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Blue Rose  作者: 無名の霧
22/40

命刻 「世界的抑止力」

現 ――The Hero’s Side――


五、


 あれから少年は、常に少女の傍らで、祈り続けている。

 強く、念じ続ける。

 この病室の結界を塗り替える為に、一条神楽を取り戻す為に。

 しかし、所詮は駆け出し……寧ろ、魔術に関して全くの無知といってもいい少年が、魔術師の結界を塗り替えることは出来ずにいた。

 少年はいつとも知れないタイムリミットに焦りながらも、その焦りすらも吹き飛ばすほど集中し、強い意志で信じ続けた。

 その時。


 ――病室の空気が変わった。


 病室内の超排他的な空気の中に、強い意志の流れが混じる。

 強い意志は徐々に増していき、黒く、強い風となっていく。

 黒く、強く。

 黒く、強く。

 黒く、強く。

 意思の流れはひたすらな力の流れ。その他の空気を巻き込み、巻き上げ、旋回していく。

 黒く、強く旋回する。

 嵐のように激しく、視覚的に強く訴える力の奔流。黒く強い旋廻。

 荒々しく旋回するが、不思議にもまったくの無音。病室には換気扇の音が聞こえるだけ。

 荒々しく旋回するが、不思議にもまったくの無影響。病室のいかなるものをも動かさない。カーテンすらなびかない。

 黒の旋廻はいよいよ派手になり、吹き荒れる意思も非常に強力になっていく。

 黒く。

 強く。

 旋廻。

 黒く。

 強く。

 旋廻。

 黒く。

 強く。

 旋廻。

 黒く。

 強く。

 旋廻。

 黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。 黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。黒く。強く。旋廻。旋廻。旋廻。旋廻。旋廻。旋廻――――。


 ――そして、弾ける。

   世界が、現れた。


 全ては一瞬の出来事。荒々しい黒の旋廻も今は消え去り、病室は視覚的にも静寂を取り戻している。

 そして、「それ」は口を開いた。


 「それ」の容姿は、一言で言えば少女だ。歳は十歳を過ぎたくらいか。西洋風の少女で、雪のように白い肌に、真紅の瞳。幼い顔に似合わず、酷く落ち着いており、発せられる眼光は酷く冷たい。口元を軽く吊り上げている。純白の質素なドレスを着、白のベレー帽の下には金色の長髪が腰まで伸びている。「それ」は、幼い外形に似合わず、腕を後ろに組んで少年を見上げる。外見は少女でも、「それ」そのものはまったく別のものだ。何か、強大な何かの寄せ集めのような、形容しがたい存在。故に、「それ」と呼ぶにふさわしい、ある種の畏怖を感じさせる神性。


「き、君は?」

「私? 私は……名前なんてないわ。そうね、抑止力と呼ばれているものの一つよ」

 「それ」は可憐な外見と、鈴のような声色に似合わず、口調は酷く落ち着いている。

「抑止力?」

「そう。世界が、世界である為にある存在。世界が今の形を保つ為に、それを脅かす存在を抹消する為の存在。それが、世界的抑止力。私はその一部」

「世界が世界である為に……?」

「はぁ……」

 未だに状況がつかめていない少年に、「それ」はため息を漏らす。

「いい? 世界の形が変わったら困るでしょう? あるとき急に世界が平らでしたーとか、地球を中心に宇宙が回ってますーとかいう事態になったら大変でしょう?」

「それは……うん。困る」

「だから、そういう風に世界が変わろうとするときに、それを阻止するのが、世界的抑止力。世界だって、そうそう形を変えられたら迷惑なんだから」

 そう言うと「それ」は、眠る少女の方へと歩いていく。

「何をするつもりだい?」

 少年は、「それ」を危険に思い、神楽をかばうようにして間に割って入る。

 「それ」は困った様に眉をひそめる。

「何って……話を聞いていなかったの? お花を摘みにきたのよ」

 凛とした、聞き心地の良い声。

「……花を摘みにきた?」

「そう。蒼い薔薇を、摘みに来たの」

「蒼い薔薇?」

「――クス。そこの女の子のことよ」

 「それ」は、眠る少女に視線を移す。

「摘むって……」

「殺すってことよ」

「なっ」

「はいはい、邪魔よ」

 少年が身構えると同時に、「それ」の右腕が、彼を病室の端まで弾き飛ばした。

「が……っ」


 肺から空気が一気に抜け、動けなくなっている少年をよそに、「それ」は眠る少女の隣に立ち、先程少年を部屋の端まで弾き飛ばした威力を持つ右腕を振り上げ――。


「やめろっ!!」


 眠る少女めがけて振り下ろした。


 だが、「それ」の右腕は眠る少女を叩き潰すことなく、虚空で止まっていた。


「え……」

「ふぅ……まぁ、やっぱり対策は講じているわよね……」

 「それ」は、腕が止まったことがさも当然のように、全く戸惑うこともなく右腕を下ろして少年に振り返る。

「抑止力を無効化する魔術が張られているわ。抑止力本体が本気になって動けば造作もなく壊せるでしょうけど、本体が動くには時間がかかるのよね……。全く、面倒だわ。ねぇ、貴方」

 やっと立ち上がった少年に、「それ」は声をかける。

「何だ……?」

 少年の瞳には敵意がある。

 それを感じていても、「それ」は臆することはない。力の差は歴然なのだ。

「貴方なら出来るわ」

「何を?」

「この娘を殺すこと」

「するわけがないだろう」

「まぁ、そう言うとは思ったけど」

 そう言って「それ」は肩をすくめる。

「でも、ここでこの娘を殺してあげた方が、この娘にとっても、貴方にとっても、勿論私たち世界にとっても有益なのよ?」

「神楽を殺して、僕が喜ぶとでも?」

「そうは思わないけど、このままだと、この娘、魔術師に良いように利用されて、永遠に目覚めることなく、大変な罪を犯してしまうわ」

「大変な罪?」

「言ったでしょう? 世界が変わるって」

「世界が変わる……どう変わるんだ?」

「――秘密よ。だって、喋っちゃったら、次は貴方がそれをするかもしれないじゃない?」

「そんな話、信じられないね」

「でも、このままではこの娘が目覚めないこと、魔術師に利用されること、そして世界が変わってしまうことは間違いないわ」

「神楽は、僕が起こす」

「無理ね。貴方、ろくに魔術も使えないじゃない」

「それは……でも、絶対に起こす」

「凄い自身ね。ある意味、その意志の強さで何とかなるかもしれないけれど。でも、やっぱり『蒼薔薇』を仕留めたほうが確実なのよ」

「『蒼薔薇』? 神楽のことか?」

「そうよ」

「どういう意味だ?」

「そのままよ。彼女の根底。彼女の起源。あらゆるを可能としてしまう限界突破。――彼女は、危険なの」

「危険? 誰がそう決めた?」

「世界よ。そうでなければ、私は此処にいないわ」

「でも、君の目的は世界の安定を保つことだろう? だったら、彼女を殺すよりも、魔術師を殺すべきだろう?」

「いいえ。この魔術師は確かに優れているけれど、彼の研究は成功しない。彼女以外ではね。――彼女、『蒼薔薇』である彼女のみが、魔術師の研究を成功させる唯一の存在。なにしろ、『万能』なのだから」

「――『万能』?」

「御話はここまでね。どうする? 後悔する前に、『蒼薔薇』を殺しておかない?」

「絶対に殺さないし、殺させない」

「ふぅ……まぁ、予想通りか……」

 そう言って、「それ」はそれほど残念そうにも見えない様子でため息をつく。

「まぁ、いいわ。こちらからが駄目でも、向こうから攻めればいい話だし。いくらなんでも、向こうからの攻撃には対策を練れていないでしょうしね」

「何を言っているんだ?」

「――クスクス。貴方には関係のない話よ」

 「それ」はスカートの裾を両手で軽く持ち上げて、上品に会釈する。

「それじゃあ、才能溢れる魔術師さん、ごきげんよう。願わくば、貴方の願いが勝ちますように」


 にこりと微笑み、「それ」の全身はちかちかした粒子に霧散し、そのまま「世界」に溶けていった。





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