Interlude 「神罰症候群」
現 ――The Magician’s Side――
一、
平成十五年、八月。例年をはるかに上回る最高気温をたたき出し続けていた異常な一週間の終わりに、その「異常」は起きた。
異常気象に引き続き発生したその「異常」は、すでに「怪奇」の類であった。
「神の到来」。ニュースや新聞でその言葉が多発された。あらゆるマスメディアがその事件を取り上げ、あらゆる人々がその事件に食いついた。
その事件――怪奇――の詳細はこうだ。
――平成十五年八月十三日、日本全土において、原因不明の精神障害が多発した。その被害総数は二百を超えるとされ、単なる精神障害ではなく、「集団」がつく大惨事であった。不思議なことに、精神障害を起こした人々はあらゆる地域の住民であった。それも、一つの地域に複数の被害者が出たのではなく、あらゆる地域で、しかも数人ずつが、精神に障害をきたした。また、不思議なことに、彼らは重度の精神障害を受けながら、会話はしっかりと成立していた。医師の問いかけにも十分すぎるくらい正確に答えることができた。しかし、彼らは確かに精神障害を負っていた。
――そう。彼らはいわば、「多重人格者」となっていたのである。具体的には、本人の知らない間に、本人だけの秘密を口走る。やましいことがあれば、その証拠となるもののありかを口走る。その症状は日に日に悪化し、最後には、元の人格が消滅し、その人間の無意識、いうなれば「本心」という人格が表に出る。「本心」に人格を飲み込まれた被害者たちは、延々と独白にも取れる独り言をわめき散らすのだった。
――さらに不思議なことに、――これはカウンセリングにあたっていた医師たちが気づいたのだったが、――精神障害を負った被害者たちは、全員、一人残さずに犯罪者であった。人格の飲まれた彼らの独白は、主に自らの罪に関するものであり、医師が発見、警察に報告したことに始まる。
調査の結果、彼らの独白は全て真実であり、その証拠、裏づけも、彼らの口から得ることができた。罪の程度の差はあれども、この事件の被害者が皆、未逮捕の犯罪者たちであったことが分かり、世間はよりいっそう混乱した。
これが世に言うところの「神罰症候群」である。
この事件の後、世界各地でこの一件を引き起こした「神」を恐れて自首する犯罪者が続出し、さらには犯罪の発生件数もぐっと少なくなった。
また、法王庁を始めとする、各地のキリスト教会では、「神の到来」であると声高らかに宣言し、権威が復活した。
同じように、イスラーム教や仏教信者も増加したことは言うまでもない。
もちろん、科学者たちは、そんな「神」を信じるわけにはいかず、被害者から入手したあらゆる生命情報、被災地――尤も、それは全国各地に存在し、しかも同居していた家族にはその症状が現れなかったため、ごく限られた空間、例えば被害者の部屋などであり、そこに生命的異常を引き起こす何かがあるとは、到底考えられない――などからあらゆるサンプルを入手し、あらゆる方向から調査にあたった。
しかし、結局は分からず仕舞いだった。病原体でもなく、化学物質でもなく、遺伝子上の問題でもなく、ましてや寄生虫の類でもないとなると、彼らにはどうしようもなかった。そんな不思議な症状、被害者が一人でも厄介だというのに、被害者が多数、それもほぼ同時に別々の場所で発生したとなっては、もはや原因の可能性は、「神」、もしくは神がかり的な「何か」であるとしか考えられなくなってしまった。
「神罰症候群」同時多発から三年。その後は一度も「神」が犯罪者を列挙することはなかったが、いまだに犯罪件数が少ないのは、この事件の影響であると見て間違いない。