第15話 流星祭の奇跡
オリヴァーとバーナードは、アメリが待つ丘の上まで走る。頭上に視線を向けると、流れ星が次々と飛び交っていた。民家の灯りが届かない場所では、星空が鮮明に見える。
オリヴァーを星空を見上げながら、この地域に伝わる言い伝えを思い出した。
「流星祭って、女神様のもとに還った魂が、流れ星と一緒に降りてくるお祭りなんだよね」
「ああ、この地方ではそう言い伝えられているようだな」
「女神様のもとに還ったとしても、また現世に降りて来られるって考えると、ちょっとだけ救われるね」
「まあ、そうだな」
バーナードは、息をつきながら目を細める。どこか切なげな表情を見ていると、アナベルの言葉を思い出した。かつてバーナードの想い人の魂を呼び寄せたという話だ。
「師匠はさ」
「ああ?」
詳しく聞こうと思ったが、それ以上口にするのはやめておいた。バーナードからは忘れろと言われたからだ。
「……ううん。やっぱり何でもない」
「んだよっ」
丘の上まで辿り着くと、既にアメリが到着していた。オリヴァーは手を振りながら大声で声をかける。
「お待たせ!」
振り向いたアメリは、むくれ面でオリヴァーを咎めた。
「もうっ、遅い!」
お怒りモードだったアメリだったが、オリヴァーのシャツが血で汚れていることに気付いて血相を変える。ギョッとしながらシャツを指さした。
「なんでまた血まみれなの!?」
指摘されたことで、オリヴァーも自分が酷い恰好をしていることに気付く。ついでにバーナードの毛並みも血まみれなことに気付いた。
傷口はもとに戻したが、シャツまでは戻していなかった。これは失敗だ。オリヴァーは決まりが悪そうに苦笑いを浮かべる。
「あははー、ちょっと色々あって。でも、傷はもう塞がっているから大丈夫!」
「本当に大丈夫なの?」
「うん。大丈夫、大丈夫!」
心配していたアメリだったが、笑いながらひらひら手を振るオリヴァーを見て、「それならいいけど……」と無理やり納得していた。
アメリと合流したことで、オリヴァーは真剣な表情を浮かべる。
「それじゃあ、始めようか」
アメリもつられて、口元をキュッと結んで真剣な表情を作る。
「お願いします」
儀式を始めるにあたり必要なものがある。死者との思い出の品だ。
「アメリ、ポーラとの思い出の品は持ってきた?」
「ええ、これよ」
差し出されたのは、水色のリボンが付いた真っ白な帽子だった。この帽子には見覚えがある。
「これって、初めて会った時に拾ったやつじゃ……」
「そうよ。この帽子、ポーラとお揃いだったの。私達にとっては思い出の品」
「それじゃあ、どうして……」
オリヴァーが帽子を返した時、アメリは「拾ってくれなくても良かったのに」と帽子を受け取ることを躊躇っていた。
オリヴァーの疑問を察したアメリは、申しわけなさそうに事情を明かす。
「その帽子を見ていると、ポーラのことを思い出して辛くなるの。だから手元からなくなってしまえば楽になれるのかなって……」
親友との思い出が詰まった品なら、見るだけで苦しくなってしまう気持ちも分かる。彼女の死を乗り越えていない状況ならなおさら。
「だけど、手放さなくて良かった」
アメリは、オリヴァーを見つめながら穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。帽子を拾ってくれて」
感謝の言葉を口にした瞬間、アメリの周囲にふわりっとオレンジ色の光が灯った。オリヴァーは急いでポケットに手を忍ばせて、小瓶を取り出す。
オレンジ色の光は、吸い込まれるように小瓶に収まって、雫となって瓶の中に貯まっていった。
マナが貯まったようだ。オリヴァーは、足元にいるバーナードに視線を送りながら「良かったね」と小声で囁いた。
アメリから帽子を受け取ったところで、正式に儀式を始めた。
バーナードは丘の上から夜空を見つめる。静寂に包まれる中、バーナードがひと際大きな声で遠吠えを始めた。
狼にも似た鳴き声が、町全体に響き渡る。同時にバーナードの身体が、淡い金色の光で包まれていた。
バーナードは、オリヴァーに視線を送る。「魔力を供給しろ」と合図しているのだろう。
意図を汲み取ったオリヴァーは、バーナードの隣でしゃがむ。もふもふの身体を、毛並みに沿ってゆっくり撫でた。
オリヴァーは、意識を集中させて魔力を送り込む。一度に大量の魔力を送りこんだら、バーナードが死んでしまう。慎重に行わなくては。
魔力を抑えるのは苦手だけど、今日はいつもより上手くコントロールできている。もしかしたら、先ほど回復魔法で魔力を消費したおかげかもしれない。
フルパワーの状態で魔力を送り込むのではなく、ある程度疲弊した状態だから少量ずつ送れるようになったのだろう。
オリヴァーが魔力を送り込むと、バーナードを取り巻く金色の光が次第に強くなる。全身が光り輝き、まるで神獣のような神々しさを感じさせた。
「すごい……」
近くで眺めていたアメリが呟く。その瞳は、光を取り込んだかのようにキラキラと輝いていた。
バーナードは、遠吠えをしながら死者の魂を呼び寄せる。すると、夜空を駆けていた流れ星のひとつが、丘の上をめがけて飛んできた。
「流れ星が落ちてくる……」
アメリは夜空を見上げながら息を飲む。地上に向かって飛んできた流れ星は、アメリの正面に降りてきた。
金色の光は、次第に人の姿へと形を変える。金色の長い髪が揺れ、真っ白なワンピースが裾を揺らした。顔を上げると、素顔が露わになる。現れたのは、人形のような可愛らしい顔立ちをした少女だった。
「嘘……ポーラ……ポーラなの!?」
アメリは興奮気味に少女のもとに駆け寄る。手に触れようとしたが、スッとすり抜けて空気だけを掴んだ。アメリが少女の顔と手元を交互に眺めていると、穏やかに微笑みかけられる。
『久しぶり、アメリ』
呼びかけられた瞬間、アメリの瞳に涙が滲んだ。
「ポーラ! 会いたかった! 会いたかったよぉ!」
子どものように泣きじゃくるアメリを、ポーラは優しい眼差しで見守っていた。