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第17話 旅立ち

 翌朝、オリヴァーとバーナードはコーランドの町を出発した。急いで町を離れる理由は、赤髪の少女に再び狙われないようにするためだ。

 オリヴァーは大きなリュックと杖を背負って、宿屋の女将に挨拶をする。


「お世話になりました。料理、とっても美味しかったです」

「そう言ってくれると嬉しいねぇ。もっとゆっくりしていっても良いんだよ?」

「いえ、そろそろ次の町に行かないと」

「そうかい……」


 宿屋の女将は、少し残念そうに眉を下げた。オリヴァーは、階段に視線を送りながら尋ねる。


「アメリは?」

「あの子なら、まだ寝ているよ。昨日は随分遅くに帰ってきたみたいだからね。疲れているんだろう。呼んでくるかい?」


 オリヴァーは少し考えてから、首を左右に振る。


「ゆっくり寝かせてあげてください」


 本当はちゃんとお別れをしてから町を離れたかったけど、起こしてしまうのは可哀そうだ。それにアメリが遅く帰ってきた理由は、オリヴァーのせいでもある。そんな引け目を感じているからこそ、今はゆっくり休ませてあげたかった。


「それじゃあ、さようなら」


 オリヴァーは礼儀正しくお辞儀をする。挨拶を済ませてから扉に向かうと、待ちくたびれたように伏せているバーナードと目が合った。


「行こうか」

「バウッ」


 吠え方から「おっせんだよ!」と怒られているような気がした。


 扉を開けると、よく晴れた空が広がっていた。朝の空気を吸い込むと、焼き立てのパンの匂いに包まれる。通り沿いの店は、次第にオープンへと変わっていった。


 町が目覚めて、動き出そうとしている。朝の空気は、自然と心を前向きにさせた。

 頭上ではランタンがまだ吊るされている。祭りの余韻を残しながらも、穏やかに時間が流れていた。


 ぼんやりランタンを眺めていると、バーナードが先を歩いていることに気付く。オリヴァーは慌てて、モップのような尻尾を追いかけた。


「待ってよ~!」



 コーランドの町を出てから、オリヴァー達は林道を歩く。木々の隙間から陽の光が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。清々しい景色ではあるが、オリヴァーには自然を堪能する余裕はなかった。


「ねえ、あの子が近くにいるって本当?」

「ああ。匂うからな」

「やだなぁ。また背後から矢で射貫かれたら」

「そのために結界を張ってんだろ?」

「そうだけどさぁ」


 オリヴァーが警戒しているのは、昨夜襲ってきた赤髪の少女だ。バーナードの鼻によると、この近くで身を潜めているらしい。


 今度は不意打ちで狙われないように、防御魔法で結界を張っている。だからいきなり矢で射貫かれることはないけど、殺意を持った存在に狙われているという状況は気が気じゃなかった。


「走って一気に林を抜けようか」

「ああ、そうだな」


 オリヴァーとバーナードが駆け出した瞬間、林の中から物音が聞こえた。足を止めると、突如赤髪の少女が木の上から降ってきた。


「わああああああ!」

「グルルルルッ! バウバウッ」


 オリヴァーとバーナードは、大声をあげて驚く。まるで化け物にでも遭遇したかのような反応だ。


 木の上から華麗に着地した少女は、表情一つ変えずに言葉を発する。


「驚きすぎだろう……」

「だって……」


 驚くのは無理もない。まさか木の上から降ってくるなんて誰が想像しただろうか?

 心臓をバクバクさせながら呼吸を整えていると、赤髪の少女は淡々と話を続けた。


「安心しろ。殺しに来たわけじゃない」

「……え?」


 オリヴァーはきょとんと固まる。足元にいたバーナードは、警戒を解かずに低い唸り声を上げていた。


 そんな彼らを交互に眺めながら、少女は言葉を続ける。


「今日は謝罪と礼を言いに来た」

「謝罪と礼?」


 思いがけない言葉が飛び出して、オリヴァーとバーナードは顔を見合わせる。次の瞬間、少女は深々と頭を下げた。


「すまなかった」

「へ?」

「私が山から離れている間に、レッドウルフ達が山の掟を破って、町に降りて農作物を荒らしていたようだな。そんなことが起きていたなんて知らなかったんだ。人間のテリトリーを荒らしたんだから、退治されても文句は言えない」


 事情を明かしながら、少女は頭を下げ続ける。驚きのあまり、オリヴァーはパチパチと瞬きを繰り返していた。


「あんた達はルールに則って行動しただけだ。何も悪いことはない。それなのに、命を狙うような真似をして悪かった」


 意外なことに、少女は自分の非を認めていた。常識の通じない相手かと思いきや、案外人間社会にも理解があるらしい。

 頭を下げ続ける少女を前にして、オリヴァーは慌てて両手を振る。


「いやいやいや! 死ななかったんだから、結果オーライだよ。頭を上げて」


 今更少女を責めたって仕方がない。これ以上、お互い痛い目に遭わないためにも、さっさと和解をすることにした。


 オリヴァーに敵意がないと分かると、赤髪の少女はホッと胸を撫でおろす。これで終わりかと思いきや、少女の言葉にはまだ続きがあった。


「それと、レッドウルフ達を弔ってくれて、ありがとう」


 少女は口元を緩く結びながら、じっとこちらを見つめている。


「三つ編みの女から聞いた。あんたがレッドウルフ達の墓を作ってくれたって」


 そこで昨夜の出来事と繋がる。実はアメリには、魂を呼び寄せた報酬としてあるお願いをしていた。

 そのお願いとは、傷ついた赤髪の少女を手当てしてもらうこと。

 バーナードに噛まれ、オリヴァーに投げ飛ばされたことで、怪我をしているのではないかと心配していたからだ。そのまま放置するのは忍びないから、アメリに彼女の手当を依頼していた。


 アメリは依頼を果たすついでに、こちらの事情を説明してくれたらしい。そう考えれば、赤髪の少女が謝罪に来た理由も分かる。

 少女は、木々の隙間から覗く青空を眺める。


「弔ってくれたのなら、あいつらともまた会える。ありがとう」


 感謝の言葉を口にした瞬間、少女の周囲にオレンジ色の光が灯った。その光は、バーナードの首輪に括りつけられた小瓶に吸い寄せられていく。思わぬところでマナを貯められた。


「じゃあ、私はこれで」


 そう言い残すと、赤髪の少女は軽い身のこなしで林の中に消えていった。

 突然の出来事に驚いたが、しばらくすると再び林の中を歩き始めた。


「良かったね、最後に思わぬ報酬が手に入って」

「いやいや、こんなんじゃ足りねえだろ。それに、お前は甘すぎだ。俺だったら半殺しにしてたね」

「また、そういうことを言うー」


 物騒なことを言うバーナードを、呆れながら見下ろす。そんな考えをしているようじゃ、彼が人間に戻る日はまだまだ先のようだ。


「ねえ、師匠」

「んだよ」


 オリヴァーはコーランドで起きた出来事を振り返りながら言った。


「人に優しくするのって、難しいね。親切でやったことがお節介になっちゃったり、相手のためを思ってかけた言葉が逆に重荷になっちゃったり」

「まあ、結局は他人のことなんてよく分からないからな。分からないからすれ違う。そんなもんだろう」

「うん、そうかもね」


 バーナードの言葉には一理ある。結局は相手の事がよく分からないから、すれ違いが起きてしまうのだろう。

 相手の気持ちを完全に理解するのは、魔法を使っても不可能だ。人間というのは、複雑な生き物だから。

 でも、分からないと決めつけて、考えることを放棄したくはなかった。


「完全には分かり合えないかもしれないけどさ、理解をしようと歩み寄ることには意味があるんじゃないかな? 相手を知れば、正しい優しさだって与えられる」


 オリヴァーの表情を窺うように、バーナードが顔を上げる。目が合った途端、オリヴァーは優しい笑顔を浮かべていた。


「やっぱり僕は、世界一優しい魔法使いになりたい」

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