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6話

 奴は本当にゲーム中だった。

 誰もいない駅前のカフェのオープンテラスに置かれた椅子に座りポータブルゲーム機を持ち、食い入るように画面を見ている。

「討伐クエストはクリアしたの?」

 私がそう聞くと、奴は顔も上げずに答えた。

「もちろん。で、一宮は?」

「聞くまでもないくせに」

 乱暴に限野の向かいの椅子に座ると、丸テーブルを挟んで向かい合う形になったわけだけど限野は一向に顔を上げやしない。

「私は随分いいように踊らされたようで」

 頬杖をついて限野を睨むと、奴はゆっくりと顔を上げた。ゲームはもういいのか、電源を切ってテーブルの上に置いて。

 そしてにっこりと笑った。

「ああ、成功したんだ」

「腹立たしいことにね」

 そう言ってスクールバッグから取り出したお守りを丸テーブルの上に置く。

「全部あんたの計画通りになって、満足?」

「いやいや。こんなもので満足できるほど控えめな人間じゃないことくらい、一宮が一番わかってるだろ?」

 喰えない笑みを浮かべ、限野はお守りを手に取って自分の制服のポケットへとしまった。お守りという名の餌を。

「私としたことが迂闊だった。あんたが素直に私にお守りなんてものを渡すわけがないのに」

「いやいや、ちゃーんとお守りだぜ? 死ぬほどヤバイ目には決して遭わないようになってる」

「死なない程度にヤバイ目には遭うようにしておいてよく言うわ」

 限野のお守りこそが奴の言う餌だった。持ち主の元に死なない程度の危険な奇怪が寄りつくように作られた、お守りどころか敵寄せだったわけだ。

「死なないならいいじゃんか。結果として一宮の記憶も少しは戻ったわけだし」

 いけしゃあしゃあと言ってくれる。

「それに俺だってちゃんと敵寄せしたぜ? そこそこに危なっかしい奴。この一ヶ月に何度死にそうになったことか」

 大仰に肩を竦めてみせるけど、それが余計に嘘っぽい。

「それはそれは。おかげで随分魔術の扱いにも慣れてきたじゃない。ゴーレムを創作して遠隔操作で私を襲わせる程度には」

 限野は薄らと笑った。今さら否定する気なんてないだろう。私がもう理解していることくらい、こいつだって理解しているのだから。

 餌を撒くことにしたと宣言されたあの日、奇怪な影と遭遇した時には私は既に限野の手の内で踊っていた。お守りという名の敵寄せ装置を私が持つことになったのも、一ヶ月もの間奇怪な現象に遭遇し続けたことも、今日ゴーレム相手に右往左往することになったのも、今こうしてお互い向かい合って座っていることも、みんなみんな限野のシナリオ通りというわけだ。

 腹立たしいけれどこいつはそういう人間で、結果として今現在私はここにいるのだから、私としても結果オーライなわけだけど。

「この一ヶ月、随分色々な奇怪に遭遇したけれど、あのゴーレムだけは限野が仕向けてくれたんだものね? わざわざ私の帰り道一帯を人払いするような魔術まで使って。他の誰でもない、あんたが」

 睨みつけてみても限野はどこ吹く風だ。客観的に見るとよくわかる。本当に何て嫌な奴だろう。私がこういう性格なのだから限野はそういう性格で当然なのだけど。

 ひとつ息を吐いて私は仕切り直すように口を開いた。

「それにしても、あんな重量のゴーレムに押しつぶされでもしたら危うく死んでいたかもしれないんだけど」

「死なないようにはちゃんとプログラムしたって」

「あれはプログラムだったわけ? 魔術の類じゃないんだ?」

「そ。ほら」

 にこやかに限野が見せたのはあの最新スマートフォンだ。その画面にはアルファベットと数字、記号による無数の文字列。

「プログラミング言語?」

 入学式以降、会うといつも携帯をいじっているなとは思っていたら、あれはこのプログラムを組んでいたわけだったのか。思えば、その頃からこいつは私を嵌めるべく動いていたということになる。しかも嵌める当人である私の真横で。

 つくづく迂闊だったとは思うけど今さら考えても仕方がない。話を進めよう。

「でもゴーレムに組み込んだんだから魔術と併用させられたってことでしょ? どの言語使ったの? 私は工学系って疎いからよく知らないけど、C言語だとかJavaだとか?」

「いや。俺の開発した言語。ふつうのプログラミング言語に魔術対応なんてないからなー。自分のやりやすいように作った。とは言え随分時間がかかったけどな、数年単位。制御工学だの情報工学に触れるのは今回が初めてだし。二、三百年もタイムラグがあるとやっぱ埋めるのに時間がかかるな」

「私は今回そういう系統ってさっぱり。どちらかと言うと文系に偏っている」

「俺はどっちかっつーと理系だからバランス取れていいじゃん」

「まぁね」

「しっかしこうして一宮もけっこう思い出したし、苦労してゴーレム創った甲斐があったなー」

 満足げに言いながら限野は伸びをした。

「でも昔あれだけやった魔術系統に向かない体質ってのは誤算だった。あの程度のゴーレムの作成にも随分手間がかかったんだぜ?」

「わざわざ金に変換したゴーレムなんて創っておいてよく言う」

 ゴーレムは本来、土人形だ。

 だけど私を狙ってきたあのゴーレムは金だった。金メッキではなく全身純金製の。見たわけではないけれどわかる。あれはわざわざ土を金へと変えたものだ。いわゆる錬金術によって。

「前だってそれなりに苦労してあれだけの容量のゴーレムを金に変えられるようになったと思っていたけど」

「俺は苦しく労働したことなんてないから。努力はするけどな」

 まぁ確かに。努力を苦しいと思わなければ、それは苦労とは言わないのかもしれない。結局のところ楽しんで学び、研究していたわけだから確かにあれは苦労ではないか。

 カバラも錬金術も、魔術と呼ばれる様々な知識も、占星術も呪術も妖術も医学も哲学も神智学も化学も語学も。知りたいという知識欲のままに貪欲に学んだ。そこには苦痛など存在せず、新たな知識を得る歓びだけがあった。

 限野は今もそれは変わってはいないようだけど。今回のゴーレムやらには随分手間暇をかけたようだし。あの容量のゴーレムを作成し、金に変えたのだからそれなりに面倒なプロセスを踏んだのだろうし。

「ってそうだ、忘れていた。私は請求に来たんだった」

「請求?」

 限野は何のことだとばかりに首を傾げる。

「クリーニング代よ、クリーニング代。あんたのゴーレムのおかげで制服も靴もバッグも目も当てられないくらいドロドロになったじゃない」

「ん? ドロドロってどこが? て言うか制服は?」

「これは着替えてきたの。一度家に帰って。あんなひどい格好一秒だって早く脱したかったから」

 一度帰宅してシャワーを浴びて着替え、もう一度駅前まで出てきたのだ。酷い手間だった。

 すると限野はきょとんとした顔で言った。

「別に泥だらけでもいいじゃん。どうせ今この一帯で俺以外の誰かに会うことなんてないし。つーか、やけに遅いなと思ったら着替えに帰ってたのかよ。おかげで俺はずーっとゲームしてるしかなかったじゃないかよ」

「限野が勝手に待っていたんでしょ。だいたい約束も何もなしによく私がここに来る気でいたものだよね」

「ん、そりゃあゴーレムがぶっ壊された時、一宮が色々思い出したなーってのが俺にも何となくわかったから。じゃあ町が人払いされてるのも、俺がやったって気付いて会いに来るだろうなーと」

「嫌だ、何で限野に私のことがわかるかな。気色悪い」

 心底の言葉に限野が口を尖らせる。

「気色悪いはないだろ。ひっでーな。俺の繊細なハートは見るも無残にズタズタだ」

「繊細って意味を間違えて覚えたの?」

「……何で一宮はそんなに毒々しい言葉ばかり口から出てくるんだろうなぁ。仕方ないか、俺があまりに善良極まりないし」

「じゃあ自称善良の限野はさっさと人払いしたこの町をなんとかしてくれない? 泥まみれの姿をご近所や家族にも見られずにすんだのはよかったけど、これじゃあゴーストタウンじゃない」

「せっかく苦労してこんな大規模に人払いしたのに」

 あからさまに不満げだけれどそんなことは知ったことじゃない。

「さっき苦労なんてしたことないって言ったのはどの口?」

「たった今、ああやっぱりあれは苦労だったなと認知したんだよ」

 そう言ってわざとらしく肩を竦めてみせたけど、飽きたのかそっぽを向いて「でも腹減ってきたなぁ」などとほざきだした。

「それじゃあ一宮もうるさいし、そろそろ帰るか」

「その自己中心的な性格はもう犯罪だよね。客観的に見れば見るほど思う」

「客観的に見ると一宮の毒舌は凶器だよな」

「黙れ。自己中で人様のペースを乱すよりはマシだから」

「その毒舌でこれからどれだけの人間のハートを抉ってくんだろうな?」

 言い返したかったと言えば言い返したかったけど、これ以上は不毛な争いでしかないのでお互いそれ以上は言わなかった。こうなったら諦めてなかったことにして水に流すのが懸命だ。

「あーそうだ」

 先に沈黙を破ったのは限野だった。

「帰るより先に聞かせろよ。それで一宮、自力で思い出してどう思った?」

 まったく笑っていな目に形だけの笑顔で限野はじっと私の顔を覗きこんできた。

 触れるほどではないけれど、間近にある限野の顔を見て奇妙な感覚を覚えながら私は答えた。

「そう言えばそういうことにしたんだった。それが最初の感想」

「最初ってことは次もあんの?」

「あるね」

「ふぅん。じゃあ次の感想ってのは?」

 にやにやと笑みを浮かべる限野に、こちらも笑って答えてやった。

「私とあんたが元は同じ人間だったなんて、気色悪くて死にそう」

 限野はおかしそうに声を上げて笑った。

「全く同感だ」 


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