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Blue Rose  作者: 無名の霧
19/40

狭間 「我は『殺戮』なり」

狭間 ――The Murderer’s Side――


三、


 ――白。

 ――黒。

 白と黒の、パノラマの世界。

 一条神楽の、壊れた世界。

 一条神楽が、壊した世界。

 「ワタシ」が此処に逃げ込んでから、ずいぶんと長い時間がかかった。

 「ワタシ」は此処を探索してみたが、あるのは白黒の花屋とその周囲、そしていくらかの人々のみ。

 探索も何も、此処はほとんど何もない。本来続いているべき道も、今はその先が虚無へと続いている。

 ――きっと、此処は一条神楽の捨てた世界なのだろう。彼女の捨てた世界だからこそ、「夢の虚部」から独立し、あの恐ろしい「自我の爆発」から逃れられたのだ。そして、これからも「自我の爆発」の影響を受けることはないだろう。「ワタシ」はまだ主観を持っていないが、それまでは此処に隠れていよう。一条神楽は葛木命刻を失ってから世界に絶望しているから、またすぐにでも新しく世界を壊して此処に届けてくれるだろう。

 世界に触れれば、「ワタシ」の「客観」も「主観」を持つだろう。それこそが、否、それだけが「客観」の「ワタシ」が望むたった一つのもの。「客観」が「主観」になることのみが、消え行く自分のもっとも望むもの。

 ならば、何か行動しよう。

 なにをしようか。

 何ならできるのか。

 ……「客観」しか持たない「ワタシ」が何かしたいなどという意思を持つはずもない。

 なら、「客観」たる「ワタシ」は、どうすればいい?

 このパノラマの世界で、何をすればいいのか?

 このパノラマの世界は、何のためにあるのか?

 死んだ世界。

 殺した世界。

 殺戮された世界。

 殺戮されるだけだった、この世界。

 そこで気づく。

 この世界は、ある一つの現象によって統制されてできた世界なのだと。

 すなわち、「殺戮」。

 この世界は、「殺戮」たる意思によって統制され、「殺戮」され、「殺戮」たる状況を作り上げた。

 あらゆるの意思を塗りつぶす、過剰なまでの「殺戮」。

 すなわち、この世界は「殺戮」。

 それ以上でもなければ、それ以下でもない。

 此処に存在する状況は「殺戮」のみ。

 此処に存在する意思は「殺戮」のみ。

 此処から得られる物は「殺戮」のみ。

 然らば。

 此処でなすべきことは「殺戮」のみ。

 然らば。

 此処にいるワタシとは「殺戮」である。

 然らば。


 此処でワタシは全てを「殺戮」するのみ。


「――なら、殺戮しよう」


 ――驚く。「ワタシ」が思考した。

 これが、「主観」なのか? たとい、その「殺戮」たる限定空間の強靭な意志に影響されたのだとしても……今のは、「客観」たる「ワタシ」の思考ではない。

 此処に存在する、「ワタシ」が自発的にそう思考した。

 「殺戮」の中にあって、「自分は殺戮したいのだ」と思考した。

 歓喜する。「ワタシ」が思考した。

 ならば、その思考に身をゆだねて。


 この空間を、再度「殺戮」しよう。


 右腕に、一振りの日本刀。

 ひたすらに美しい、流麗なるそのフォルム。

 西洋の剣のように、無骨でない。ある種の美意識がそこには内在している。

 叩くのではない。斬るのだ。

 日本刀は、その剣自体が暴力。

 ひたすらに美しく「殺戮」する。

 「殺戮」たる「ワタシ」に最も似合った凶器。

 「ワタシ」はこれで、「殺戮」しよう。


「――さあ、殺戮しよう」


 花屋の周りで井戸端会議を開いている主婦たち。

 まずは、その一人の首筋を、切断する。

 音もなく近づき、音もなく切断する。

 どう切断すればいいのか?

 どう切断するのが最も効率が良いのか?

 どう手際よく切断するのか?

 そもそも、切断できるポイントはどこなのか?

 何もかもが、全て分かる。

 なぜならば、ここは「殺戮」で「ワタシ」は「殺戮」だからだ。

 「殺戮」たる空間に産み落とされた「ワタシ」は「殺戮」でできていて、「殺戮」の何たるかを、熟知している。

 「客観」たる「ワタシ」は舌を巻く。人間が、息の仕方を、心臓の動かし方を生まれたときから知っているように、この「ワタシ」は「殺戮」を完全に理解している。

 主婦の首筋。最も「殺戮」しやすいポイントに、最も「殺戮」しやすい角度で、もっとも「殺戮」しやすい速度で、「殺戮」たる刃を打ち込む。

 瞬間。主婦の一人は言葉を失った。何しろ、首から上がない。

 驚きに目を見開く主婦たちも、すぐに声を失った。何しろ、首から上がなくなった。

 「ワタシ」は瞬く間に、四人の主婦を「殺戮」した。

 瞬間において、一切の音はない。驚く主婦は悲鳴を上げることすらかなわず。斬りおとされた首は、鮮血を上げることすらかなわない。

 四人の「殺戮」が終わると、今頃になって彼女たちの時間が動き出すかのように、首を失った胴体が鮮血を上げる。

 その中で、「ワタシ」は喜悦の笑みを浮かべながら血潮の雨に濡れていた。

 ひたすらに美しい「殺戮」。

 悲鳴の中であらゆるを粉みじんにしていくような派手な「殺戮」ではない。一切の無駄を捨てた、生命の剥奪。

 何者も、自身の生命の剥奪に気づけない。抵抗できない。ひたすら一方的かつ、美的なまでに無駄を削除した「殺戮」。

 これこそが、「殺戮」たる「ワタシ」の、「殺戮」行為。

 何もかもを「殺戮」できる「ワタシ」だけの美しい「殺戮」。

 「殺戮」から産まれた「ワタシ」の、たった一つの、しかし絶対的なアドヴァンテージ。


 その空間内の生命を「殺戮」し尽くすのに、時間はそうかからなかった。





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