あこがれの聖騎士が、じつはメンヘラなんて聞いてない!
神聖リムリア帝国。広大な領地と守護女神リムリアに守られた屈強な聖騎士団によって人族の土地を押し広げた大国。
そしてその神官たちは体に刻まれた聖痕を通じ、女神からの神託を得ていた。
かれらを人はこう呼ぶ。
「――迷いなき騎士団」
私はこの春から聖騎士団の補佐を命じられた侍女。
厳格で清廉な騎士団の部隊長さんの日々のお世話がお仕事です。
「きょ、今日からよろしくお願いします!」
「おれはうじむし……」
案内されたジークバルド・クロスリッターさまのお部屋に自認うじ虫の巨漢がうずくまっていました。
「えっ……と。もしかして、ジークバルドさまですか……?」
「俺なんかうじークバルドです……」
「自己肯定感が地の底を這いずってる!?」
「女神リムリアさまからの神託が4時間も途絶えた……俺にはもう聖騎士の資格なんかないんだ……うぉおおん!!」
「声でっか……そ、そんな! あの百人英雄と呼ばれたジークバルドさまは聖騎士のなかの聖騎士ですよ!?」
「その人の相手、まじめにやるだけ無駄ですよ」
「副長にも見放された……俺はもう追放されるんだ……」
困惑する背後から、部隊の副長さんがぴしゃりと言い捨てた。
「ネロンギウスさま、おつかれさまです。ジークバルドさまはいつも……?」
「君が新人メイドか。アレはいつもこんな調子だから、放っておけばそのうち神託を受けて仕事をするよ」
「俺はリムリアさまに愛想をつかされるような男なんだ……きっと前の討伐で殺した蛮族が足りなかったんだ」
「……もしかして、ここの離職率が高いのって」
「雇用条件や過酷さではなく人間関係だ。無理そうなら早めに異動届を提出するといい」
担当する聖騎士さまがメンヘラだなんて聞いてない。
執務机にどさっと資料を置いて去っていくネロンギウスさまを見送りながら頭を抱え、部屋の隅に詰まった巨漢を見つめる。
輝かしい英雄様の威光はまったくなく、じめじめと暗いオーラをまとう背中はしゅんしゅんと縮こまって見えた。
「いいえ、せっかくあこがれの聖騎士さまのお傍仕えになれたんです。頑張ります!」
一度ジークバルドさまのことは置いておいて、乱雑に散らかった室内を整えることに専念することにした。
*
「はっ! リムリアさまからの神託!!」
「うるさいですよメンヘラゴリラ」
「む、電撃透明男と名高いネロンギウス卿。久方ぶりだな」
「一応毎日顔を合わせていましたが。近頃は書類仕事が多くてほとんどゾンビでしたからね貴方」
「そうか……"また"リムリアさまからの「働きなさい」という神託に従い、無心で奉公してしまったようだな」
「ええ。またです。戦の時以外はこれだからこのメンヘラゴリラは……」
「……だが、妙にきれいじゃないか? 部屋もそうだが、俺自身が」
きょろきょろと見回しながら首をかしげるジークバルド。
その屈強な肉体は浅い褐色で、金髪が緩く揺れた。
体格こそ巨漢のそれだが、少年時代の美貌を思わせる造形に、私は部屋の隅からほう……と息を吐く。
「それはあそこの……もう1ヶ月以上貴方付きの侍従をやってるメイドの仕事ですよ」
「俺の侍従が1ヵ月も持つわけないだろう。俺だぞ?」
「いつもはうざいですが、今回ばかりは同意します。奇特な侍従ですから大事にされたほうがいいかと。メンヘラゴリラ隊長」
「貴様が言えたことか、腹黒眼鏡副長。さて、キミが新しい侍女か」
「は、はいぃっ!」
話しかけられる流れに飛び跳ねて裏返った声を出す。
あのジークバルドさまと会話するなど、思ってもいなかった。
というかこの一か月ほぼ虚ろな人だったから変に緊張する……っ!
「まずは感謝しよう。最長記録の達成と生活の世話をしてくれたようだな」
「恐縮でございます……本当に心が入っていなかったのですね……」
「うむ。神託が途絶え、リムリアさまに献上する手柄がないとどうもな……生活に張りがなくなる。キミには面倒をかけたな」
「さすが根っからの戦闘民族……っ。いえ、私のお仕事ですから。それに、もっと苛烈な方かと思っていたので……」
「失望しただろ。よく言われるんだ」
「いえ、安心しました。あの勇敢なジークバルドさまにも男の子らしい一面があったんだなって」
「は、はあ!? ……なるほど、奇特な侍従」
理想としていた英雄様のイメージとは違ったけれど、仕事に悩んで苦悩している姿が実家の弟に似ている気がして。
なんだかお世話させていただいているのに親近感を感じてしまっているのでした。
「奇特でしょう。まあ今月でやめるかもしれませんが」
「お前はいつも一言多い。それで、キミの名前は?」
「私の名前ですか……っ!?」
「なぜ驚く。呼ぶのに必要だろう」
「いえ……一ヶ月一度も呼ばれていなかったので……」
「キミも俺の部下だ。名前を知る権利はあるだろう? ……俺のような主に呼ばれるのは嫌か……」
「また闇に沈むんですか? 今日の業務が終わってからにしてもらえますか」
「いえいえいえっ! 滅相もありません! 私はエリエスっていいます、よろしくおねがいしますね」
周囲の空気ごとじめっと重苦しく背負うジークバルドさまにあわてて自己紹介し、遅ればせながらカーテシーをする。
というか、いろいろな順番をすっとばしすぎて、事前に詰め込んだ礼儀や作法なんかどこかへ逃げ出してしまった。
「エリエスか、いい名前だ」
「必死に取り繕ってますが、そのキャラ無理がありますよ隊長」
「ネロンギウス!! 貴様は下がれ!」
「おっと、それでは失礼いたします。エリエス嬢、何かあれば呼んでください」
「わ、私は嬉しかったですから、そう気になさらないでください……!」
じゃれあう兄弟のような二人にほっこりとしつつ、お夜食のサンドイッチのバスケットを差し出した。
「あいつの言うことは気にするな。……あらためて、これからもよろしく頼む」
「いえいえっ! こちらこそよろしくお願いします! ジークバルドさま」
*
「それで、どうなの? 結構噂になってるよ?」
「ジークバルドさまにも春が来た? って!」
「そんなんじゃありませんってば……!」
それからまたしばらく。
メイドの集まる厨房でつつかれることが多くなりました。
聖騎士の近侍といえば、女性の花型職業のひとつ。
玉の輿も狙えるからか隊長格の侍女は注目されます。
「ジークバルドさまは私のあこがれですけど……そういうのじゃなくて」
「そういうのじゃなくて~~?」
「じゃあどういうのなのか聞かせなさいよっ!」
「人として尊敬してるんです。不純な想いなんか、戦うひとには重荷になってしまいますから」
軽食にする芋を剥きつつ、きっぱりと好奇の視線を振り払います。
そもそも私は恋愛をしようと思ってこの職に就いたわけじゃない。
この国を守る騎士様を支えたいから志願した。そういう誇りを込めた一言。
「えぇ……重……」
「下手に面食いよりガチっぽーい……」
「どうしてそうなるんですか。恋愛目的で来られるほうがきっと大変です」
芋を抱えたまま半歩引く同僚にむっとしながらも作業を進め、くし形に切った芋と白身魚をフライにします。
余った分はお酒のあてにできるように、とちょっと濃い味のスパイスを振って。
「エリィはさあ、聖騎士さまに夢みすぎなんじゃなーい?」
「そーだそーだ! ジークバルドさまだってエリィのことめっちゃ意識してるかもじゃん!」
「ジークバルドさまはそんな方ではありません! お先に失礼しますっ」
べー! とべろを出して悪態をつきながら出来立てのフライをバスケットに入れて、ビネガーの小瓶を詰めたら厨房を後にします。
ジークバルドさまは"あの頃"からずっと高潔な聖騎士なんだから。
*
「軽食をお持ちしましたっ。ジークバルドさま」
「もう無理だ……俺には部隊を率いる器なんかないんだ……ここで朽ちるまで置物になる……」
軽い足取りで戻った執務室には、カーテンを体に巻いてうずくまっている置物がいました。
「今日はできたてのフィッシュアンドチップスですよ、ビネガーはいかがしますか?」
「リムリアさまに認められていない俺には……ビネガーばしゃがけのしびれるようなのがお似合いだ……」
「まずはそのままですね、いま配膳いたします~」
「エリエスくん、慣れましたね」
「ネロンギウスさま、いつからそこに?」
「もうだめだ……部下に軽蔑されて孤独死するんだ……」
「今さっきです。メンヘラゴリラが食べないようなら、そちらは私がいただきますが」
ぱちぱちと雷の魔力で乱れた黒髪を整えながら現れたネロンギウスさま。
二人に分けようと予備の食器を取りに動こうとしたその時。
「そ、それはダメだ」
「おや、置物ではなかったのですか?」
「ジークバルドさま、珍しい……」
「侍従をいびり倒す腹黒眼鏡にやる料理はない、ちゃんと侍従をつけて作ってもらえばいいだろう?」
意外な反応に、ネロンギウスさまと顔を見合わせた。
「もともと余分に作ってありますから、今お二人分にしますよ……?」
「それもダメだ……っ! ネロンギウスを甘やかすな、これは隊長命令だ」
「甘やかしているつもりはありませんが……?」
ジークバルドさまの侍従になって三ヶ月ほど。
虚ろになるか、ばりばりと仕事をするかの二つに一つだったジークバルドさまが、かつてない動きを見せようとしていた。
体に巻き付けていたカーテンをゆっくりとほどき、隙間から碧い目を輝かせて這い出るすがたはまるでアンデッド。
そこまでネロンギウスさまに侍従をつけたいのかと驚きながら、ゆっくりと食器棚から離れます。
「――別に、焦らなくてもフィッシュアンドチップスは逃げませんよ」
野獣とにらみ合うような緊迫感を、ネロンギウスさまがため息交じりに切り裂く。
「あっ、ああ~……もしかして、ジークバルドさまの好物……でしたか?」
「は!? んっ……こほん、そうだ。俺はその、無類の白身魚マニアなんだ……」
「しっ……! しろみざかなっ……マニア……あはははは!」
「ネロンギウスさま、笑うところではありませんよ……せっかくジークバルドさまが心を開いてくれたんですから」
「あっいや、うん……」
またカーテンのなかに戻りかけるジークバルドさまの手を引き戻しながら、眼鏡をずらして膝立ちになるほど笑うネロンギウスさまを窘めます。
「でもすこし嬉しいです。私、実家が港町で……明日もお魚にいたしますね!」
「それは、よかった……レモンかビネガーの効いたやつを……」
「しっしろみざかなマニアの隊長……っ! 私はっこれで失礼、失礼しますね……っ。ぶふーっ!!」
「ネロンギウス、覚えておけよ……」
「ま、まあまあ……! ほらジークバルドさま、フライが冷めてしまいますから……っ!」
「そうか、そうだな……」
興奮したのか、顔がいつもより赤いジークバルドさまを椅子に促し、まだ湯気の上がるフライにビネガーの小瓶を添えて提供します。
何度か深呼吸をしてからフライをほおばる顔を見つめていると、嚥下のあとに少し微笑んで。
「うまい。ハーブか? さわやかで、少し刺激的だ」
「そうなんです、私の実家オリジナルでっ」
さっきのまずはそのまま、を覚えていたのかも? なんてうぬぼれそうになりながら。
ゆっくりと、余分に作った分まで食べるジークバルドさまを眺めていると、私はあの頃のことを思い出します。
ジークバルドさまが、まだ聖騎士見習いだったころを。
七年前。
まだ私が実家の酒場を手伝っていた子供のころ、港町には聖騎士団の討伐隊が訪れていました。
海の魔獣、ジェネグラーグが現れるという神託を受けた聖騎士たちは、教会から明日出撃する。
戦えば、死ぬかもしれない災厄とその身で渡り合う英雄たち。
私は実家の酒場を待機所として開いた両親の手伝いをしていました。
「こちら、差し入れのお魚のフライサンドです……!」
「おお、これは嬉しい。お嬢ちゃんありがとうね!」
出陣する騎士様たちに、少しでも元気をつけていただきたくて。
お母さんとたくさん作ったフライのサンドを配り、無事を祈ることしかできない自分。
その無力さにいつの間にか涙を流しながら。
「……僕にも?」
「はい、ぜひ食べてください……」
その中に、金髪の男子がいました。
歳は18くらいのお兄さん。
「ごめん、僕……白身魚苦手、なんだ」
「あっ……すみ、ません……無理を言ってしまって」
「こ、こっちこそごめん……! 泣かせるつもりはなかったんだ!」
「おいジーク! お嬢さんを泣かせたのか?」
その場で泣き出してしまった私を、彼はたどたどしくも気遣ってくれました。
「ちが、違くて……。騎士様も、怖いんだって。わかってるのに……わたしにはなんにも……」
でも私は、その慰める手が震えているのに気づいてさらに悲しくなってしまって。
自分でも止め方のわからない涙を必死に袖で拭うことしかできませんでした。
「これは……これは、武者震いだよ。ねえ、顔を上げてよ」
「っく、はい……?」
泣き止むことのできない私を見かねた彼が、深呼吸ののちに立ち上がった。
それを見上げるように前を向いて、そこで見た景色をきっと私は忘れない。
「――僕は……俺は聖騎士……見習いジークバルド!! お嬢さんのために魔獣ジェネグラーグを倒して見せよう!」
聖騎士の大人たちから、はやし立てるような口笛が上がる。
天井からつるされたランプの明かりに眩い太陽のような金髪がきらめいた。
「どう、やって……?」
「そんなの、こうやって! こうやってさ!」
そう言うと、彼はさっきのフライサンドを掴んで豪快にかぶりつきました。
ばくばく、と勢いよく食べ。大きく喉を鳴らして飲み込む。
「っ……はあ。お嬢さんがそう願うなら。聖騎士はどんな敵にだって勝てるんだ!」
「すごい。すごい……っ!」
「はは、あはは。自分でもびっくりだけど。美味しかった……また食べたい。だから、安心して待ってて」
ちょっと無理したように大きな笑顔を作る彼に見とれて、いつのまにか涙は引っ込んでいました。
そのあとは、あれよあれよという間に嵐が訪れて。私たちが避難している間にジェネグラーグは聖騎士たちに討伐されました。
きっと、彼にとっては特別ではない記憶なのだと思うけど。
私にとっては今日が約束を果たした記念の日になったのです。
思いを馳せているうちに完食していただき、元気が出たジークバルドさまのお世話をすると、いつの間にか退勤の時間になりました。
「それでは、私はこれで失礼いたしますね」
「ご苦労。ところで君は……」
「どうか、しましたか?」
「いや、何でもない。明日からもよろしく頼む」
「お仕事ですから、おまかせくださいっ!」
ジークバルドさまの珍しい笑顔に、あれからお魚を好きになってくれたんだと温かい気持ちになる。
明日のお昼は何を作ろう。朝市に行って新鮮な魚介を見繕うのがいいかもしれない。
ずっと思っていたものとは違くても、やりがいと楽しさを感じるいい職場だと鼻歌交じりに寮へと帰りました。
*
ある日の蛇足。
「ネロンギウス。言いたいことがあるなら言え」
「いいのですか? ではジャブから。メンヘラゴリラ卿、最近一回り大きくなってません?」
「……侍従の仕事が良いからだ」
執務室ではなく、聖騎士のたまり場になっている宿場の個室でジークバルドとネロンギウスは信頼のおける隊員とともに酒を飲んでいた。
聖騎士も休日には酒を飲む。
リムリアさまも許可する嗜好品だ。
「隊長、あきらかに肌つやと色気が増してますもんね」
「それだけじゃなく、背筋も伸びてる時が多いっすよ」
「それも全部侍従のおかげだと?」
「そうだ。リムリアさまに恥じない男として……な」
元来、臆病で引っ込み思案なジークバルドは、酒の席ではなお寡黙になる。
それは隊長と英雄というふたつの看板を肩に背負うからこそだと、隊員はみな知っていた。
「最近は侍従の間でもジーク隊長の色気がすごいって噂らしいですからね」
「知らん。恋愛に現を抜かす聖騎士など……」
今日もまた、ジークバルドは冷静を装ってごまかすように酒をあおっていた。
「でも隊長、実際どうなんですか? エリィちゃんとは」
「彼女、ちょっと地味だけどそこがかわいいって評判っすよねえ」
「っぶふん!?」
「メンヘラゴリラ卿、眼光がガチですよ」
しかし、部下の発言でその牙城はたやすく崩された。
そしてネロンギウスだけがおしぼりを広げて酒しぶきを防いでいた。
「うお、やっぱガチなんだ……」
「えっと、俺たちなにか失言しましたでしょうか……?」
「……いや、そのだな……まずなんだ、そのエリィとかいう呼び方は」
「あなたは十代ですか。あだ名でしょう、エリエス嬢の」
「そういうことを言っているんじゃない。ちまこいとはいえ、聖騎士が女性を気安く愛称で呼ぶなんて……」
「貴方がデカいだけで、エリエス嬢は平均ちょい下くらいですよ。18歳ですし、成人女性です」
「ぐ……」
ジークバルドは平均的な男性よりも大きかった。
身長は190センチを超え、筋肉で骨格もがっしりとしている。
だからこそ、エリエスをそのような目で見ることを禁忌として考えてしまっていた。
「そ、そうですよジーク隊長。エリエス嬢は一般的にかなりカワイイっすよ」
「そうそう。体つきも、いいお母さんになりそうな感じで、お似合いっていうか……」
「彼女をそのような目で見るな……ッ! 貴様らは聖騎士だろ!」
「すいません、ピッチャーでお冷いただけますか? はい、うちのゴリラが飲みすぎみたいなので」
「俺は酔ってなどいない……! ネロンギウス、貴様はどう思ってるんだ……!」
「え、私ですか? そうですねえ……」
個室の戸を細く開け、注文をかけていたネロンギウスは眼鏡を光らせながら考える。
(私のおよび知ることではありませんが、このメンヘラゴリラの依存先は複数あったほうが仕事が楽になるんですよねえ)
「ど、どう思っているんだ……エリエス……エリィのことを……!」
「隊長いましれっとエリィ呼びしたな……」
「うらやましかったんすかね……?」
(しかし、簡単にくっついてしまっても面白くない。せっかくなら……)
少し思考し、運ばれてきたピッチャーの水を受け取って口を開く。
「そうですね、あのような侍従を妻にしたらさぞ生活に華があると思いますよ」
「な、なにっ……!?」
「副長がぶっこんだ……!」
「下剋上なのか……!? オレ尊敬する上司の殺し合いは見たくないっす……!」
あぐあぐと口を開閉するジークバルドにピッチャーごと水を渡しながら、ネロンギウスは不敵に笑う。
これくらい遊んでも罰は当たらないだろう、というように。
「……なに、あくまで一般論ですよ。過剰に見た目を飾り立てない、家事も育児もうまそうな若い少女なら誰でもそう思います」
「あの冷血マジレス暗殺副長が……」
「女嫌いで侍従を泣かすことに定評のある姑騎士がエリエス嬢に……!? 事件っす……」
「いい度胸だ、休み明けに模擬戦闘訓練をつけてやる」
「「ヒィっ……」」
「んぐ、んぐ……」
差し出された水をピッチャーからがぶ飲みして、少し頭の冷えたジークバルドはうつむいてどんよりとした空気を背負った。
「やはり……エリィは魅力的な少女だろうか……」
「隊長はかたくなに少女扱いなんすね……」
「小柄だけど成人だよな……?」
「ゴリラ基準では少女なのでしょう、とはいえいつまでも小鳥が窓辺にいると思うのは愚かだと思いますがね」
「副長容赦ねえ……」
「いまだに彼女ナシの俺たちにもぶっ刺さってるっす副長~~」
「……小鳥に嫌われるくらいなら、部屋の中から見守ったほうがいいのではないか」
ジークバルドは、消え入るような声でそうつぶやく。
そこにはなにか特別な思い入れがあるのを、その場の隊員たちにも理解させるものだった。
「隊長……」
「エリエス嬢はそんな人じゃ……」
事情があるのか、そもそも神託に依存するほどの恋愛的体質の問題なのか。
隊員たちはわからないまま顔を見合わせて思う。
(いや……3ヶ月つきっきりで尽くされてそんなこと言ってるの順番おかしくねえ……?)
「あなたゾンビ状態の時に風呂まで世話させてましたけど、今更そんなこと気にしてるんですか」
「副長容赦ねえ……!」
「そ、それは仕事だからかもしれないだろう!?」
「仕事だと割り切れることなら他の侍従も転属願を出さなかったと思いますがね」
「副長、酔ってます?」
「うわ、眼鏡の下真っ赤っすよ……!」
*
宴会の後、ジークバルドは一人自分の屋敷には戻らず酔いを醒まそうと夜道を歩く。
しかし頭の中にはエリエスのこととネロンギウスの指摘がぐるぐると巡るばかり。
「久しぶりによくない酔い方をしたな……」
揺れる視界のまま、気づけば公園にたどり着いていた。
月光を見上げ、自己嫌悪の海に沈みかけたその時。
「あれ……ジークバルドさま?」
「え、エリィ!?」
そこには、月光に照らされた少女が立っていた。
否。立っているわけがない。
ジークバルドは、都合のよすぎる存在を幻覚だと認識した。
「はい……ジークバルドさまにそう呼ばれるのはちょっとくすぐったいですね」
「なぜこんな時間に外にいるんだ……?」
「ああ、それはこの子の当番を代わって」
ジークバルドが目を落とすと、足元には一匹の犬が凛々しく彼を見上げていた。
女子寮の番犬、ガーディくん。たれ耳の大型犬で、並の大人なら容易に制圧する力をもつ。
「そ、そうか……運が悪かったな」
「運が悪い、ってなんでですか?」
「業務後にまで厄介な相手と会いたくないだろう……?」
「メンヘラモード……? 少し違うみたいだけど……」
しゃがみ込み、ガーディくんをわしゃわしゃと撫でるジークバルド。
普通に酒臭くて顔はガン逃げされていた。
「ジークバルドさま、そんなこと全然思ってないですよ」
「エリィは、どうして……」
どんな孤独にも寄り添う月光のような少女。
ジークバルドの眼には、初陣の日に白身魚のフライサンドを配っていたあの少女が映っていた。
何かを焼くような力ではなく、静かに抱くような素朴な光を放つような。
それを正しく問う語彙は、したたかに酔ったジークバルドにはなかった。
「そ、それはえっと……はずかしいので秘密です」
「……? よくわからない、が……エリィがよければ、俺のことをずっと……」
「ずっと……?」
「ずっと、俺のことだけを支えてほしい」
「……っ、はい! まかせてください」
自分のためには勇気が出きらず、あいまいになった告白はまたの機会にお預け。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
誤字脱字などありましたら、こっそり教えていただけると助かります。
もしよければ、このお話への一言メッセージもお願いします。
「ここがよかった」「ここがよくなかった」
「今後こういう展開が見たい」
などなんでもお待ちしています!
面白いお話を書けるように頑張ります。これからも応援していただけると嬉しいです。




