表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

第13話 初めて教わった魔法

「オリヴァー! 起きろ!」


――痛い。苦しい。


「こんなところで死んだら、ぶっ殺すぞ」


――うるさいな。めちゃくちゃなこと言わないでよ。


「魔法を発動しろ! それか俺の首輪を外せ!」


――そんないっぺんに言われたって分からないよ。


 一度意識を失ったオリヴァーだったが、バーナードの喚くような声で目を覚ます。虚ろな瞳でぼんやりしていると、バーナードに指を思いっきり噛まれた。


「……痛ったいなぁ」


 言葉を絞り出したところで、バーナードはホッとしたような表情を浮かべる。

 意識を取り戻すと、焼かれるような痛みに再び襲われた。


――もう嫌だ。こんなことなら、もういっそ死んでしまいたい。


 意識を手放そうとした時、もう一度バーナードに指を噛まれた。


「おい! 俺が最初に教えた魔法を忘れたのか?」

「最初に、教わった、魔法?」

「ああ、攻撃魔法でも防御魔法でも生活魔法でもない。もっと大事なことだ」


 バーナードと出会ったばかりの頃の記憶を呼び戻す。そうだ。最初に教わったのは、この魔法だ。


「回復魔法……」


 そう口にした瞬間、走馬灯のように過去の記憶が蘇った。



 オリヴァーとバーナードが出会ったのは二年前のことだ。オリーブの木の下で倒れている少年を、犬になったバーナードが発見した。


「おい、大丈夫か?」


 男の声に呼びかけられて目を覚ますと、もふもふとした大きい犬に見下ろされていた。


「うわああっ!」


 少年は驚いて声をあげる。狼のようにも見える巨大な犬が、突然視界に入ってきたら誰だって驚く。


「そんなに驚くなよ。別に取って喰ったりはしねえよ」

「ええええっ!? 犬が喋った!?」


 今度は別の意味で驚く。犬が喋るなんて常識的に考えてあり得ない。木の根元まで後退りして慄いていると、目の前の犬は「へっ」と呆れたように笑った。


「驚くのも無理ねえか。俺は魔法使いのバーナード。おっかない性悪魔法使いのせいで犬の姿に変えられたんだ」

「魔法使い? 犬の姿?」

「ああ、俺は元人間だ」


 説明されても、すぐには納得できない。魔法使いに会ったことだって一度も……。

 ふと、過去の記憶を辿ろうとしたものの、何も思い出せないことに気付く。どうしてここにいるのかも、どこに住んでいたのかも、自分の名前すら思い出せなかった。


「お前、名前は?」

「……分からない」

「はあ?」


 バーナードと名乗った犬は、呆れたように首を傾げる。そんな反応をされるのも無理はない。自分の名前すら分からないなんて異常事態だ。


「記憶喪失……かもしれない」


 いまの状況で考えられるのはそれしかない。途方に暮れていると、バーナードは大きく溜息をついた。


「面倒くせえ……」

「そんな言い方しなくても……。僕だって困ってるんだから」


 あまり優しくないバーナードの態度に、少なからずショックを受ける。


「まあいい。それより頼みがある」

「頼み? なに?」

「この首輪を外してくれないか?」


 バーナードは、前脚で首輪を鬱陶しそうに引っ掻く。首輪には、空っぽの小瓶が括りつけられていた。


「分かった。外せばいいんだね」


 少年はバーナードの目の前でしゃがんで首輪に手をかける。留め具を首輪の穴から引き抜くと、あっという間に首輪が外れた。


「これでいい?」


 頼まれた通りに首輪を外したものの、バーナードは驚いたように目を瞠っていた。


「お前、これが外せるのか?」

「記憶喪失だって、首輪くらい外せるよ」

「いや、そうじゃなくて……」


 バーナードの赤い瞳は、まじまじとこちらを凝視する。なんだか値踏みをされているようで居心地が悪い。


「お前……とんでもない魔力を宿しているな……」

「魔力?」

「ああ。あの性悪魔法使いと同等……いや、それ以上の魔力があるかもしれない」


 言われている意味がよく分からない。バーナードは肩を震わせながら笑った。


「これは、とんでもない拾い物をしたもんだ」


 少年はわけが分からず置いてけぼりにされる。そんな中、バーナードは思いがけない言葉を発した。


「お前、この俺の弟子にならないか?」

「弟子?」

「ああ、俺についてこい。そして従え。そうすれば、この俺が直々に魔法を教えてやる」


 そんなことを突然言われても困る。だけど記憶を失くしたいま、行く宛がないのも事実だ。悩んでいると、バーナードがオリーブの木を見上げた。


「オリヴァー」

「え?」

「名前がないと呼びにくいからな。オリーブの木の下にいたからオリヴァー。それが今日からお前の名前だ」


 名前を与えられた。出会って間もない犬の魔法使いに。

 なんだか不思議な感覚だ。名前を与えられたことでぼやけていた自分の存在が、はっきりと形を持ったような気がした。


 この出来事がきっかけで、オリヴァーはバーナードと師弟関係を結ぶようになった。


 旅が始まってからは苦難の連続だった。

 オリヴァーは、自由奔放に振舞うバーナードの尻ぬぐいをしてばかり。バーナードの代わりに頭を下げたのも、一度や二度ではない。


 そして肝心の魔法の指導もスパルタだった。旅が始まって数日経った頃、バーナードから医学書を渡される。


「なんで医学書? 別に僕、医者になるつもりは……」

「まずは医学書で人体の構造を理解しろ。話はそこからだ」


 わけが分からなかったが、オリヴァーは言われるがままに医学書で人体の構造を勉強した。

 それから一週間後、事件が起きた。


「いっただきまーす」


 山奥で野営をしていた時のことだった。オリヴァーが携帯食料を口にしようとしたところ、突如背中に何かが突き刺さる。


「え……なに……」


 激痛が走り、オリヴァーは地面に突っ伏した。背後に視線を向けると、バーナードがニヤニヤとこちらを見つめている。


「どうだ、痛いか?」

「なに……したの……」

「魔法で背後から撃った。安心しろ、急所は外している」

「なんで……そんなこと……」


 意味が分からない。なぜ師匠であるバーナードから攻撃をされたのか?

 そうこうしているうちに、背中からドクドクと血が流れ、意識が遠のいていく。


「おい、気絶するなよ。いまから魔法を教えるんだから」

「こんなときに……何言って……」

「いまから教えるのは回復魔法だ。いまのお前に一番必要な力だろ?」

「回復魔法?」


 教えるんじゃなくて、いますぐ回復魔法で助けてほしい。そんなオリヴァーの願いが届くことなく、バーナードは悠長に解説を始める。


「いいか? この世界で生き抜くために必要なのは、死にかけた時に自分の力で立ち上がることだ。回復魔法さえ覚えていれば、どんな窮地だって乗り越えられる」


 その理屈は何となく理解できる。だからって、いきなり攻撃してくるのはあんまりだ。スパルタにもほどがある。


「いま撃ったのは広背筋だ。場所は分かるだろ? 傷口に魔力を送り込んで細胞を活性化させろ」

「そんなこと言われたって……」


 傷口に意識を集中させてみたものの、痛んだ組織を修復することまではできない。練習なしでいきなりやってみろというのが、そもそも無理なんだ。


「無理……できない……助けて」

「人をアテにするな。傷ついても誰かが助けてくれるなんて甘っちょろい考えは捨てろ。窮地に陥った時、自分を守れるのは自分だけだ」


 バーナードは助けてくれなかった。その間にも、痛みが全身を支配していく。出血も止まりそうになかった。

 この痛みから逃れるためには、自分で何とかするしかない。オリヴァーは傷口に意識を集中させて強く念じた。


「もとに戻れ、もとに戻れ、もとに戻れ!」


 医学書で見た筋肉を思い出す。傷のない状態に戻れと何度も念じた。

 すると、少しずつ痛みが引いていくのを感じる。バーナードは、「ほう」と感心したように声をあげた。


「回復魔法とは少し違うが、そういうやり方もアリだな」


 戻れ、戻れと念じながら魔力を送り込む。しばらく経った頃には、完全に痛みが消えていた。


「回復、できた?」

「傷口は塞げたようだな。撃たれる前の状態に戻したというのが適切か」


 なにはともあれ、傷は修復できた。バーナードの教えに基づいて、初めて魔法を使った瞬間だった。


 バーナードに不意打ちで攻撃されたのは、一度きりではなかった。旅の中で何度も不意打ちを喰らった。

 山道を歩いている時に背後からズドン。食事を摂ろうとしている時も、眠りにつこうとしている時も、容赦なく攻撃された。その度にバーナードは尻尾を揺らしながらニヤニヤ笑っていた。


「ほらほら、早く回復しないと手遅れになるぞー」


 オリヴァーが「こいつ……」と恨めし気に睨みつけるも、助けてくれる気配はない。バーナードから攻撃されるたびに、オリヴァーは自力で傷口をもとの状態に戻した。


「不意を突かれても焦るな。冷静になって魔力を巡らせれば回復できる」


 旅の中で、そんな訓練を何度も繰り返してきたんだ。



 過去を思い出して、オリヴァーはようやく正気に戻る。気をしっかり保ち、目の前にいるバーナードを見上げた。


「思い出したよ。なんで師匠にもう一度首輪を付けたのか」


 オリヴァーは背中に手を回して矢を抜く。痛くて仕方ないけど、ここで焦ってはだめだ。冷静さを失わなければ、何度だって復活できる。


「ゆっくり抜けよ」

「分かってる」

「抜いたら、すぐに魔力を送り込め」


 痛みに耐えながら矢を抜ききると、すぐに魔力を送り込む。傷口に意識を集中させて、正常な組織を想像し、戻れ、戻れと何度も念じた。

 すると痛みが徐々に引いて、まともに息ができるようになった。傷ついた組織がもとの状態に戻ったようだ。


「戻せたよ」

「見せてみろ」


 オリヴァーはシャツの裾をまくり上げて背中を見せる。


「よし、傷口は塞がってるな。上出来だ」


 バーナードは安心したように笑う。一命を取り留めたことで、オリヴァーもホッと力が抜けた。


「師匠の言葉を思い出したんだ。だから回復できた」

「旅の中で散々不意打ちで攻撃してきたからな。あの時の特訓が活きたってわけか」

「でも、もうあんなのはごめんだよ。だから師匠に首輪を付けたんだ」


 一度外したバーナードの首輪を、もう一度付けた理由。それは、不意打ちで攻撃されるのを防ぐためだった。


 いつ攻撃されるか分からない地獄のような日々だったけど、その経験がいま役に立っている。あの特訓がなければ、オリヴァーは自力で回復できず、息絶えていただろう。

 そう考えると、あの荒っぽい特訓もバーナードの優しさだったのかもしれない。


「ありがとね、師匠」

「ああ。それよりも、お前を狙った奴を探そう」

「そうだね。何が目的か分からないけど、()()()が来る前に片を付けないと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ