第12話 流星祭当日
ぼんやりとした意識の中、聞き覚えのある声が響く。
『この世界にいる魔法使いを抹消する。それがお前の望みかよ?』
ゆっくりと顔を上げると、檻に閉じ込められている銀髪の男と目が合った。蔑んだような瞳でこちらを見つめている。
見覚えのある光景。いつか見た夢の続きを見ているようだ。
思考はまるで追い付かないのに、身体が勝手に動いて言葉を発する。
『この世界は残酷だ。自分を守るためなら、平気で人を裏切り、傷つけ、命すらも奪う』
自分の声のはずなのに、自分ではない誰かが喋っているようだ。
『魔法は人を傷つける道具にしかならない。人間には魔法なんて分不相応なんだよ』
その言葉を聞くと、銀髪の男は肩を震わせながら笑った。
『だから魔法使いを始末して、この世界から魔法をなくすってわけか?』
『そうだ』
『ほんっとに、ろくでもねえ魔王サマになっちまったな』
――魔王サマ。何のことだろう?
状況はまったく理解できないのに、重苦しい罪悪感に襲われて眩暈がした。
『まあけど、こうなっちまったのは俺の責任かもな。だから弟子なんて取りたくなかったんだ』
『そんなことは』
ない、と言い切ろうとしたところで、男に言葉を遮られる。
『だけど、お前ならまだ、やり直せるんじゃないか?』
――やり直せる? どういうことだ?
『お前の魔法があれば、もう一度やり直すことだってできるはずだ』
――何を言っているんだ? もう一度やり直すなんてできるはず。
『そしたら今度は、世界一優しい魔法使いに育ててやるよ。人を傷つけるんじゃなくて、幸せにできるような、優しい魔法使いに』
男は笑っていた。そんなに優しい笑い方ができるんだって心底驚いた。
◇
「師匠……?」
目を開けると、バーナードに見下ろされていた。赤色の瞳が、静かにこちらを見下ろしている。
「なに泣いてるんだよ?」
「え?」
バーナードに指摘されて、頬に触れる。驚いたことに、頬は涙で濡れていた。オリヴァーは、慌ててシャツの袖で涙を拭う。
「僕の頬は舐め回さないでよ!」
「んな気色悪いことしねーよ!」
アメリの二の舞にならずに済んで、ホッとした。床から身体を起こすと、窓から夕陽が差し込んでいることに気付く。
「もうこんな時間か。そろそろ流星祭が始まるね」
今日は流星祭当日。今夜、アメリとポーラを再会させる予定だ。
死者の魂を呼び寄せるには、膨大な魔力を消費する。魔力切れを起こさないためにも、日中はしっかり睡眠をとって体力を温存していた。
十分に休息が取れたおかげで身体が軽い。オリヴァーは、うーんと伸びをしながら窓の外を眺めた。
流星祭当日ということもあり、町は活気づいている。メインストリートにはランタンが装飾されていて、軽食を売っている屋台がずらりと立ち並んでいた。子供たちは、先端に星が付いたステッキを持って楽しそうに走り回っている。
「アメリとの約束にはまだ早いけど、町に出てみようか」
「そうだな。クエスト前に一杯ひっかけるとするか」
「犬がお酒を飲んで大丈夫なの?」
オリヴァーはジトッとした眼差しで指摘する。バーナードはこれまでの旅でも、何度か飲酒をしていた。その光景を見て、身体に何らかの悪影響があるのではと心配していた。
「東の国では、酒は百薬の長って言われてんだ。細かいことは気にするな」
「……知らないよ。人間に戻る前に身体を壊しても」
オリヴァーの忠告は、バーナードには届かなかった。
◇
宿屋を出たオリヴァー達は、活気づいたメインストリートを歩く。陽が沈みかけた町中では、ランタンの淡い光がよく映える。何百と吊るされたランタンがオレンジ色の光を灯し、幻想的な風景を作り出していた。
通り沿いに並んだ屋台からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。こんがり肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐり、食欲をそそられた。
そんな中、バーナードが目敏くホットワインの屋台を見つける。
「バウッ」
バーナードは「買ってこい」と命令するように吠える。そこでオリヴァーも、渋々屋台に向かった。
「ホットワインを1つください」
500フランを差し出しながらオーダーしたものの、屋台の店主は渋い顔をしながら首を左右に振るばかり。
「だめだめ。子供に酒は売れないよ」
「ですよね。分かりましたー」
オリヴァーは潔く屋台を離れる。「だってよー」とバーナードに伝えると、グルルッと機嫌の悪そうに威嚇された。
いまこの場に人がいなければ、罵詈雑言を浴びせられていたに違いない。何も言い返せないバーナードを見下ろしながら、オリヴァーはわざとらしいほどの笑顔を浮かべた。
「諦めよう。それより、あっちで美味しそうな肉が売ってるよ」
肉を焼いている屋台に駆け寄ると、バーナードも渋々ついてきた。
◇
屋台飯を食べ歩いていると、いつの間にか陽が沈み、紺碧の夜空に数多の星が輝いた。時折、流れ星が空を駆ける。流れ星が現れるたびに、大人も子供も歓声を上げた。
「綺麗。流星祭までこの町に留まって良かったね」
楽しそうに祭りを楽しむ人々を眺めながら、オリヴァーは穏やかに微笑む。人前で喋ることのできないバーナードは、尻尾を振り回しながら返事をした。同意されているのか、悪態を吐こうとしているのかは判別がつかないけど。
夜空を見上げながら、オリヴァーは立ち上がる。
「少し早いけど、アメリとの約束の場所に行こうか」
アメリとは、キャメロット農園を見下ろせる丘で待ち合わせている。あの丘なら人が来ないから、誰に邪魔されることなく魔法が使える。
「行こう」
オリヴァーは、バーナードと共に走り出した。
息を切らしながら目的地に辿り着くと、案の定アメリはまだ到着していなかった。
「ここで待っていようか」
足元に視線を落とし、バーナードに語り掛ける。次の瞬間、異変が起きた。
シュパン―― ドスッ。
「え……?」
風を切るような音が聞こえた直後、背中に激痛が走った。
何が起こったのか分からない。焼かれるような痛みに襲われて、上手く息ができなくなった。オリヴァーは、膝をついて地面にうつ伏せで倒れ込む。
「おいっ! オリヴァー!」
バーナードが吠えるように叫んでいる。なんとか力を振り絞って背中に手を伸ばすと、細長い棒が突き刺さっていることに気付く。状況から察するに、背後から矢で刺されたのだろう。
冷たい地面に転がりながら、痛みに悶える。この痛みから解放されるなら、死んだって構わなかった。
薄れゆく意識の中、矢が飛んできた方向に視線を向けると、見覚えのある少女がいた。
「なんで……」
オリヴァーの意識は、そこで途絶えた。