命刻 「真相は禁忌」
現 ――The Hero’s Side――
四、
クレアが帰ったあと、少年も冷め切ったコーヒーを飲み下し、すぐに病院に戻ってきた。
クレアの話は難解で、魔術という非日常を知り、しかしそれによって、姿の見えない魔術師への対抗手段を見つけた。
――強い意志は具現する。
それは、世界の隠された基本法則。
魔術師の意思よりも、強い意志で神楽を助ける。神楽を助ける為に願う意思ならば、誰にも負けない自身がある。
加えて、自分にはその意思を上乗せする為の「魔術回路」というものも備わっているらしい。
少年は、先程病室を出たときとは全く違う、強い希望と意思を持って、病室のドアノブに手をかけた。
「――っ!?」
そして、驚く。一条神楽の病室を包む、異質な空気がより強くなっている。
「いや……、別の何かが上乗せされているのかな?」
前回感じた異質とは違う異質。「一条神楽が起きない」と感じさせるような異質とは違い、今日新しく感じる異質は、人を近づけさせない異質さだ。
恐らく、誰も近づかないようにしたのだろう。
明らかに、誰かにこの病室は操作されている。
少年はそう確信し、ドアを開けた。
気分が悪くなるほど淀んだ空気。病院であるから、空調はしっかり効いている。しかし、この病室には超排他的な意思の流れと、一条神楽に対する何らかの意思の流れが混在しており、中にいる人間は二つの強い意志に精神を翻弄される。
いるだけで、病室から邪魔だといわれているかのような圧倒的な威圧感と、不快感が押し寄せる。
その病室の中で眠る少女の寝顔は安らかで、相変わらず起きる気配はない。
そして、その少女の傍らに、この排他的な意思の流れの中、立つ人間がいた。
誰だろう、と思いながら少年は病室に入る。
ドアが閉まる音が聞こえると、間髪いれず、
「誰だ」
男が振り返った。
白衣を着込んでおり、眼鏡をかけた、痩せた中年男性。その顔は、少年も知っていた。
「あれ? 霧玄先生?」
「む? なんだ、君か。驚かせて悪かった。気にしないでくれ」
男は、ふうと肩をすくめ、緊張を解こうとする。
しかし、少年はそんな男をじっと見つめる。
――「誰だ」。ありえない台詞だ。そして、この超排他的な空気の中、どうしてこの男はこの部屋の中にいるのか。自分はクレアに教えられ、また、もともとそういったものを見抜く才能がある――と教えられた――から、この部屋を開けられた。しかし、他の人間はどうだ? 普通の人間なら、この超排他的な空気に、知らず知らずにこの部屋を避けていることだろう。
一般人がこの部屋を開けることは、ない。
「またお見舞いかい? 残念ながら、まだ彼女は君と御話できそうにないな。……しかし、彼女も喜んでいるだろう。こういった症状の人間が回復するときには、誰かが傍にいるのが大切だ」
男は表情をやわらかくして語りかける。普段笑わないのだろう。口元を吊り上げているのが、恐ろしくわざとらしい。
「彼らが眠りの淵から現実に復帰するとき、現実からの呼びかけが、彼らを助ける。もしも彼女が目覚めるようなら、名前を呼んであげると良い」
ははは、と笑いながら男は少年に近寄る。
「――っ」
少年は身構えるが、男はその横を通過する。
「まあ、君も無理しないようにね。君まで入院、なんてことになったら大変だ」
そう言って、男は病室を後にする。
男は笑みを作っていたが、最後までその瞳は少年を訝るようになめまわしていた。
「霧玄先生。貴方は……。いや、貴方なんですか?」
一般人がこの部屋を開けることがない以上、――これはクレアによる説明で、いっそう確実性を増した――この部屋にいたあの男は明らかに異常だ。
この異常のために空いている席は、少年が知る中でたった一つ。
すなわち、魔術師のみ。
「霧玄先生……。貴方が、魔術師なんですか?」
一人つぶやく。
誰に向けたものでもないが、それは少女に向かっていた。
あの男が魔術師。それだけは、あってはならないことだ。他の誰が魔術師でもかまわない。しかし、あの男だけは、魔術師であってはならない。
――それは、少女の過去を知る少年だからこその願望。
もしも、それが真実だったとき、少女は……。