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第12話 流星祭当日

 ぼんやりとした意識の中、聞き覚えのある声が響く。


『この世界にいる魔法使いを抹消する。それがお前の望みかよ?』


 ゆっくりと顔を上げると、檻に閉じ込められている銀髪の男と目が合った。蔑んだような瞳でこちらを見つめている。


 見覚えのある光景。いつか見た夢の続きを見ているようだ。

 思考はまるで追い付かないのに、身体が勝手に動いて言葉を発する。


『この世界は残酷だ。自分を守るためなら、平気で人を裏切り、傷つけ、命すらも奪う』


 自分の声のはずなのに、自分ではない誰かが喋っているようだ。


『魔法は人を傷つける道具にしかならない。人間には魔法なんて分不相応なんだよ』


 その言葉を聞くと、銀髪の男は肩を震わせながら笑った。


『だから魔法使いを始末して、この世界から魔法をなくすってわけか?』

『そうだ』

『ほんっとに、ろくでもねえ魔王サマになっちまったな』


――魔王サマ。何のことだろう?


 状況はまったく理解できないのに、重苦しい罪悪感に襲われて眩暈がした。


『まあけど、こうなっちまったのは俺の責任かもな。だから弟子なんて取りたくなかったんだ』

『そんなことは』


 ない、と言い切ろうとしたところで、男に言葉を遮られる。


『だけど、お前ならまだ、やり直せるんじゃないか?』


――やり直せる? どういうことだ?


『お前の魔法があれば、もう一度やり直すことだってできるはずだ』


――何を言っているんだ? もう一度やり直すなんてできるはず。


『そしたら今度は、世界一優しい魔法使いに育ててやるよ。人を傷つけるんじゃなくて、幸せにできるような、優しい魔法使いに』


 男は笑っていた。そんなに優しい笑い方ができるんだって心底驚いた。



「師匠……?」


 目を開けると、バーナードに見下ろされていた。赤色の瞳が、静かにこちらを見下ろしている。


「なに泣いてるんだよ?」

「え?」


 バーナードに指摘されて、頬に触れる。驚いたことに、頬は涙で濡れていた。オリヴァーは、慌ててシャツの袖で涙を拭う。


「僕の頬は舐め回さないでよ!」

「んな気色悪いことしねーよ!」


 アメリの二の舞にならずに済んで、ホッとした。床から身体を起こすと、窓から夕陽が差し込んでいることに気付く。


「もうこんな時間か。そろそろ流星祭が始まるね」


 今日は流星祭当日。今夜、アメリとポーラを再会させる予定だ。


 死者の魂を呼び寄せるには、膨大な魔力を消費する。魔力切れを起こさないためにも、日中はしっかり睡眠をとって体力を温存していた。

 十分に休息が取れたおかげで身体が軽い。オリヴァーは、うーんと伸びをしながら窓の外を眺めた。


 流星祭当日ということもあり、町は活気づいている。メインストリートにはランタンが装飾されていて、軽食を売っている屋台がずらりと立ち並んでいた。子供たちは、先端に星が付いたステッキを持って楽しそうに走り回っている。


「アメリとの約束にはまだ早いけど、町に出てみようか」

「そうだな。クエスト前に一杯ひっかけるとするか」

「犬がお酒を飲んで大丈夫なの?」


 オリヴァーはジトッとした眼差しで指摘する。バーナードはこれまでの旅でも、何度か飲酒をしていた。その光景を見て、身体に何らかの悪影響があるのではと心配していた。


「東の国では、酒は百薬の長って言われてんだ。細かいことは気にするな」

「……知らないよ。人間に戻る前に身体を壊しても」


 オリヴァーの忠告は、バーナードには届かなかった。



 宿屋を出たオリヴァー達は、活気づいたメインストリートを歩く。陽が沈みかけた町中では、ランタンの淡い光がよく映える。何百と吊るされたランタンがオレンジ色の光を灯し、幻想的な風景を作り出していた。


 通り沿いに並んだ屋台からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。こんがり肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐり、食欲をそそられた。

 そんな中、バーナードが目敏くホットワインの屋台を見つける。


「バウッ」


 バーナードは「買ってこい」と命令するように吠える。そこでオリヴァーも、渋々屋台に向かった。


「ホットワインを1つください」


 500フランを差し出しながらオーダーしたものの、屋台の店主は渋い顔をしながら首を左右に振るばかり。


「だめだめ。子供に酒は売れないよ」

「ですよね。分かりましたー」


 オリヴァーは潔く屋台を離れる。「だってよー」とバーナードに伝えると、グルルッと機嫌の悪そうに威嚇された。

 いまこの場に人がいなければ、罵詈雑言を浴びせられていたに違いない。何も言い返せないバーナードを見下ろしながら、オリヴァーはわざとらしいほどの笑顔を浮かべた。


「諦めよう。それより、あっちで美味しそうな肉が売ってるよ」


 肉を焼いている屋台に駆け寄ると、バーナードも渋々ついてきた。



 屋台飯を食べ歩いていると、いつの間にか陽が沈み、紺碧の夜空に数多の星が輝いた。時折、流れ星が空を駆ける。流れ星が現れるたびに、大人も子供も歓声を上げた。


「綺麗。流星祭までこの町に留まって良かったね」


 楽しそうに祭りを楽しむ人々を眺めながら、オリヴァーは穏やかに微笑む。人前で喋ることのできないバーナードは、尻尾を振り回しながら返事をした。同意されているのか、悪態を吐こうとしているのかは判別がつかないけど。


 夜空を見上げながら、オリヴァーは立ち上がる。


「少し早いけど、アメリとの約束の場所に行こうか」


 アメリとは、キャメロット農園を見下ろせる丘で待ち合わせている。あの丘なら人が来ないから、誰に邪魔されることなく魔法が使える。


「行こう」


 オリヴァーは、バーナードと共に走り出した。

 息を切らしながら目的地に辿り着くと、案の定アメリはまだ到着していなかった。


「ここで待っていようか」


 足元に視線を落とし、バーナードに語り掛ける。次の瞬間、異変が起きた。


 シュパン―― ドスッ。


「え……?」


 風を切るような音が聞こえた直後、背中に激痛が走った。

 何が起こったのか分からない。焼かれるような痛みに襲われて、上手く息ができなくなった。オリヴァーは、膝をついて地面にうつ伏せで倒れ込む。


「おいっ! オリヴァー!」


 バーナードが吠えるように叫んでいる。なんとか力を振り絞って背中に手を伸ばすと、細長い棒が突き刺さっていることに気付く。状況から察するに、背後から矢で刺されたのだろう。


 冷たい地面に転がりながら、痛みに悶える。この痛みから解放されるなら、死んだって構わなかった。

 薄れゆく意識の中、矢が飛んできた方向に視線を向けると、見覚えのある少女がいた。


「なんで……」


 オリヴァーの意識は、そこで途絶えた。

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