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Blue Rose  作者: 無名の霧
31/40

神楽 「決着と真実」

現 ――The Heroine’s Side――


十六、


 ピピピ、ピピピ、ピピピ……。

 けたたましいアラームが鳴り響く。


 なんだか、懐かしい夢を見ていた。

 頬が涙で濡れている。

 ふう、とため息をつきながら、またベッドに横になる。

 思い出すのは、先ほどの夢。

 まともな夢をみるのは、久しぶりだ。

 罪の記憶と、誇れる幼なじみ。

 思い出すと、目頭が熱くなる。

 あの時いってくれた言葉。


 ――僕が君を独りにしない。


 そう言ってくれた少年はもういない。

「……嘘吐き」

 私は独りだ。

「おはよう。アリス。――いや、神楽」

「――!?」

 猫だ。

 影のような黒。

 にんまりと切り抜かれた黄色の目と口。

 私を夢にいざない、夢の案内役。

 その猫が、ここにいる。

「……貴方がいるってことは、また寝るの?」

 猫が出てくるときは、決まって夢に連れて行かれる。

 まだ、朝だというのに。

「違うよ。起きるんだよ」

「起きる? 起きてるわ。そうだ――リデルは? あれ? どうして……私は彼女に殺されて……」

 頭が混乱している。

 一度に二つの夢を見たからか。

 命刻との夢の前は、確か、もう一人の私と戦って……。

 猫はにんまりと笑っている。

「痛っ……」

 突然、思い出したように右のわき腹が焼けるように痛む。

 とっさに右腕で抑えたが、その腕にぬるりとした感触があった。

 見れば、真っ赤に染まっていた。

「そう、か……最後、リデルに斬られて……」

 どくどくと出血は止まらない。

 かなり深く斬られている。

 焼けるような痛みと、虚脱感が全身を襲う。

「は、はは……命刻が起きなくて、みんなを殺して、命刻まで殺して、挙句の果てに、自分に殺されるなんて……」

 自嘲気味に笑う。

 すでにその顔からは、血の気が引いている。

 その様子を、猫はいつものようににんまりとしながら、黙ってみている。

 ばしゃり、と血が溢れかえる。

「もう、駄目かな……。それに、もう、命刻もいない……もう――終わって、いい、よね……?」

 少女は、許しを請うように猫につぶやく。

 その瞳は、完全に絶望と諦観を映していた。

 何もかもに絶望し、生きる気力さえもない。

 そんな世界で、これ以上生きる必要もない。

 この自業自得の極みのような痛みにおぼれて、終わってしまってもいい。

 少女はそう思った。

 しかし。

「諦めるには、まだ早い」

 猫はそれを許さなかった。

 少女にはもう反論する気力すらない。溢れる血を抑えながら、ただひたすらに立ち尽くす。

 猫がポチッと器用にボタンを押す。

 すると、朝のニュースが流れる。

「……それでは、今日の占いです」

 占い。

 またか。

 というか、ここ最近、占いしか見ていない気がする。

 そして、その内容はいつも、同じ。

 占いはいつも通りに進んでいく。

「……。さそり座の貴方は、今日は大きな失望を感じることでしょう」

 そして。

「ラッキーカラーはブルーです」

 青。

 いつもどおり。

「最期まで、いつもどおりね……――?」


 ――いつもどおり?


 そして、「青」は。


 ――あった。食卓に「青い薔薇」。


「――っ?」

 猫がにんまりと笑う。

「どう、して……?」

 思い出す。

 そして、目の前の有り得ない光景にぎょっとする。

 裂かれた腹の痛みも忘れて驚愕する。

「どうして……この薔薇があるの?」

 有り得ない。有り得ない。有り得ない。

 この薔薇が、存在するわけがない。


 だって。


 だって、この薔薇は。


 あの事故のとき、命刻に救われた私の腕から離れて、トラックに当たって――。




 ――粉々に砕け散ったから。




「どうして!?」

 猫は笑って答えない。

「……ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ」

「――っ」

 テレビが。

 占いが終わった瞬間、終わった。

 砂嵐。

 何故?

 有り得ない。有り得ない。有り得ない。

 しかし。

 しかし、しかし。

 分かった。

 この数日間の不自然が全て繋がる。

 絶対に起きないと思わせる空間で眠る命刻。

 トラックが突っ込んだまま放置されていた花屋。

 信じられないほど薄情なことを言うクラスメイト。

 「黒」を現実で展開しても、騒がれていないこと。

 同じ占いしかしないテレビ。

 存在するはずのない「青い薔薇」。

 そして、猫が言う「起きる」。


 ――つまりは。


「ここは、夢?」

「その通り」

 猫が笑う。

 足元がぐらつく。

 虚構だと分かった瞬間、世界が崩れていく。


「命刻が、生きてる?」

「そう。眠っているのは、君」


 裂かれた腹の痛みも忘れて、少女は歓喜する。

 これ以上の幸福があろうか。

 知らず、頬を涙が伝う。


 右腕が、温かい。


 自分の血液だけではない。

 内側からの温かさ。

 それはきっと、自分の最も大切な人のぬくもり。

 それはきっと、自分の最も大切な人が、自分を待って、眠っている自分の腕を握ってくれているから。


 大切な人が、自分の帰りを切に願ってくれているから――。


「見ぃつけた♪」

 崩れ行く世界の中、リデルがそこに立っていた。

「さぁ、殺しあおうよ」

 ニコニコしながら、日本刀を構える。


 しかし、それに対して少女は強い意志のこもった瞳で返す。

「悪いわね。私、もう死ねなくなったわ」

「へぇ。どうして?」

「大切な人が、命刻が、私を待ってくれている。それだけで、死ねない理由には十分すぎるわ」

 神楽もまた、リデルと同じように右腕に日本刀を顕現する。

「ふぅん。気づいたんだ? でも、弱い神楽じゃあ、現実に耐えられないよ」

「そんなことは、問題じゃないのよ。大切な人のところに帰る。それが大切なの」

「それはつまり、もう一度罪と向き合うってことだよ?」

「それでも、私は帰る」

「そう……じゃあ、殺し合おう。神楽じゃ私に勝てないけど」

「いいえ、貴方は私……貴方に出来ることは、私に出来る」


「じゃあ」

「勝負よ」


 そして。




 リデルの瞳が、神楽の死を視る。


 神楽の瞳が、リデルの死を視る。




 煌き。




 一閃。




 果たして、リデルの首が宙を舞った。


「やぁ、負けちゃったなぁ……」

 首だけになったリデルは、ぱらぱらと霧散しながらそうつぶやく。

「流石は、私だよ」

 神楽は裂かれた肩を抑えながら、リデルの傍にしゃがみこむ。

「でも、神楽……現実は、本当につらいよ?」

「大丈夫よ」

 そう言って、神楽は右腕をリデルの頬に当てる。

「温かいでしょう?」

「うん。温かい……」

 リデルの表情が弛緩し、自然な笑みを浮かべる。

「この温かさがあれば、きっと大丈夫」

「……そっか……そう、だね……彼となら……きっと……」


 そしてリデルはにこりと微笑み、崩壊する世界に消えていった。





 どさり、と神楽もその場に倒れる。

「ふぅ……正直、かなりキツイわ……ねぇ、猫?」

 にんまりと笑みを浮かべながら、シュレディンガーの猫は傍にいる。

「大丈夫。あとは起きるだけさ。疲れただろう? いいよ。ひと眠りおし」




 いつもよりも、暖かな笑みを浮かべる猫に、少女は微笑み、この先で待つ少年を夢見ながら、幸せそうな笑顔を浮かべて瞳を閉じた。




 私は、「夢」の中で、「夢」を見る。




 ところで、「夢」の「夢」とは何なのだろう。

 勿論、生理学的に、ではなく、概念的に。

 全部で三層ある脳。

 ある人が言った。

 人生は夢だ、と。

 では、最も進化した部分、第三層目の「夢」が、現実だ。

 ならば、第二層目の「夢」が、私たちが普段見ている「夢」だ。

 それならば。

 第一層目は?

 人間の意識の最奥。

 本能。

 その第一層目、本能が見る「夢」とは、何なのだろうか。

 第二層目の「夢」で「夢」を見る必要がある。

 夢の中で夢を見る。

 第三層目。

 社会があり、ルールがある。

 人との付き合いなど、様々なしがらみがある、煩わしい世界。

 第二層目。

 基本的にその人間の欲望などが反映される、それなりに勝手な世界。

 それでも、他者が存在し、コミュニケーションを取る。

 では。

 第一層目。

 本能の夢。

 煩わしさのない夢。

 つまりは、タテマエを無視した、本能の世界ということではないだろうか。


 私たちの、無意識の集まりではないか?




 夢と夢の狭間。

 どこだかよく分からない空間。

 その中で、一つだけ理解できるものが、目の前にある。

 否、いる。

 夢の中で猫と追い掛け回した、白いウサギ。

 タキシードを着込み、擬人化され、人形のように丸くデフォルメされている。

 どんなにがんばっても捕まえられなかった白ウサギ。

 女王の城では、後一歩というところで、消えた不思議な白ウサギ。

 女王が、捕まえることを禁止した白ウサギ。

 猫が、ゴールだといった白ウサギ。

 ならば、ここが、ゴールなのか。

 白ウサギが手を差し出す。

 この手を取れば、ゴールなのか。

 命刻のいる世界に、返れるのか。

 ならば。

 私は。

 この手を取ろう。


 瞬間。白ウサギが白に霧散し、世界を白く白く、純白に焼ききった。





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