魔女の塔の王女は、国を滅ぼすことにした
深い深い森の中。
塔がある。
他には何も無い。
深い深い森の中だから。
ある日、王都の下町で数人の人足が集められた。
大層、声が良く。
大層、明るい笑顔の仲介人と名告る男が、ふらりと酒場に現れて
「良い仕事があるよ。
老朽化した建物の補修をするだけ。
難しいことはない。
ただ板を打ち付けるだけ。」
そう囁いたのだ。
翌日、そんな耳障りが良い言葉に集まった者達が、馬車に乗せられ、辿り着いたのは、うっそうとした森の入り口。
人足達は、不安を訴えた。
「あの・・補修工事って聞いたんだけど。」
「俺も、日曜大工くらいって。」
武装された騎士が待機しているのも怪しい。
仲介人は、まるで気にする様子も無く、大層明るい声で言った。
「そうですよ~。積んできた板担いで、ちょっと歩いてもらいます。ボロい建物があるんで、そこにちょちょっと板を張り付けるだけ。すぐ終わりますよ。」
軽い口調に反して、騎士の眼差しは厳しい。
思わず人足達が縮み上る程に。
「あれあれ~、どうしました?皆さん。」
その様子をキョロキョロ見た仲介人。
パチンと両手を合わせて拝むように言った。
「あ~、ごめんなさいね。怖いでしょ?!実力派を集めちゃったから!」
カラカラと笑い飛ばし、人差し指を突きつけた。
「森に入るから念のため!大丈夫!しっかり守ってくれますよ!」
そんな事を言われても、とても自分達を守るようには見えない。
「でも・・・。」
「時間がなくなりますから。行きましょう!」
言葉を遮るように仲介人が言って森の道に入っていってしまう。
まごまごしていると、後ろで、不穏な音がする。
カチャリ。
振り返らずともわかる。
武装された騎士が鳴らす剣の音。
続けて他の騎士も。
カチャリ、カチャリ。
刃を少し鞘から抜き、戻す音。
いつでも抜ける。
そんな、無言の圧力。
人足達は一斉に黙り込んだ。
黙り込むしか無かった。
気づけば、最前列と、最後列に騎士が配置した。
最前列が進み、最後列も進んで来る。
挟まれた人足達は、進むしか無い。
ザッザッザッザッ。
一定の速度で、
一同は森の奥へ奥へと進んでいく。
肩に板を担いで。
半日かけて到着したのはポッカリと開けた場所。
明らかに人の手で切り開いた場所に、ぽつんと立つ塔。
古い石の塔だった。
壁には蔦が絡み、石は所々崩れている。
どことなく薄気味悪さを感じる。
仲介人は、また明るく告げた。
「あの塔のですね。扉を覆って欲しいんです。お仕事はそれだけ。」
軽く、簡単な事と言わんばかりに。
「隙間無くお願いしますね!」
なんて注文までつけられる。
人足達は顔を見合わせた。
塔の扉は鉄扉。
板で覆わなくても、扉は重厚。
その上、蝶番も錆び付いているのだ。
簡単に開けられそうに無い。
だが、命令だ。
数人の人足が張り付ける塔の扉を確認しに近づいた。
やはり錆び付いている。
一部、木枠が残っている場所に運んできた板が打ち付けられるか。
そんな相談をしているうちに、一人がある事に気づいた。
紋章が刻まれている。
人足の顔色が変わった。
掠れた声で呟く。
「もしか・・して・・魔女の塔」
どよめく他の人足達。
この国の人間なら誰でも知っている。
王の先妻。
そして、その娘が幽閉されている塔。
通称、魔女の塔。
動揺が一気に人足達に広がる。
一人の人足が叫んだ。
「イヤだ!呪われたくない!」
そう言って走り出した。
「お・・俺だって!」
「俺も!」
他の人足達も蜘蛛の子を散らすように駆け出す。
それも仕方ないだろう。
だって、塔に閉じ込められているのは悪い魔女だから。
この国の人間なら誰もが知っている話だ。
悪い魔女は王をそそのかし、婚姻を結んだ。
魔女を封じる為に、現王妃は魔女に立ち向かった。
苦難の末、現王妃の愛の力で王と国は救われたのだ。
ただし、滅ぼす事はできず、塔に封じ込めたのだ。
そんな話を王国の子供達は寝物語として聞かされる。
悪いことをしたら、魔女のように閉じ込められるよ。
そんな教訓としても日常遣いされている。
それほど、この話は国民に浸透している。
そんな魔女に関わりたいはずがもない。
だから、彼らは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
悲鳴を上げながら。
森の中へ。
そして人足達は逃げおおせた。
・・・そんな訳はない。
そんな事で許される訳もない。
現実はそうではない。
逃げたら捕まる。
捕まって言い聞かされる。
逃げた後の事を。
人足達の家族のその後を。
よくよく言い聞かされて、人足達は仕方なく板で隙間なく扉を封鎖した。
心の中で謝罪を、許しを請いながら。
手を震わせながら。
その様子を、仲介人は変わらない笑顔で見守る。
いや、視線は絶えず塔の上に向けられている。
だからだろうか、人足の作業の遅れには全く注意を向けない。
急かされることない作業が終わった頃には既に日が傾き初めていた。
簡単な作業のはずなのに、人足達は疲れ切った顔をしていた。
仲介人が労う。
「お疲れ様です。少し、時間がかかってしまいましたね。」
と。
そして、
「安心して下さいね。残されたご家族に慰労金を弾みますから。」
明るく、良い知らせのように告げた。
人足は固まった。
一瞬の間があって、その内の一人が口を開いた。
「どういう・・。」
人足達の言葉は最後まで告げられなかった。
返答は、夕日を浴びて煌めく刃。
風切り音。
ほどなくして、塔の周りは朱色に染まった。
騎士達もそのまま隊列を組んで帰途についた。
夕日に向かって、全身を茜色に染めて、
無言で。
はてさて、家族には慰労金が支払われるのだろうか。
それは、わからない。
この工事ですら、公式の記録に残らないのであろうから。
記録には残らないが、この顛末の一部始終を見届けた者はいた。
塔の住人だ。
今や、たった一人の住人。
先妻の娘。
王女と呼ばれることも、遇されることもない。
だから、ただの少女だ。
窓辺に佇む一人の少女がいた。
美しい少女だった。
この惨状を目の当たりにしても、なんの感情も見せない。
無表情で、この一日の様子を見届けた。
人足が現れ。
逃げ惑い。
捕まり。
工事を行い。
そして、切り伏せられた所まで。
全部全部。
今も、塔の周りには息絶えた人足達の屍が転がっている。
血の臭いすら立ち上ってくる。
今ですら目を覆いたい程の光景なのに、しばらくしたら森の獣たちが腹を満たしにくるだろう。
その証拠に、森がざわめいている。
いや、一番乗りが現れた。
最初に現れたのは鳥だ。
死肉を好む黒い鳥。
一羽現れ、二羽、三羽。
次々に集まってくる。
鳴き声と、ついばむ音。
より一層凄惨な光景になっていく。
少女は、それにも動じることなく、視線を横に移した。
寝台が一つ。
その上には、これまた美しい女性が横たわっていた。
面差しからすると、おそらく母親なのだろう。
よく似ている。
少女は母に向かって、
「これが、あなたの守ってきたものよ。」
と、冷たく言った。
氷のような声だった。
母から返答はない。
どころか、全く動かない。
それもそのはず。
母は亡くなったのだ。
昨日、眠るように息を引き取った。
だから、少女は、届けられる食糧の籠に母が死亡した事を認めた手紙を入れた。
籠は回収され、その返事は無く、変わりに差し向けられたのが、騎士と人足。
そういう訳だ。
さてさて、閉じ込められているのに、守ってきたとはどういうことか。
それには理由がある。
母は守の民であった。
結界や術を扱う、不思議な力を持つ一族。
そんな能力を持っていれば利用されるか、迫害されるか。
どちらにしろ良い目には合わない。
だから、守の民は隠れ住んでいた。
その隠れ里を保護してもらう代わりに、王国の結界を請け負っていたと言うわけだ。
隠れ里から出ないはずの母。
王太子として王宮で暮らすはずの父。
なのに、二人は出会ってしまった。
「本当はいけないんだけど、冒険に出かけたの。」
母は少女に恋物語を語った。
「そこで運命の出会いがあったのよ。」
事ある毎に聞かされる話に、少女は辟易していた。
「あなたのお父様も、冒険に出たと言っていたわ。私達、最初から気が合ったの。」
聞く方も、わくわくして聞いていると語り部は思っていたようだが、独りよがりの独演会は聴衆の心を掴むことはない。
最後まで母は理解しなかったようだが。
少女に言わせると、
~~軽率な者同士でお似合いってことね。~~
そんな所だろう。
どちらも外に出歩いていけない身の上で、しきたりも護衛も全無視しての愚行。
なのに、母にとってはこの上ない美しい思い出なのだ。
「皆に反対されてね。それでも、あの人は私を愛するって言ってくれたの。お母様も同じよって答えたのよ。」
~~それは吊り橋効果の一種なのでは~~
少女は、母と父のロマンスをそう評した。
感動も別になく、この言葉はどこで覚えたものかしら?
そんな感想を抱く程度。
少女は達観していた。
母よりも大人だった。
それもそうだろう。
少女には、この世界以外の記憶があったのだ。
だから、少女は生きてこれた。
だから、母の行動を冷静に評価することができた。
冷めた少女に気づくこと無く母はいつも愛を語った。
「そして!愛の結晶であるあなたを授かったの。」
話のクライマックスは、少女を身ごもったこと。
その時の母の陶酔した目が少女は嫌いだった。
いっそ、自分が宿らなければ良かったのに。
とすら、思った。
もしくは、自分ではない他の者が宿れば良かったのに。
であれば、もう少し、素直に母の話を聞いたかもしれないのに。
少女の心にはいつだって、母や、父に対する侮蔑の気持ちが消えなかった。
だって、二人は軽率だ。
それ以外ない。
結果、母は守の民から追放され、父王は王宮に母を連れ帰った。
婚約者がいる王宮に。
その行動がどういう結末を迎えるのか。
想像すらしないなんて。
どうかしてると、少女は思うのだ。
だから、少女と母はこんな境遇になってしまったのだ。
塔に閉じ込められて、届く食糧を頼りに生きるだけ。
少女と母の命は王妃に握られている。
それも仕方ない。
だって、婚約者は国の有力者のご令嬢。
だから、未来の妃として選ばれたのだ。
令嬢と相思相愛と言う訳でもなく、政略。
だが、そのご令嬢一族が総力挙げて王家を助ける。
後ろ盾になるのだ。
ご令嬢もそれを良く弁えていた。
対して、母は守の一族ではあるが、世間知らずの小娘。
しかも、夢見る夢子ちゃんだ。
そんな小娘が政治の世界で生きていける訳もない。
為政者というのは、自ら泥を被り、手を汚す覚悟がなくてはならないのだ。
と、いうことで相応しくない母は排除された。
簡単に言うと、婚約者一族の怒りを買って。
厳密に言うと、全く資格も覚悟も無い者は王宮には入れられないと判断されて。
塔の暮らしも最初は悪くなかったらしい。
母が良く話してくれたのだ。
「あの人は忙しい中、私に会いに来てくれたの。」
詳しく聞けば、大事な用事・・・会談とかもすっぽかして来ていたらしい。
それくらい足繁く通っていたということらしいのだが、少女が物心ついた時には、ほぼ交流は無い。
簡単に言うと、母は飽きられたのだ。
正妃となった元婚約者は、非常に理知的であった。
「わたくしは、陛下の寵は請いません。わたくしは、この国と婚姻を結んだのです。」
自身の感情を飲み込み、周囲にそう告げ、最善を探す。
「陛下が国政を疎かにするのを防がねばなりません。」
そう言って、王妃は自分の一族から、若く見目良い令嬢を選別し、教育を施し、身の程を弁えるように言い聞かせ、王に引き合わせた。
王は令嬢達に夢中になっていく。
その顛末も少女には良く良く見えていた。
残酷なほどに、よくよく見えていた。
と、いうのも少女には遠見の力があった。
だから、父が王宮でどんな生活をしているのか。
父の正妻がどんな気持ちでいるのか、よぉくよぉく見えていたのだ。
母がいつまでも、父への恋慕を大事に大事していたが、父はあっさりと捨て去った。
華やかな新しい恋に溺れて。
恋心というものは、かくも儚い。
少女はつくづく思うのだ。
その理由を母が知らずに生涯を終えたことは良かったと少女は思う。
そこは感謝しているが、この塔を封鎖する命令を下す様子を見れば欠片ほどの感謝は消し飛んでしまった。
母に擦り込まれた国への愛情。
守の一族としての誇り。
そんなものは、現実、屍が転がったことによって消え去った。
母は優しかった。
愚かだった。
だから、手を下さなかった。
何より王を愛していたのだから。
王の国を愛しく思っていたのだ。
あの人の治める国だから。
そんな事を言って。
少女にもそう言い聞かせて育てた。
だが、少女にはそんな気持ちはない。
王と母の間には愛の交流があったかもしれない。
少女にはない。
愛を注いでくれたのは母だけ。
父からの愛は皆無ではないだろうか。
父の側近の方が、食糧や衣料などの差し入れを手配してくれた分、情を感じる。
時に、同情からかお菓子や玩具を入れてくれた時もあった。
その人達にはちょっとの感謝はある。
なにしろ、権力者に睨まれながらも差し入れをするというのは何よりも勇気がいるのだから。
話がそれた。
と、いうことで、少女は高い、塔の窓から国を眺めて。
決断するに至った訳だ。
「別に、この国、守らなくても良くない?」
と。
ちなみに、
守るためには力がいる。
攻撃よりも力がいる。
いや、攻撃は最大の防御とも言う。
だから、守の民は攻撃する力もあるのだ。
ただ使わないだけで。
「どうしたら良いかしらね。」
少女は思いを馳せる。
どうしたら、この気持ちが晴らせるのか。
どうしたら・・・・。
再び、窓に寄り、外を見た。
下では無く、上を。
星空は美しく瞬いている。
その下では、獣たちの咀嚼音が響いている。
血なまぐさい風が下から上がってくる。
そうね。
彼らも思うことがあるでしょう。
少女はまた呟いた。
いまや物言わぬ、獣たちの糧となった者達への鎮魂。
それらを添えて、少女は復讐の華を咲かせようと思ったのだ。
母曰く、少女自身は父と母の愛が結実したものらしいのだから。
その少女が咲かせる華を国と、治める王族達にご披露するのも一興だと。
そう思った次第なのである。
さてさて、どんな風に咲かせようか。
一気に壊すのはつまらない。
母の一族が構築する結界もある。
彼らの事も敵に回すことになるだろう。
面倒だが、遣り甲斐も感じる。
じわじわと追い詰めて。
壊していくのはどうすれば良いのか。
思案した少女は軽く両手を合わせた。
「そうね。そうしましょう!」
パン。
乾いた軽い音。
少女は初めて笑顔を浮かべた。
母がした通りにしてみよう。
愚かな恋の再演を。
もう一度、過去を思い出させてあげるのが良いだろう。
幸い、正妃・側妃様には王子が数人いる。
少女よりも年下ではあるが構わないだろう。
なにしろ少女は実年齢よりもずっと年下に見えるのだから。
こればかりは、差し入れが少なかったお陰だろう。
儚く見える外見も、上手く使えば武器になる。
運命の出会いを装い、疑似恋愛を装って、彼らに争ってもらいましょう。
それから、それから、王宮に上がって、正妃に会って。
母そっくりの少女の顔を見てもらって・・・。
想像するだにワクワクしてくる。
「それじゃあ、運命の出会いの演出を考えなくては。」
少女はフフフと笑った。
街角での出会い?
それとも、魔獣に襲われた所を助けさせる?
王子数人、それぞれの出会いを。
「ねぇ、お母様。恋は素晴らしいものって仰っていたわね。
だから、私も、それをプレゼントして差し上げようと思うの。」
少女は楽しそうに、計画を話し続ける。
最後まで純粋で愚かな恋に準じた母に。
その計画は、夜通し続けられた。
なにしろ、少女の力は今のところ、遠見しかない。
正確には、まともに使えるのは遠見だけだ。
後は、少し物を動かしたりできる程度。
父の血が半分入ってしまったせいだろうと少女は思う。
それでも、前世の知識がある。
それから、遠見によって得た知識。
あるものをかき集めて、最小の行動で最大の攻撃を与えてやるつもりだ。
考えに考えて、少女は、翌朝、塔を出た。
どうやって?
門は閉ざされているのに。
種明かしをすれば、隠し通路があったのだ。
少女は、一度塔を振り返った。
そして、パンパンと手を叩き、両手を翳して、力を送った。
すると、塔は崩れ落ちた。
塔の基礎を少しずつずらしておいたのだ。
後、ちょっと力を加えれば、崩れるように。
出来上がった瓦礫は程よい山となっている。
母と、彼らの墓標となるだろう。
そして、火が立ち上る。
これで獣は寄ってこない。
火が起きるように少女は仕込んでおいたのだ。
石の瓦礫でも消えないように、しっかりと燃えるように。
その煙が王都から見えるほどに立ち上るように。
皆、見るが良い。
これは、弔いの炎。
そして、少女の決起の証。
その炎を背に少女は一歩を踏み出した。
二度とは振りかえることなく。
現在、このお話の長編連載を準備中です




