2 人材派遣会社コスモキャリア②
「あれ? 安藤さん。また何かあったの?」今井正樹に電話があったのは彼が横浜入管を出てバス停に向かうところだった。安藤と今井は高校時代の同級生で、今でもなんでも話ができる親しい間柄だった。
「フィリピン人を採用しようと思ったんだけど、在留資格が『特定活動』なんだよね。」
「それって、難民認定申請中ってことじゃないの?」正樹が聞くと、安藤はマルコから聞いた顛末を簡単に説明した。
「たぶん、難民認定申請は不認定になるよ。そのマルコさんって人。ただ、就労は可能ってことだから結果が出るまでは働いても大丈夫だけど」
「もう採用することにしたんで、東京に戻ったら相談するからスケジュール空けてね」と言うと安藤は電話を切った
「あ~、バス行っちゃったよ。仕方ないからコンビニのソフトクリームでも食べるかな」
そう言うと、正樹はコンビニの入っている入管の建物に戻っていった。
コスモキャリアの本社は、横浜ランドマークタワーの一室にある。正樹が受付で安藤の名前を言うと、奥にある役員会議室に通された。
窓の外には横浜港が広がり、ランドマークタワーの高さを実感させる。それを眺めていると、安藤が部屋に入ってきた。
「社長。また訳ありの人を採用して、大丈夫?」正樹があきれたように言うと
「僕は、けっこう逸材だと思うよ」そういうと、安藤はマルコに関する資料をまとめたクリアファイルを正樹に渡した。
「履歴を見てみてよ。マルコっていうフィリピン人。長い間工場での生産システム管理をやってきたそうだ。正直、こういう即戦力は日本人でもそうそういないよ」
正樹は書類をめくりながら眉をひそめた。
「でも在留資格は『特定活動』。難民認定申請中ってことだろ。認定される可能性はかなり低い。働けるのは一時的で、将来的には不安定だ。それに、彼は高卒だよ。」
安藤は頷きつつも言葉を重ねた。
「それはわかってる。ただね、面接で感じたんだよ。目の奥に覚悟がある。何がなんでも生き延びようとしてる人間は、仕事に対して本気になるし。それに彼を紹介してくれた只木正蔵さん……奥さんがロサさんていうフィリピン人で、今マルコさんがいる家のご主人ね。この人は無口だけどすごく真面目で、大阪のうちの取引先の工場長やってる。社員からの信頼も厚い。その正蔵さんが『ぜひ採用してくれ』って言ってきたんだよ」
正樹はしばらく黙り込み、書類に視線を落とした。
「……安藤さん、でも、彼を採用するのはリスクが高くないかな。それに日本語はまだ全然話せないでしょう?」
安藤は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「だからこそ、今井センセに相談してるんだよ。うちは神奈川県内に仕事先を用意できそうだし、働きながら日本語の勉強することを条件にすればいい。マルコさん本人も、学ぶことに抵抗はなさそうだったし」
正樹は苦笑を浮かべた。
「全く、こんな時だけ『先生』って言うなよ。君の勘は当たることが多いけど、外れるときも派手だから心配なんだよね」
安藤は笑って肩をすくめた。
「大丈夫。今回は当たりだよ」
しばしの沈黙。正樹は窓の外の港を眺め、深く息をついた。
「分かった。社長はどうせ僕が何言っても採用するつもりでしょう。ただし、難民認定申請の結果が出るまでになると思うけど。」
安藤は、特に何も言わずに頷いた。
その時、ファイルの上に置かれたマルコの履歴書が、会議室の光を反射してわずかに輝いて見えていた。その光は不安と希望が入り混じる未来を象徴しているようでもあった。
正樹は事務所に戻ると、安藤とのやり取りを簡単に説明しながら、預かってきたマルコの書類を山川に手渡した。
山川は履歴書をめくりながら、思わずため息をつく。
「安藤社長、またこんな人を採用して……社長はいいけど、担当する社員さんがかわいそう」
「安藤社長は、自分は人を見る目があると思っているからね。社長から、マルコさんて人の事情は聞いたよ。気の毒だとは思うけど、明らかに『難民』には該当しないよね。しばらくは日本にいられるし、働くこともできるけど……」
「あれ。この人……」その時、履歴書をじっと眺めていた山川が声をあげた。
「高校を卒業して、ずっとこの『PDヘビーインダストリー』という会社に勤めてますね。2013年からだから、もう十年以上」
「生産システム管理をしていたみたいだよ。安藤社長の話だと」
「あっ!」と二人同時に声が上がった。
「『技術・人文知識・国際業務』でいけるかも」




