表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

エピローグ

「平和だわ」

「ボケそうなくらいにな」

 今日も私と限野は何となく一緒に下校していた。特に示し合わせたわけでもないのに、いつも廊下や校門を得たあたりで出くわして一緒に帰ることになる。

「これと言うのも一宮が全部追っ払ったからだ」

 限野が恨みがましい目を向けてきたけれど気にしない。

「あんなに毎日毎日面倒に追われたら鬱陶しいじゃない」

 ゴーレム騒動から既にひと月以上経ち、この間入学したばかりだった高校はもうじき夏休みに入る。

 あのゴーレム騒動の後、入学式の日に突然思い出した記憶が自分のものだと認識できるようになり、実際にその光景を目にしていた頃の氏素性も思い出した。

そうして前世と今を生きる自分が確実に繋がった私はまず、毎日飽きもせずにやってくる奇怪をどうにかすることから始めた。私と限野は二人でワンセットという扱いになっているので、私一人どうこうしても仕方ないと思い、私と限野二人分、厄介そうな連中から逃れるための目くらましを仕掛けてみた。それが案外うまく作用したようで最近はごくごく普通の高校生生活を送ることができている。平和で何よりだと思うのに、限野はそれが不満らしい。

「実践のほうが勘も取り戻しやすくていいじゃんかよ。あーあ、退屈退屈」

「その気になれば思い出したてで慣れない私の目くらましなんてすぐに破れるだろうに、それすらできないような連中を相手にして勘なんて戻るの?」

「退屈しのぎにはなったのに」

 完全に不貞腐れた顔で限野は言う。

「思い出した途端に完全に姿くらますなんて、なーんで一宮はそんなに逃げ腰なんだよ。逃げも隠れもしすぎだろ」

「面倒臭いんだからいいじゃない。まだこっちは思い出したてで本調子じゃないんだから。もう少し調子を取り戻すまでは学生生活を謳歌したっていいじゃない」

「俺はもう学校飽きた。ひたすら教科書読んで記憶して。それだけじゃんかよ。あーあ、せめて大学だったらなぁ」

「アメリカにでも行って飛び級すれば?」

「アメリカ行ったら一宮の観察ができなくなるだろ。一宮もアメリカに行くなら俺も行くけど」

「だから観察するなって何度も言っているじゃない」

 すると限野は呆れ顔で息を吐いた。

「そうは言ってもだな、俺たちはそのために今回こうしてるってのもあるんだぜ? ものすごーく手間をかけて」

「……気の迷いだった。すごく不快」

「俺は面白いけどなー」

 楽しげに笑う限野を見れば、ますます私は渋面になるばかり。

「客観的に見て初めて気付いた。まさか自分がここまで軽佻浮薄な人間だったなんて」

「軽佻浮薄とは言いすぎじゃないか? 一宮は自虐思考だよな。本当に俺?」

「私は私。限野ではない。私を限野の一部のように言われるのは不本意甚だしい」

「だって一宮は俺だろ?」

「違う。限野が私の一部」

「て言うか、俺達は一応きれいに二分割したんだから別にもう何でもいいじゃんか」

「俺達って言わないでよ。それじゃあ私が付属品みたいじゃない」

「そんなにこだわるなよ。面倒臭ぇ」

「じゃあ私達にしてよ。それなら私も納得するから」

「いや、それじゃあ俺が付属品だろ。どれだけ俺の存在を蔑ろにする気だよ」

「限野はそういうのにこだわるのは面倒臭いんでしょ? なら別にいいじゃない」

「面倒臭いけど、そんなあからさまに下位に置かれるのは嫌だ」

 歩みを止めてしばらく二人、無言で軽く睨み合った。

私と限野は前世で同一人物だった。前世の前世も、そのまた前世も。前回……三百年ほど前に死ぬまでは、何度死んで生まれ変わっても私と限野は一人の人間だった。

 私達は……いや、私「達」というのも変か。別に複数の人格があったわけでもない一人の人間だったのだし、だからと言って「私」だと今現在の一宮棗一人を語っているようだし、「俺」だと限野一人のことのようになるので却下。私と限野、二人を足して一人なのだからどちらかに偏るのはどうもしっくりこない。

 そうだ。それじゃあこれから、前回までは一個人だった私と限野について語る時は「僕」という一人称を使うことにしよう。一宮棗は「私」、限野冬季は「俺」。そして私と俺になる前の一人の人間は「僕」。

 我ながらよい考えの気がする。

「よし。じゃあ前回までについては、私でも限野でもないものとして扱おう」

「唐突に何だよ? 俺でも一宮でもあるのが前回までだろ?」

「紛らわしい。だから前回までについて語る時は私も限野も一人称を「僕」に統一してはどうかと思う。私でも俺でもない、だから僕」

「前回までに僕なんて一人称使ったっけかぁ?」

「忘れた。そもそも日本に生まれたこと自体久しぶりだし。いいじゃないよ、せっかく日本はたくさん一人称があるんだからわかりやすくて」

「僕なぁ、僕。滅多に使わないから何か気色悪いなぁ」

 限野は難しい顔をして首を捻った。

「文句あるなら別のでもいいけど。儂、妾、拙者、朕、某、小生、我が輩、麻呂……たくさんあるから好きなものを選べばいいわ」

 胸を張ってそう言うと限野はうんざりとした顔をした。

「何でそんな一般的でないのばかり選ぶんだよ」

「なら限野が決めたら? 私でも俺でもない一般的な一人称」

「だから俺は今回、文系は得意ではないんだって」

 そう言って限野はわざとらしく息を吐き、まだ若干不満そうだったけれど最終的には合意を得た。そういうわけで、これから前回までについて語る時の一人称は僕に統一する。


 今から約二百年前、僕は死んだ。死んで生まれ変わって、それを繰り返して僕は僕として、長い長い時間を生きてきた。何度も何度も生まれ変わり様々な時代、国を、幾人もの人間として生きてきた。根本的な中身は僕だったのだけど、当然一度死んだ人間はそれで終わりだから名前も性別も違う新たな人間として生まれ変わった。僕という人間の記憶と魂を持ったまま。まるで長い旅のように終わりなく、当てもなく、生と死を繰り返して長い時を過ごした。

 それらは全て、知りたいことを余すことなく知るために。

 そのために僕はもう途方もない昔から生きて死んでを繰り返している。この尽きることのない知識欲を満たすために。

 だけど前回、僕は考えた。

 このまま行けば、いくら生を繰り返しても恐らく僕は全て知ることは出来ない。この知ったそばから新たに知りたい欲求が生まれる僕のことだ。きっとこの星の寿命のほうが早く訪れるだろう。

 そして思い至る。

 一人よりも二人のほうが、効率が良いだろう。

 それから僕は、自分という人間の魂を二つに分けて転生することにした。同じような二人になってしまっては得られる経験は少ないだろうから、二人の僕は少しずつ違う人間になるように。僕の感情も性質も才能も、二等分するのではなくあくまで二分割しよう。少しずつ異なる要素を持った人間が二人出来上がるように。そうすれば僕という人間をもう一人の僕が客観的に見ることできる。僕という人間をより詳細に観察することができる。

 ああ、でも記憶だけはそれぞれに確実に受け継がせなければ。そうでなければ次に生まれた二分の一の僕が今の僕を思い出せないかもしれない。それでは意味がない。

 その辺もうまく調整しなくては。魂をいじろうと試みたのはいつ以来だろう。何としても完璧な形で生まれ変わりたいものだったが、けどその前に前回の僕の体が寿命を迎えてしまった。


 そして私は前世の記憶を思い出すこともなく、十五年を過ごすことになったわけだ。

 幸い、僕を分け合ったもう一人である限野と接触することで少しずつ思い出すことになり、やや乱暴な手段だったけれどそれまでのほぼ全ての記憶を思い出すことができた。

「で、実験的とも言える転生も一応成功したって考えてもいいものかな」

「んーまぁ半成功? 失敗ではないんじゃね? 一宮も一応思い出したし。でも転生に三百年もかかったなんて初めてだからその辺は要改善だな。最初の頃だってそんなに空かなかったつーの」

 確かに、僕はありえない頻度で転生を繰り返してきた。あまりに何度も何度も繰り返してきたため、一体何人の人間としての生を過ごしたのか正確には思い出せないくらいに。      

 いくら時間があっても足りないと思っていたから、死んだそばから転生の準備に入っていた。だから一度死んで、次に生まれ変わるまでにそう長い時間はかからなかったのだけど。

「ひとつの魂を二分割して、どういう家系に生まれて、って細かく設定したし時間がかかるのは想定内じゃない。時間はかかっても成功と言える形で転生できただけでも御の字でしょ。失敗していたら私も限野も今生なんてなかったかもしれないし」

「うん、まぁなー。魂が使いものにならなくなっちゃったらさすがにどうしようもないもんな」

 限野は呑気に笑うけれど、実際こうして辛うじて成功と言える現状を迎えているのは奇跡のような確率だったと思う。魂を二分割して同時代に生まれ変わろうなんて、我ながら本当によくそんなことを思いついたものだ。成功する確率なんてほとんどなかったのに、その少ない確率に賭けた自分も自分だけれど。

「思えば僕は生きることを楽しみ過ぎだっただろうと、最近ちょっと思う。限野を見て余計そう思う」

「そりゃあ楽しいに越したことはないだろうよ? そんな辛気臭く生きてどうするんだよ、人として生きる貴重な時間をさ」

「限野が言うと真剣みに欠けるからただの極楽蜻蛉にしか聞こえないから不思議」

「何だよ、一宮なんかそんな仏頂面ばっかして。世界終焉のお知らせでもする人かよ」

「限野を見ていると、少し真面目に生きなければと思うんだよね」

「俺は一宮を見てると、もっと楽しく生きようと思う」

「あんたは楽しみすぎ。もう少し慎重に生きなよ」

「いいじゃん。一宮が俺のストッパーになればさ」

「じゃあ私はあんたが羽目を外してくれるからいいよ」

「ああ、そっか」

「そうだよ」

 しかし最初から思ってはいたけれど不思議な気分だ。同じなのに違う人間を目の前にするというのも。

 元は同一だったのに今はそれぞれ別個の存在。一卵性双生児みたいなものだろうか。姿かたちも性質もまるで違うけれど。

「そう言えば私はこの間思い出すまで、前世に縁があったらしい相手が同じ時代に生まれていて、再会するなんて、何かものすごい意味があるのかと思ってたんだよね」

 すると限野は軽く噴き出した。

「一宮ってロマンチストだよな。僕にもロマンチストの素養が少しはあったってことか。これまた新発見」

「だって前世で縁があったらしい相手と偶然同じ高校に通うことになって。しかも私はは全然と言っていいくらい覚えてないのに、もう限野はほぼ全部覚えていて。その上、限野は何だか私が思い出すか思い出さないかに随分興味を持って、わざわざあんな回りくどい真似までして私にほぼ強引に思い出せようとしたんだから。何か大層な意味でもあるんじゃないかって勘繰ったって仕方ないじゃない」

「まぁ、思春期だもんなー。自分が特別だと思いたがっても仕方ねぇって。そういう時期だもんなー」

 あからさまに小馬鹿にするように頭を撫でてきた手を払う。

「うるさい。そう思った一番の原因はあんたにあるんだからね」

「俺は俺がやりたいようにしかやらないから」

 さわやかな笑顔で利己的なことを言ってのける。ああ、本当に僕は性格が悪かったのか。こんなにも自己中心的で他人を顧みなかったなんて……。

「蓋を開けたらこんなに意味のないことだったなんて。全部自分のために生まれ変わって、実験的に魂を分けてみたりして、それもその場のノリのような気分で」

「だーから一宮は全ての行動に意味を持たせないと気が済まないタイプなのかって驚いたんだよな。僕にそんな要素はないと思ってた。俺もないし。ところがないようであったんだなーと一宮を見て初めて気付いたよ」

「客観的に自分を見て楽しい?」

 すると限野は満面の笑みで答えた。

「すっげー楽しくて面白い」

「……私は何とも言えない気分」

 確かに前回まで僕はほぼ、現在の限野のような皮肉屋の楽しがりだった。だから僕に私のような性質があったというのは少し意外だけれど、一応僕も人間なんだから二面性があったっておかしくない。それを自覚してはいなかったけれど、確かに今回二人に別れて転生したことでそういう面が見えたのも面白いと言えば面白いだろう。その自覚なかった面を受け継いだ私としては微妙な気分だけれど。

「そんなしけた面するなって。コント・ド・サン・ジェルマンともあろう者が」

「それは前に僕が死んで使い終わった名前じゃない」

「けっこう気に入ってたんだ、あの名前もあの人生も」

「まぁ僕も楽しんでいたしね。でも未練があるわけでもないんでしょ?」

「うん。だって今は限野冬季としてけっこう楽しんでるし」

「それは何より。私もせいぜい一宮棗としての人生を謳歌することにするわ……ああ、そうだ」

「んぁ?」

 限野が間抜けな声を上げて私を見た。

「とりあえずお互いを観察しながら色々知って経験するっていうのが、今回わざわざ二人に分けて転生した理由だったわけだけど、これからどうする?」

「どうするって?」

「具体的に何をするか。私は特に目的意識もなく十五年生きてきたから今はまだ特に思いつかない。限野はどうするの?」

 少し不思議そうな顔をしてから限野は言った。

「俺も特には決めてないけど。その時やりたいと思ったことをする気で生きてきた」

「まぁそういう風に僕は生きてきて、ここまで来ちゃった感じだけど」

 そんないい加減に生きていいものだろうか。ここに至るまで随分回り道をしてしまったし、時間を無駄にするのも気が引けるし。

「だいたい前回までに気になってたことも俺が調べたり勉強したりしちゃったしさ。別に一宮にこれやってくれーってのも特にねーし。じゃあお互いあとは好きに生きてよくね?」

「……何か目的がないと無駄に過ごしちゃいそう」

「無駄も経験の一つだし、いいじゃんか」

「ああ。そういう考えもあるか」

 無駄という経験をすれば、それはそれでいいのか。生きているだけで何かを経験しているのだから。それでいいか。

「じゃあ私は私のペースで好きに生きていく」

「うん。俺は俺のペースで好き放題やる」

「元同じ人間のよしみで忠告してあげる。あまり羽目を外しすぎないようにね」

「元同じ人間のよしみで忠告してやろう。一宮は少し羽目外した方がいいぜ」

 自分と対話するように、他人と対話するように。

 そんな奇妙な感覚を持ちながら元は自分で今は他人の二人、少し離れて歩き出した。

             

                                      了

 灰色蝶にウロボロス、一応これで完結です。ここまでおつきあい下さりありがとうございました。内容にも特にこれといった意味もなく、タイトルも意味分からないんだけどと思われるだけのものになった気がしますが、そういう『何かよくわからない話』だったと認識していただければ幸いです。後日ブログで書ききれなかった設定などをちょこちょこ語ろうかと思っていますので、ご興味があればぜひそちらも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ