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Blue Rose  作者: 無名の霧
17/40

神楽 「双子のパラドックス」

夢 ――The Heroine’s Side――


九、


「どうして弟だけが歳をとってしまったんだ? どうして時間のヤツは裏切ったんだ? アリス、教えてくれよ」

 ――まさか此処で「双子のパラドックス」にぶつかるとは思わなかったわ。恨むわ、命刻。さて、どうしましょうか……。

「あ、あの、私たち急いでるのでこのあたりで……」

 少女は逃げ出した。しかし、回り込まれた。

「待ってくれよ! 頼むよ、アリス。此処は時間が止まってることだし、な?」

 厄介な兄弟、兄が詰め寄ってきた。目が真っ赤に充血している。弟は兄を止めもせずに、相変わらずユラユラしている。

 ――弟も真相を知りたいのね……。

 少女がどうしたものかと戸惑っていると、黒の猫が見上げていた。

「落ち着きなよ、アリス。そもそも君が産み出した問題なんだから、解決してあげなよ」

「う……」

 それを言われるときつい。確かに、彼らは彼女の「夢」であるから、それを解決する責任があるのかもしれない。

 ――でも、「夢」でまで責任取らないといけないの?

 猫はそれ以上何も言わず、少女を見上げるだけだったので、少女は折れるしかなかった。

「――分かったわよ。ちょっと待ってね。今思い出すから」

「おお!! アリス。ありがとう、ありがとう!!」

「ふふふ。兄さん、すごい喜びようだね」

 ――貴方も、知りたかったのでしょう? まあ、良いか。

 それから少女は記憶をたどる。

 ――そんなに旧い記憶ではない。そう、確か三ヶ月くらい前の話だ。命刻が「相対性理論がよく分かる本」なるものを差し出してきて、どうにも断れずに受け取って……。そして、読んだなあ。なんて書いてあったっけ?




「もぅ。何? この『双子のパラドックス』って? 誰よ、こんなこと言い出した人。アインシュタイン先生がそうだって言ってるんだから、納得しなさいよね」

「――ははは。まあ、当時は信じがたい理論だったからね。まあ、今でもよく分からないけど」

「そうよ。そもそも『相対性理論』からよく分からないわ」

「あ、それ同感」

「……は? 貴方ねえ……。どうしてそんなもの読ませるの? ふざけてるの?」

「え? い、いや、そんなつもりじゃないよ」

「じゃあ、どういうつもりなのかしら?」

「だって、ほら、自分の好きなことって、知ってもらいたいでしょ? ……特に神楽には」

「……こほん。いいわ。そういうことにしましょう。でも、こんなわけの分からない本を読ませた責任は取ってもらうわよ?」

「責任?」

「どういうこと? どうして弟だけ歳をとってしまったの? 教えなさい」

「ああ、そういうことか。うん。分かったよ。これは僕にも理解できたからね」

「無性に悔しいのはなぜでしょうね?」

「さ、さて、このパラドックスだけど、簡単なことなんだよ。いいかい? 特殊相対性理論は、観測者が等速直線運動をしていることが絶対条件なんだよ」

「そういえば、そんなことを読んだ気もするわね」

「つまり、二人がそれぞれ等速直線運動をしている場合のみ、お互いの時間が、『遅れている』という状態が発生するわけだね」

「そうなの?」

「そう。で、兄は光の速度で宇宙に旅に出たけど、問題がある。分かる?」

「分からないわよ。喧嘩なら買うわよ?」

「すみません。……ええと、そう。兄は地球を出発するときや、ある程度進んでから方向を変えるとき、等速直線運動じゃなくなるでしょ?」

「そうなるみたいね」

「そのタイミングで、兄は加速度運動、つまり、速度や方向が変化するわけだ。そうするとね、兄は宇宙船の床とかに押し付けられるんだよ。……そうだね、エレベーターとかがそうだね。上がるとき、下に引っ張られる感じがするでしょ? ……あ、エレベーターだよね? あの箱のヤツ。エスカレーターだっけ?」

「……エレベーターよ。いい加減覚えたほうが良いわよ」

「うん。で、宇宙船の中に『見かけの重力』が発生するわけだね。で、それの『見かけの重力』によって、兄の時間が遅くなって、その間に弟の時間は進んでしまった。というわけさ」

「そういえば、『見かけの重力』とかも書いてあった気がしないでもなくもない?」

「……どっち? まあ、要するに、そういうことだよ。『見かけの重力』の発生に気が付かないと、分からないね。つまり、真犯人は『見かけの重力』ってことだよ」

「へえ」

「え? それだけ? これだけ説明させておいて、反応はそれだけなの?」

「だって、それ以外になんともいえないもの。なんていうか、問題は面白いのに、答えはつまらないわね」

「ま、まあね。なんだか地味な答えだよね」

「まったくだわ。だって、問題は面白いのに、答えが、『あっそ』っていう感じのものだし」

「そこまで言わなくても……」




 ――つかの間見た、幸せの記憶。

   この夢は、命刻の面影が、ある。

   つまらない現実なんかよりも、よっぽど




「つまり、そういうことよ」

「さ、さすがだアリス!!! というと、あれか? 『時間』は悪くなかったのか?」

「そうじゃないの? 『見かけの重力』ってやつに宇宙船で押しつぶされて仕事ができなかったんだから、『時間』は悪くないわよ」

 そうだったのか、とがっくりと肩を落とす迷惑な兄弟、兄。

 隣は驚愕しながらも、微笑みながらユラユラしている迷惑な兄弟、弟。

「つまり、つまり、アリス。『時間』は我々をだまそうとしたわけではなく、だましたわけでもなく、ただ、『見かけの重力』というヤツに押しつぶされて、時間を止め切れなかっただけなのかね? 彼はしっかりと仕事をしていたというわけかい?」

「そうなるんじゃないかしら?」

「なんということだ!! 俺たちは『時間』を『牢獄』に入れてしまった。懲役一時間だが、『牢獄』の中は時間が止まっている。ヤツが出てくることはないだろう。ああ、すまない『時間』よ!! 私が悪かったのだ!!」

「まあ、すんだことは仕方が無いじゃないか、兄さん」

 ――意外と薄情な弟なのね。

 相変わらず厚くなっている兄と、微笑みながらユラユラしている迷惑な弟、この嫌な兄弟に挨拶をして、少女は兄弟の家を出た。

 すると、兄が声をかけてきた。

「アリス!! ありがとう。それで、『シロウサギ』を追いかけてるんだったね、あいつなら、さっきこの前を駆け抜けていったよ。それはもう、恐ろしいほどの速度で疾走していたね」

「ははは、兄さん。もっと気の利いたことが言えないのかい?」

 ――まあ、貴方たち二人ともよく分からないわ。

「それじゃあ、御邪魔しました」

 少女は迷惑な家から出て、ウサギを追いかけることにした。

 猫が少女を見上げる。口を黄色くくりぬき、三日月のように裂けた口を見せる。――笑っているのだろうか?

「よかったね、アリス。さあ、ウサギを追いかけよう」

 少女の目の前には昨日もみた暗い穴。「ウサギの穴」。「ワームホール」が開いていた。

 少女はためらい無くその虚無に堕ちていった。




 ――そして、少女は目を覚ます。

   偽りの、虚構に目を覚ます。

   魔術師の用意した、絶望の世界に目を覚ます。






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