条神楽に向かって歩き出す。
すると、その前に黒い猫が割り込んできた。
「む? 貴様、何ものだ?」
猫はジ、ジ、と揺らぎながら答える。
「僕は、抑止力」
抑止力という単語を聞いて、とっさに身構える総一郎だが、すぐに警戒を解く。
「くく、抑止力? 成程、一条神楽の使い魔として顕現しているのか。――だが、一条神楽の意識のない今、貴様では私を止められん」
「別に、止めるつもりもないし、止められるとも思っていないよ」
「なに?」
余裕な猫に、何か危機を感じ、総一郎は数歩引く。
そんな総一郎に、猫はにんまりと笑って言う。
「ただ、忠告しておこうと思ってね」
「忠告?」
「そう。君では、彼女を利用できない」
「何だと?」
しかし、そういうと猫はそのまま黒に霧散していった。
「私では、一条神楽を利用できない、だと? ふっ、くだらん。例えそうだとしても、私はもう、止まれない」
総一郎は歩む向きを変え、スーツに身を包む美女の方へと歩く。
クレアは左腕で脇腹の出血を抑えながら、視線は虚空で焦点を結んでいる。
「ローゼンクロイツ……君ほどの魔術師ならば、すぐにTYPE FIRSTを処理できるだろう。幸いここは病院だ。帰って来られたら、治療してもらうといい」
そう言う男の瞳には、若干の暖かさが映っていた。
「君は私の同士。かつて、共に希代の魔術師と呼ばれた研究仲間だ。やはり、古い友人を亡くすのは、惜しい。君のことだ。そうしている今も、すでにTYPE FIRSTとの接触を処理し始めているのだろう?」
そこまで言うと、総一郎は瞳の温かさを消し、強い意志のこもった瞳でクレアを見つめる。
「悪いが、私はもう行く。誓いを果たしに。新たなる治世を始めるために。平和を、顕現する為に。――君が起きる頃には、恐らく全てに方がついているだろう」
総一郎は一条神楽の前まで歩を進め、少女を見下ろす。
「因果なものだ。だが、ある意味では必然だ。彼女がTYPE FIRSTであった以上、君がTYPE SECONDに相応しい。君には申し訳ないとは思うが、私の誓いの為の、人柱になってもらう、万能の体現者」
意識のない少女を抱え上げ、出口に向かおうとすると、声を掛けられた。
「ま、、、て……」
振り返れば、無様に床を這う少年がいた。
自分の計画を失敗に終わらせた憎き少年。
全くの魔術初心者にも関わらず、自分の三年かけて完成させた魔術を破った少年。
「ほう……君も、TYPE FIRSTの片鱗に触れたはずだ。――確かに、神楽君が君を直撃からは守ったが、それで助かるほど生易しいものではないはずだが」
TYPE FIRSTとの接触。それは世界との接触。
それを受けて、意識を保っていられるはずがない。
事実、直撃とそうでないとの違いがあるにしても、一条神楽と、熟練の魔術師であるローゼンクロイツは意識を失っている。
一般人である少年に、意識があるとは思えない。
総一郎は、この少年に興味が沸いて、少年に近寄った。
「……、、、、、、、、、」
しかし、少年は苦しげに声にならないうめき声を上げるだけだ。
先程のように、言葉を発することはない。
総一郎は、ふっ、と嗤う。
「まぁ、所詮はその程度だ。だが、意識があることは賞賛に値する。聞こえるかね?」
総一郎は少年の前に屈みこみ、少年の髪を掴んで頭を上げさせ、目の前で話しかける。
少年の瞳は、虚空で焦点を結んでおり、総一郎を見ていない。
総一郎は口元を片方だけ釣り上げ、軽く嗤う。
「つらいかね? つらいだろう。世界が世界でなくなっているだろう? 私が見えるかね? いや、私が私で見えるかね? うん? 言葉が言葉で聞こえるかね? 何もかもが、正しく認識できないだろう? 全てが、より超越したものとして認識してしまうだろう? ――まぁ、この言葉すらも君には聞こえていないだろうな。聞こえていたとしても、何を言っているのか分かるまい」
くつくつと総一郎は喉を鳴らして嗤う。
「君の大切な神楽君は、私がもらう。君はそこで、世界と格闘していればいい。ははは。――さて。私はもう行くよ。残念ながら、時間がない。……そうだ、これをあげよう」
そう言って、総一郎は少年にピストルを握らせる。
「分かるかね? 拳銃だ。まだ何発も弾は残っている。あまりにもつらくて、耐えられなくなったらそれで楽になるといい。君の才能に対する、私なりの敬意だよ。はははははは、はは、はははははははははははっ! 実を言うとね。今すぐ殺したくて殺したくて仕方がなかったんだ。だがね、気が変わったよ。私の全てを、全くの素人がぶち壊した。そんな君がどこまで出来るか――」
――ごは。
「……如何。やはり、この身体はもう魔術の行使に耐えられない、か」
口元の血を拭い、少女を抱え、今度こそ部屋を出ようとする。
「、、、、神楽、、、、、殺、、、、、、、たら、、、、許さ、、、な、、い、、、、」
「なに?」
再び言葉を発した少年に、総一郎は驚愕しながらも振り返る。
相変わらず床に伏し、瞳は虚空で焦点を結んでいる。
だが、必至に何か、言葉を発している。
「、、、神楽、、、、殺、、、、たら、、許さない」
総一郎は嗤い出す。
「なに? 『神楽を殺したら許さない』? ははは。安心したまえ、私は神楽君を殺しはしない。大切な鍵だからな。はっはははははははははっ!!!」
そうして、今度こそ病室のドアを大きく開き、一歩踏み出す。
その時。
「神楽に殺されたら、許さない」
はっきりと、少年の声で、そう聞こえた。
「なに? どういう――っ!?」
総一郎が振り返ると、一瞬ではあるが、少年の瞳が、総一郎を射抜いていた。
前身が硬直する。
霧玄総一郎は、その瞬間、恐怖したのだ。
そして、少年は瞳を閉じて、意識を失った。
暫く立ち尽くすのみであった総一郎は、はっと我に帰ると、驚愕、恐怖を吹き飛ばすかのように盛大に嗤い出す。
狂ったように嗤い、そして、今度こそ少女を抱えて病室を去る。
「殺されたら許さない、か……ならば、少年。その前に、君が私を、殺してくれ」
最後に一言、そう、言い残して。




