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Blue Rose  作者: 無名の霧
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狭間 「消え行かぬ者」

狭間 ――The Murderer’s Side――


二、


 ――暗い。

 ――昏い。

 ――冥い。

 つまりは、――闇。

 なるほど、此処が「夢の虚部」というやつか。脳が夢を生成している間、取り残された「ワタシ」が延々と無駄な思考を繰り返し、そして夢が生成されるたびに消え去っていく、果てしなく無駄ではかない時間と空間。

 今は私が夢を作るのに一生懸命だから、この空間に与えられたのは使い捨ての「ワタシ」と何もないひたすらの暗黒。

 ――まあ、何もない空間なのだから、暗黒すらもないのだろう。ただ、「ワタシ」の処理能力のうちに虚無を理解しきれないから、暗黒として捕らえているのだろう。いけない。また無駄な思考をしてしまった。「ワタシ」がいられる時間は限られている。何しろ次がない。夢ができれば夢に喰われる。ならば、どうする? 時間を有意義に使うか? 余命宣告をされた人間ならば、そうするだろう。しかし、此処ではどうなんだ? 「ワタシ」というものがこの「夢の虚部」に存在していたという軌跡は残らない。ひたすら無駄なのだ。何もかも頭ごなしに否定される存在が、有意義に余命を満喫する必要があるのか? そもそも、この空間は絶対の閉鎖空間で「私」すらも介入できない虚無だ。つまり、絶対の虚無を体現しているこの「夢の虚部」には他者というものが絶対的に存在し得ない。ならば、他者がいないならば、私も不要なのだ。

 ――恐ろしい。この「夢の虚部」は超薄命の「ワタシ」のわずかな存在すらも完全に否定する。無駄だ、と宣告する。

 この「夢の虚部」は絶対の虚無空間であるが故に、「ワタシ」という一つの自我を許さない。発生した自我を否定しつくして消滅させる。放っておいても消滅するのに、それよりも早く存在をあきらめさせる。とにかく否定する。

 ――では、此処に毎度現れる「ワタシ」は何のために現れるのだ? ……分かってはいる。意味などないのだ。いわゆるバグだ。多重人格のようなもの。日々、色々な場面で自分を客観視した時に生じる、客観的な自分、それが「ワタシ」のもとなのだろう。だからこそ、「ワタシ」は客観視することが得意なのだ。否、得意ではなく、客観視しかできない。感情がない。

 ――感情がない? では、「ワタシ」の消失を恐ろしいと思わないのか? 思うとも。しかし、それは真の恐怖というものではない。それさえも、消失させられる「ワタシ」を客観視したときに生じる恐怖だ。心から恐怖するのではなく、その状況を恐怖と判断するだけだ。だから、実際には恐怖は感じていない。自身というものを主観的に持っていないのだから、仕方ないだろう。


 ――闇を光が蝕み始める。


 それ見ろ。夢が「ワタシ」を消失しにかかった。あの光に包まれたら、「ワタシ」は消滅だ。また、意味のないことばかり考えたのだろう。この「ワタシ」は何人目だろうな? そんな思考すらも無駄なのだ。どうせ、何人目だろうと、これから何人「ワタシ」をつくろうとも、全てが無駄なことしか考えない。そんなうちに光に消されてしまう。そして次の日にはまた次の「ワタシ」が出てくるのだろう。

 しかし、惜しい。何人も「ワタシ」がいるのに、誰一人として主観を持つ前に消されてしまう。それだけが、客観的に見て――尤も、客観的にしか見られないのだが――惜しい。一日乗り越えれば、ひょっとしたら。などと考えてしまう。つまりは、やはり消滅は恐怖なのだ。

 ――許されるならば、……消えたくない。


 ――光が闇を蹂躙し、浸食していく。


 光は甘くない。「夢の虚部」は瞬く間に「夢」に塗り替えられていく。

 ――何処か、何処かないのか? 「ワタシ」がこの光を逃れることができる場所は? まだ、消えたくない。往生際が悪いな。客観的に見てそう思う。あきらめろ。いやだ。まだ消えたくない。無駄なんだから、抵抗するな。それ以前に、抵抗すらかなわない相手ではないか。それでも。それでも消えたくない。「ワタシ」が主観を持ったとき、どうなるのかそれが知りたい。客観的観点から見た最大の興味。しかし、客観が主観に変わるとき、この思考も消えるのだぞ? かまわない。それでも、客観が主観に変わるというそこに立ち会いたい。それこそが、人間の叡智を垣間見る一つの手段だから。――ならば。ならば、逃げよう。今日、「私」は自分を壊した。壊れた世界なら、「私」や「夢」の干渉を受けない。

 ――もう、うるさいことは考えない。逃げよう。逃げよう。とにかく、逃げるしかない。光は「夢の虚部」をほとんど飲み込んでいる。早く、早く早く。逃げよう。逃げよう。逃げよう。逃げよう。逃げよう――――――。


 ――すると、変わった場所に立っていた。


 狭くて暗い、白黒の空間。此処は、「夢の虚部」とは違うのか?

 なぜなら、「ワタシ」が残っている。「夢」の浸食から逃れたのか?

 あの、恐ろしい「自我」の爆発から、此処は逃れきれたのか? そんなことがありうるのか? ……しかし、「ワタシ」が残ったならば、問題はないのではないか? 此処が何なのか、それに関しては後で考えればいい。大切なことは、今、「ワタシ」が残っていることだ。

 ――では、状況を把握しよう。冷静になれば、此処がどこなのかも、自ずと分かってきた。

 全てが白と黒。旧い写真の世界に迷い込んだような、そんな世界。しかし。此処はそんなに旧い世界では、ない。見覚えがある。ここは。


 此処は、「惨劇の起こった花屋の周辺」。「私」が昼間、派手に世界から消失させた場所だ。「私」が壊した世界。否、壊れた「私」の世界、だ。




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