神楽 「夢からの使者」
現 ――The Heroine’s Side――
七、
帰宅してから、何事も無かったかのように少女は夕食を済ませ、風呂に入り、ゆったりとテレビを見ていた。
ニュースも見たが、あまり記憶に無い。確かなことは、今日の事件が取り上げられていなかったことだけだ。
少女はテレビを消し、寝る前に歯を磨こうと思い、洗面所に向かった。
一人で暮らす分には、この家はいささか大きい。実業家の親が残した莫大とは言わないが、当分は一人である程度の贅沢ができるだけの遺産があるから、家の維持には困らない。
しかし、やはり大きな家は一人で住むにはさびしい。
顔を洗い、鏡を覗きながら思う。
――寂しい。
両親も、妹も、そして対には恋人までも失ってしまった喪失感は大きく、もう誰も自分の味方はいないのではないかとさえ思う。いや、自分はすでに一人なのだ。
やはり、それは寂しいことだ。
「誰か……。もう誰でもいいから、私を一人にしないで……」
昼間の光景からは想像もできない少女の弱さ。年相応の少女。
その少女の声に答える人はもういない。大切な人を失いきってしまった。喪失感に身を焼かれ、少女は鏡に映る自分にさえも助けを求める。
――すると、鏡の向こうの自分の隣に黒い猫がいた。
「やあ、今日はずいぶんと派手に壊したね、アリス」
姿は鏡の向こうに見えるが、声は隣から聞こえた。声は少女の右。猫は鏡の中の少女の左。
――つまり、猫は少女の右隣にいた。
「あ、貴方、昨日の……?」
「そうだよ、シュレディンガーの猫だよ」
黒猫は影のような身体に、抜き取ったような黄色の目と口で、にんまりと笑っていた。細長い尻尾を左右にゆったりと振りながら、黄色の範囲を広げて――目を広げて――覗き込んでくる。
「どうしたの、アリス? ずいぶんと不思議そうな顔をしているね」
「だ、だって、どうして、貴方が此処に……?」
夢の中の存在のはず。それが、どうして現実に?
「言ったよね? 僕は、君の猫。生死不明の、どこにでもいるし、いない猫だよ」
少女はそれ以上は聞かずに、その状況に身を任せた。
もう、夢であれなんであれ、自分を求めてくれているならばそれに応えよう。なぜなら、もう自分を求めてくれる人はいないのだから。
猫はそんな少女の様子にまたにんまりと笑みを形作った。
「じゃあ、行こうか、アリス。ウサギを追いかけよう」
「――ええ」
影の猫は黒に霧散し少女を包み込む。少女はそれに身を任せる。
――そして、少女は「夢」を見る。




